第23話 もう独りにはさせません

『私達の悲しみに足を止めてくれた巡礼の少女を記念して

                    ――貧民街跡地』


300年未来の旧城下町には、古びた石碑が1つ建っているの。もう貧民街は無くなっていて、一時的に居場所が必要な者のための、清潔な宿舎が建っています。



現代へ話を戻しましょう。叔父様(末の神)が酷使された翌朝、信仰対象の降臨を受けて宗教的な情熱に火が着いた信者達を集め、教団長は注意を与えていました。


「末の神から頼み事をされて、気持ちが燃えてるね? お聞き」

「「「「「うす!!」」」」」(野太い声)


「私達は善意の押し売りが仕事かい?」

「「「「「いいえ!!」」」」」


「降臨を受けたお前らは特別な存在かい?」

「「「「「いいえ!!」」」」」


「だよねえ。私も末の神も、そしてお前らも、今日まで、嘆きの中にいる人達を

 ほったらかしたクズだ!」

「「「「「うす!!」」」」」


「でもね。気づいたなら直せばいいだろう? 私達は出遅れた。待たせすぎた。

 困難はあるだろう。それでもクズの心意気を、見せようじゃないか」

「「「「「うす!!」」」」」


教団長は、断られたら引いて出直すこと、まずはどんな心の棘を抱えているのかその者の話を聴かせてもらうこと、そして時が来たら一緒に問題解決を考えること、くれぐれも焦らせないことを命じました。


「あんたらは、末の神に力を分け与えられている。

 この仕事の最中に、刺されようが殴られようが、悪意だろうが事故だろうが、

 あんた達を傷つけることは出来ない。

 ビビるな、心を揺らすな、いつも落ち着いていなさい。

 あんたたちのケツは末の神と私が持つ、存分におやり」

「「「「「うす!!」」」」」


貧民街が広いとはいえ、5000人でしょ? 足音に気をつけて行動しても、兵が攻めてくるような迫力あるじゃない。貧民街の住人も、近隣の住人も、あるいは衛兵達も、何事かと思うわよね?


「事情は、私の側近達が各方面に説明へ行っている。

 あんたらにもじき、周知される。

 私はここにいる。不満がある者は、遠慮せずに言ってきなさい」


そう一喝したら、「あー、末の神の教団の人達か」と、彼らに慣れているから、混乱が起きることはありませんでした。


教団長は貧民街の入り口で、通行の邪魔にならないように壁際へ避けて、じっと様子を見ています。


「姐さん」

「どうした」

「国王から、この度の慈善事業に対する丁寧で長すぎるお礼と、

 そういうことなら私達にも言ってほしかったという不満と、

 資金が必要なら寄進したい旨がごっちゃになった、

 慌てて書いた手紙が届いています」

「放置で」

「はいっ」


「姐さん」

「はいよ」

「火の君様から、役立てて欲しいからちょっと散歩してきたと、

 莫大な寄進がありました!!」

「使わせてもらいなさい。礼は私が伝える」

「はいっ」


教団長は風の精霊へ『歌』を歌い、火の君への言伝を頼みました。

『体が2つあれば、私が行いたいことを補って下さり、感謝いたします』


「姐さん」

「主神と豊穣神の教団から、手伝いたいとの申し出があります」

「この街は手が足りている。貧民街は他国にもあるだろ?

 末の神に今回行ったことを説明させる。あとは教団に任せな」

「はいっ」


教団長は、末の神へ「用件」を祈りました。陽の君と朝食を済ませて寛いでいた叔父様は、妻の機嫌を損なわないように注意しつつ、主神と豊穣神の教団へ説明に赴きました。陽の君の肩にはミニ末の神君が乗っており、手を降って見送っているわね。

陽の君に言われてやっているとはいえ、自分の一部に見送られて出勤するってどんな気分なのかしら。


杖にすがってゆっくり歩く老人が、教団長を憎々しげに睨みつけました。

「この騒ぎはなんだね」

「私達の誤りに気が付きましたので、行動に移しました」

「世に捨てられ、ここに流れ着いた者の、最後の安寧まで踏みにじるつもりか」

「私の教団の者が、何か粗相をいたしましたか?」

「ワシは神も教団も、あらゆる権威が嫌いだ。出入りされるだけで虫唾が走る」

「私の教団の者達を、驚きつつも対話に応じてくれる方もいます」

「それはそうだろう」

「私はあなたの安寧を踏みにじりたくありません。

 しかし、あなたのご希望に応えようとすると、

 私達の行動を歓迎してくれる方達に不利益が生じます」

「知った事か!」

「ご老人。あなたは、私達の行動が遅すぎて、手遅れだと思っていますか」

「……まあ、そうだな」

「どうでしょう。今からとれる最良の選択について、

 ご一緒に、私と考えてみませんか」


――憎まずに生きることが出来ず、誰にも手を差し伸べられたことの無い老人は、教団長にそう言われて、話そうにも何から語ればいいのか分からないことに気が付きました。

「狂信者め。偽善を押し通す為に、ワシの安寧を踏みにじったことを忘れるな」

「この胸に刻みましょう。もし気が変わられたら、

 明日も明後日も私はここに立ちます。どうか声をかけて下さい」

「ふん。お前らの偽善がいつまで続くかねえ」


このように教団長へ遠慮なく文句を言いに来る者もいましたが、叔父様が力を分け与え使命を抱かせた信者達は、5000人いるとは思えないほど静かに行動し、貧民街の住人達の癇に障るようなことはしませんでした。


300年未来の石碑の話をしましたね。

『私達にどれほど罵倒されても、悲しみを受け止めてくれた姐さんを記念して』

本当は、石碑にはこの一行も刻まれるはずでした。

でも、教団長ってエルフだしその場に居合わせるでしょ? 恥ずかしいからやめてくれって止めたんです。



顔色の悪い青年は、王都の外れで休んでいました。

「やれやれ、体がなまっていますね。

 領主の街までの馬車代をケチるべきではありませんでした」

「よう、有名人」

「どなたですか?」

「お前の嫌いな神族だよ。オレは武神と呼ばれている」

「嫌いだと分かって出てきますか」

「まあ聞けよ。お前は足が無くて困っている。オレはお節介がしたい。

 ただの利害の一致だ。骸骨村へ行くんだろ?」

「行きますけれど」

「なら、同じ村の住人じゃないか。仲良くやろうぜ」

「人に混じって神が3柱も暮らしている村でしたね。

 自信が無くなりました」

「まあ、来てみろ。んで、嫌なら他に行くのは自由だ。女の子に約束したんだろ?」

「迂闊な約束をしたものです」


お父様は彼を伴って「転移」の奇跡を行いました。村を一望できる高台へ移動しましたね。


「ここが、オレらの村だ。あそこが村長の家、あっちが入り口、

 そのあたりにオレの家族が住んでいる。村外れの洞穴は見えるか?

 あそこにここの村の名物の賢者が暮らしている。そっちのでけえ長屋は、

 ご先祖様スケルトンが寝起きしている。動物達はうろうろしているが、

 人を襲うことは無い。

 それと、宿ならあの建物だ」

「丁寧にありがとうございます。神の奇跡は便利ですね」

「便利だが、自分で鍛えて手に入れた力では無いだろ。

 オレは使っていて、今でも居心地は悪い」

「あなたが、人から神族になった方でしたか」

「おう。用があれば遠慮せずに来い。歓迎する。じゃ、放っておくぞ?」

「感謝します」


お父様は、高台を小走りに駆け下りて、動物や村の衆に声をかけながら家へ戻りました。


「たしかに、ここは静かですね」

青年は村を眺めるのに飽きると、空を見上げてぼーっとしていました。

どれくらいそうしていたでしょう。気がつくと、隣に村のボス犬が座っていました。


「警戒して様子を見に来たのかな?」

ボス犬は青年をじっと見ています。

「何か用があるのかな。ごめんな、動物の言葉は分からないんだ」

ボス犬は立ち上がって、青年から少し離れました。そして振り返って、ものすごくついてきてほしそうな気配を出しています。

「ははは。分かった。ついてこいと言ってるのだね」

ボス犬は青年が立ち上がるのを確認して、タカタカ歩きはじめました。


――着いていくと、ご先祖様スケルトンの長屋の前へ連れて行かれました。

ボス犬は、ひと仕事やり終えた感じで、満足そうに立ち去ります。

ご先祖様スケルトン達は、とくに気にせず名産品を作ったり、長屋へ出入りしたりしていますね。青年は、そんな様子を珍しそうに見ています。


「旅人かね」

「あ、どうも。そんな感じです」

「この長屋は部屋なら余っている。空いてる部屋があれば、好きに使いなさい」


老ドワーフの言葉に従い、青年は空き部屋を探して、荷を解きました。ふふ、この長屋には、数百年前に青年の嫌いな神族である主神が静養に来たことがあるんです。老ドワーフはその頃からここに居ましたけれど、主神だとは知らないの。

この村で、顔色の悪い青年は何かを見つけることが出来るのかしら。



「ねえ真朱、あなたの願いだった、3人に会って礼を伝えることは済みました。

 義体を返却し精霊界へ帰る前に、やり残したことはありますか?」

「歌姫様にこのマントをお返しすることと、

 賢者さんとイルカさんに課題にした『寂しい』の件、お伝えしたいです」

「分かりました。あなたも人の世にだいぶ慣れたでしょう。骸骨村の中なら、

 もう1人で平気ね。歌姫のところへいってらっしゃい。

 私は賢者のところに居ます」


――マントを返してすぐ帰るつもりだったけれど、歌の母様に引き止められて、真朱はお宅にお邪魔しています。


「あなたの旅はどうでした?」

「とても素敵でした。精霊たちが、義体の順番待ちをして、

 遊びに来るのを楽しみにする理由が分かりました」

「うちの人がきっかけで始まったことですから、真朱ちゃんが喜んでくれたなら

 なんだか私も嬉しいわ」

「でも、城下町で悲しくて苦しい歌を聴いて、耐えられなくて教団長さん達に

 意見したのは、生意気だったかも」

「どうして?」

「私は、旅人でしかなくて、口しか出していないから」

「教団長は面識があります。彼女は、道理が通らなければ神にも意見できる人です。

 あなたの声が届いたなら、何も心配することはありませんよ」


「あの、これ、お土産です」

「私に? あら可愛い。でも、首飾りなんて高いでしょ」

「母神様が私達にお小遣いを持たせて下さったでしょう。

 私は食べ物のことはよく分からなくて、城下町を歩いて綺麗って思えたから。

 ご迷惑でなければ受け取って下さると、嬉しいです」

「ありがとう。精霊のあなたとこうして会えた記念にしますね」


「歌姫様は、独りということについてどう思われますか?」

「そうねえ。あなた達は、必ず他の精霊と一緒にいるのでしょ?」

「精霊界はそうです」

「私達は、独りで過ごす時間も必要です。

 ただ、誰とも関われなかったり、誰にも理解されないのは望ましくないわね。

 でも、急にどうしたの?」

「旅をして、独りって望ましくないなって思うようになりました。

 歌姫様が整理してくれたから、もう少し考えてみます。

 ――叡智の女神様を待たせているから、おいとましますね」

「旅の終わりに、こうして会いにきてくれてありがとう」



真朱はこれで見納めになりますから、村の様子を目に焼き付けるように、ゆっくり歩いて、お祖父様の洞穴を組みかえた書斎へやって来ました。


「おお、戻ったか。真朱、おかえり。女神とイルカなら奥の部屋じゃ」

「賢者さん、『寂しい』について、考えたことがあるの」

「お前の旅で何を見つけてきたか聴かせておくれ。どうせなら、

 『部屋』を出すかな? おーい、イルカや。叡智の女神様も連れてきなさい」


――お祖父様、その特別製の部屋って、私でも中を見えないんですけど……。

(以下の内容は、母神には見ることが出来ません)


賢者 「真朱が気がついたことは、孤独や孤立だな」

真朱 「精霊界には無いし、私達は必要としない物だから驚きました」

賢者 「例えばワシの修行時代にしろ、現在にしろ、考えたり学んだりするには

    孤独な時間は良いものになる」

イルカ「賢者様は忙しいですから、最近は孤独な時間って無いですよね」

賢者 「真朱が混乱するから、混ぜっ返すのではない」

イルカ「えへ」

真朱 「では、私が気にしたことは孤立に関係があるのかしら」

賢者 「そう思うぞ。聴かせてくれた貧民街の出来事などは、孤立の良い例だろう」


真朱 「旅を終えて、名残惜しい気持ちがあります。

    私にとって『寂しい』はこれが一番近いものだと思います」

賢者 「さっさと精霊界に帰りたいのではなく、そう思ってくれたか。

    叡智の女神様、あなたが見守り、この子に旅を経験させて下さったのは、

    こう実りましたぞ」

叡智 「どんどん変わっていくこの子を、見守るのは楽しい時間でしたよ」


真朱 「貧民街のことで、精霊界で言えば上位精霊が機能していない状態だって

    すごく考えました。この世の最高神って母神様でしょ?」

賢者 「うむ。うちの孫娘がやっとるな」

真朱 「『孤立』はしてないかもしれないけれど、この世で一番孤独なのって、

    母神様じゃないかしら。

    上位精霊は4体います。神族は7柱います。

    でも、母神様と同格なのは、世界の外に去った先代の母神だけでしょ?」

賢者 「ワシら家族が理解するように努めてはいるが、お前の指摘した

    同格の理解者は存在しないな」

真朱 「貧民街のことは、教団長さんや末の神様がなんとかされると思うの。

    でも、母神様のことは、誰かいますか?」

賢者 「あの子は、諦めているんだよ」

真朱 「あの、私に考えがあるのですけれど――」


賢者 「面白い」

叡智 「いいと思うわ」

イルカ「歓迎します。ただし、母神様の協力があれば、ですよ?」

賢者 「その前に、娘夫婦と話さないといかんだろ」

イルカ「お呼びします」


イルカ「お連れしました」

賢者娘「イルカちゃん何も説明してくれないのよ」

武神 「まあ、聞こうじゃないか。この部屋を使うってことは、

    あの子に内緒なんだろ?」

賢者 「母神の両親達じゃ。結婚と恋愛の女神がワシの娘、夫が武神じゃ」


真朱 「あの、人間は大人になると一人立ちしますよね」

武神 「そうだな」

真朱 「母神様はもう大人でしょ? 『実家最高』って仰られてるそうですけど、

    お父様はそれでいいの」

武神 「よくはないが、その、なんだ、父としては娘がそばにいるのは嬉しい」


賢者 「部屋を散らかしまくる挙句、女の子だというのに下着を脱ぎ散らかして

    母親に拾わせてるのはどうかと思うぞ」

賢者娘「あの子は、怠惰を愛しすぎてるわ。どこまでが無精で、

    どこからが母神という重責の影響なのか分からないのよね」


真朱 「上位精霊が機能していないという比喩で、末の神様や教団長さんが

    奔走されました。でも、私がいなくても、

    母神様が気がついて指示を出すことは可能でしょ?

    私でも気がつくのですから」

賢者 「ふむ」

真朱 「一人暮らしをして、自分の身の回りのことをすることで、

    母神様が問題に気が付きやすくなり、今回みたいな機能不全が

    起きにくくなると思うの。どう思われますか?」

賢者娘「賛成。ただ、うちの人は子離れできてないから、

    あの子が家を空けると病むのよね」

武神 「いや、皆から白い目で見られてもだな……」


真朱 「武神様は、娘さん(母神)が家を出た寂しさを何とか出来ますか」

武神 「お、おう。その、恥ずかしいから、事実を突きつけないでくれ」

真朱 「ご家族の了承は得られましたね。じつは――」


賢者娘「ありがとう。どんなに時間がかかっても、是非お願いしたいです」

武神 「その手があったか。協力するぞ」


賢者 「あの子を騙す必要がある。憎まれ役が必要だ。ワシが引き受けよう。

    お前たちの中で、何か意見のある者はおるかね?」

真朱 「私の思いつきで、動いてしまっていいの?」

賢者 「発案はお前でも、行おうと動いたのはワシらだ。心配はいらない」


打ち合わせを済ませた彼らは、賢者の『部屋』を出て、素知らぬ顔でそれぞれの日常へ戻りました。(ここからは、母神が見ることが出来ます)



うちのお父様って、顔に出るのよね。お祖父様の『部屋』にみんな集まって、何か良からぬことを企んだのかしら? 面白いじゃないの。私を出し抜けるなら、やってごらんなさい。


真朱を連れたお祖父様が、私の部屋へ訪れました。


真朱「風の精霊と喧嘩でもしました?」

賢者「そう思うよなあ。この散らかり方が、孫娘には快適なんだそうだ」


母神「真朱、旅はどうでしたか?」

真朱「直接お会いしてお礼を伝えられるの嬉しいです。

   とても美しくて、精霊界へ帰るのが名残惜しいです」

母神「楽しんでくれたなら良かったわ。義体は順番を待てばまた使えます。

   次の休暇で会えることを楽しみにしていますよ」


賢者「あー、それなんだがな。お前は、うちのイルカみたいに、雲の巣・改の

   導き手をまだ呼び出しておらんよな?」

母神「ええ。どんな姿にするか決めかねているの」

賢者「それ、真朱の姿にしてくれないか?」

母神「義体の代わりにはできませんよ」

賢者「この子は魔法生命体との融合を希望している」

母神「そんなことしたら、あなた精霊じゃ無くなるわよ?」

真朱「それでいいの」


ちょっと待ってよ。イルカちゃんみたいな魔法生命体に、精霊を融合させると、自己成長するわよね。精霊は効率化得意だし。どんどん能力が上がるけど、問題出ないかしら。――うん、とくに世の中に対して問題を起こしたりしないわね。

精霊と魔法生命体の融合って私も興味あるし、ま、いっか。


母神「真朱は、希望ってあるの?」

真朱「この義体が気に入ったので、これに似てると嬉しいです」

母神「はーい。ちょっと待ってね、はい、そこ避けて、出すから」


私が雲の巣・改で手続きをして、呼び出した魔法生命体は起動していません。まだ中身空っぽですから。お祖父様が抱きとめて、ベッドへ座らせてくれました。


母神「真朱、その魔法生命体の額を触って。自動的に融合するように設定したから」

真朱「はい、母神様。……賢者様のこと、怒らないでね?」

母神「?」


魔法生命体と融合した真朱は、抜け殻になった義体を抱きとめ、そっとベッドに横たえました。


真朱「不思議な感じです。義体に入っていた時よりも、鮮明に感じられます」

賢者「雲の巣・改の導き手は魔法生命体の中でも最も精巧に作られている。

   また、義体はお前を覆っていたが、今はこの世とじかに接しているからのう」


母神「ねえ、そろそろ種明かしして下さらない? みんなで何を企んだの」

賢者「真朱、もう話して構わんよ」

真朱「母神様と同格の存在っていないでしょ?

   今はまだイルカさんと同等ですけど、時間をかければ、

   私は母神様を理解できるほど成長するはずです」

母神「あなた、そんなことの為に、精霊であることを捨てたの?」

真朱「だって、あなたの寂しさを理解できる者が誰もいないのはダメ」


賢者「じゃあ、ワシはそろそろ部屋に」

母神「お祖父様、待って。なんか怪しい」


真朱「ご両親に許可を取りました。私、叡智の女神様と旅をして、身の回りのことは

   出来るようになりました。最初は手伝いますから、

   母神様は今日からこの部屋を出て、一人暮らしをして頂きます」

母神「はあ? あなた、私に強制できると思ってるの?」

真朱「はい、捕まえた。逃げられませんよ?

   母神様が私に干渉できないように、設定変更してありますから、

   抵抗しても無駄です」

母神「ちょっと、待って、嫌だってば。こらー、私を肩に担ぐなあ。

   お祖父様、なんで嬉しそうなのよ! 覚えてらっしゃい」

賢者「何事も経験じゃ。真朱がここまでしてくれるのだから、

   お前も少しは大人になりなさい」


真朱「新居はお隣です。今すぐ引っ越し終わらせましょうね」

母神「いーやーだー。世界滅ぼすわよ!!!!」

真朱「口だけですね、分かります。ね、間取りは同じでしょ?」

母神「……お母様の手料理は?」

真朱「私達が作って食べます」

母神「……お父様をイジって遊ぶのは?」

真朱「たまに里帰りした時にどうぞ」


母神「ていうか、何であなたに命令されるのよ!」

真朱「貧民街と上位精霊の機能不全のことは、ご覧になっていたでしょ」

母神「私の不手際は認めるけど、母神に就任する前から貧民街はあって、

   どう介入するか困ってたの」

真朱「身の回りのことを自分でして、人と同じように暮らしてみたら、

   私みたいな旅人に言われる前に気づけるようになるでしょ」

母神「可能性は認めるけど、でも、私は実家が好きなの!!」

真朱「3人の育てのお母様達のところに甘えに行ってもいいですし、

   歌姫様達みたいに添い寝もしてあげますから」

母神「魔法生命体と一緒に寝る趣味はないわよ!」

真朱「新生活に慣れて下さい。私、帰る場所はここしかありませんから」

母神「そういうこと言わないでよお。融合自体無かったことにしようか?」

真朱「拒否します。奇跡を行使しても、あなたの導き手である私は、

   弾くことが出来ます」

母神「そんな機能つけてないわよおお」

真朱「融合してすぐ調整かけました♡」


待って。部屋を散らかしすぎたとか、怠惰が好きなのは認めるけど、貧民街の件で私達神族の動きが悪かったことと、無関係よね? 押しかけ女房というか、私の力を弾く性能を持った同居人と暮らすことになったんだけど、これは何の罰?

――いつか、私が感じることを感じられるようになった真朱に、「ね、潮騒みたいでしょ」とか言える日が来ることは、わくわくするけど、汚部屋から引き剥がされたら私の自己同一性は保たれるの?


「ねえ、真朱ちゃん」

「『猫なで声』で検索しますか?」

「イルカちゃんの真似しないの」

「うふ」

「お願い! 真朱ちゃんの設定をいじらせて」


真朱は、叡智の女神のような微笑みで、歌の母様みたいな優しい話し方で――

「その可能性の有無をお調べしますか?」


――なんて言うのよ!

知ってる、これ、絶対応じてくれないやつだ……。

こうして、私達の新生活は無理やり始まりました。無理やりなんだからね!

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