第22話 回りだした歯車達
「あんたも私も、仕事がぬるいってさ。どんな気分だい?」
末の神の教団長私室に呼び出された叔父様(末の神)は、小さくなっています。教団長は、ソファへゆったりと腰掛け、華奢な足を組み、頬杖をついて叔父様を眺めています。いつもの陽気な様子ではなく、まったくの無表情ですね。
「あまりいじめないでください。その件は、姉夫婦にも散々いじられました」
「私はまだ言い足りないんだけどねえ」
「これからの話をしましょう」
「そのためにも、ほじくり返さないとねえ。
神を拒んでいる状態だから、豊穣神のように神と分からない形で、
関わってはどうかと言ったよねえ、私」
「案じてはいたのですが、何も出来ませんでした」
「何も出来ない神ならいらなくない? 母神に一度相談したいもんだねえ」
教団長は、動きたくても動けなかった不満に火が着いたようです。こんな感じで、叔父様ずーーーーーーーっと、ネチネチ言われています。まあ、自業自得ではあるのかな。最終的な責任は私にあるわけだから、私もいたたまれない……。
教団長は思い出し怒りが連鎖するタイプでした。
サッパリしてる人だけど、こういう面もあるのね。
「……あんたに柔軟さが欠けるのは事実だ。でも、それと私の落ち度は無関係だ。
八つ当たりだね」
「いや、私は聞くべき立場です。言ってくれる人を探したのですから」
「変なやつだよね。
私は、貧民街でくすぶっている子達は、冒険者も各教団での信仰生活も、
どちらも嫌なわけだろ? あれも嫌、これも嫌は通らないと考えた」
「彼らが自主的に助けを求めるのを待ったわけですね」
「ああ。だが、真朱の感覚が正しい。貧民街の子達の事情は様々だけれど、
あそこに居たくて住んでる者なんていない。
助けを求めることを諦めたり、どうしていいか分からない者もいる」
「『自分が出ては依存させてしまう』『人のことは人に任せなければ』と、
私は自分を縛りすぎていました」
「だが、真朱が不甲斐ない私達に、ヒントをくれた。
死ぬほど働いて貰うよ。あんたのとこ、まだ新婚だろ?
奥さんに事情説明しておいで。今日は夜通し頑張って貰う」
叔父様は教団長に微笑むと、その場から消えました。骸骨村の自宅へ飛んだのね。教団長は、質素なローブに着替えて、私室から出ました。
――顔色の悪い青年は、自室で困惑していました。
護衛どころか、護身用の短剣1つ持たずに、貧民街でも目立つことのない質素なローブ姿の華奢なエルフが頭を下げに来たのですから。末の神の教団長だと名乗っています。
「あの姉妹は、あなたの教団の方だったのですか?」
「いや、うちの子達ではない。別件で私に会いにきてくれたのさ」
「そうでしたか。謝罪、ですか。私の望みは放って置いて頂くことのみ。
今の私にとって、その謝罪は何か意味がありますか?」
「私のケジメであり、これからあんたに迷惑をかけることになるから、
その詫びでもある」
「貧民街に何か働きかけをされるのですか」
「ああ。もう、待つことはやめる。
こちらから、苦しみの中にいる者のところへ伺うつもりだ」
「方針を変えた理由を伺ってもいいですか」
「もちろんさ。うちの使えない神の力を活かす目処が立った」
「ひどい言いようですね」
「そうかい? あんたも神に失望した身だろ。
やっても負けるけど、頬の1つも殴るくらいは出来るだろ。
やるならつきあうよ」
「負ける喧嘩はしない主義なんです。だが、あなたの教団は、
ずいぶん風通しがいいみたいですね」
「ガラが悪いだけだよ?」
「5000人の信者を末の神が鼓舞し力を与えるのですか?」
「ああ。信仰生活に入った者達は、教団の仕事以外は、日々の日課や瞑想等をして、
神と向き合って暮らしている。
それぞれが、宗教的な課題と出逢えば、旅に出たりすることもある」
「『鼓舞』と仰られたが、まさか」
「信仰する末の神から直接、宗教的な課題を与えられることは何ら問題無いだろ。
教団で暮らしている信者の一部に、偶然似たような課題が与えられるだけさ」
「神の降臨は、そういうものではないでしょう」
「あいつら気まぐれだからね。人恋しかったんじゃないの?」(ニヤリ)
「というわけで、明日からこの地区は賑やかになるよ。
うちの子達が押し寄せるからね。
なので済まないが、あんたは骸骨村へ避難して貰えないだろうか」
「騒がしくなるのを我慢しろ、ではなく、避難ですか?」
「ああ。あんたが半生をかけて多くのものを諦めて、やっと手に入れた
静かな暮らしを踏みにじりたくない」
「『諦めるな』とか、宗教ややる気の押し売りはしないのですか」
「昔話を聴いてくれるかい?――
骸骨村に仲の良い姉と弟がいたんだ。もう何百年も昔のことだよ。
あんたは精霊界は分かるかい? あそこに精霊王として迎えられた男の
姉の物語さ。この子は、弟思いの優しい姉なんだけどね、年頃になって
気がついたんだ。異性は弟しかうけつけないことに。
自分の思いを知られれば弟に嫌がられると考えた彼女は、
思いを抱えて黙って沈んでいった。領主としての仕事に半生を捧げたよ」
「その昔話をなさった意図は」
「あんたはあんたの無念をぶちまけずに、
抱えて黙って沈んでいこうとしているだろう」
「なるほど」
「あんたの気が変わって、私達の出来ることがあるなら味方になろう。
それこそ、神を殴りに行くなら、一緒に負け戦をやるよ。
だけど、あんたは今、何も望んではいないだろ。
その諦観に至る過程を思えば、あんたの静かな暮らしを
踏みにじらないようにすることしか、私には出来ない」
「私はここに流れ着きました。行く宛はありません。
しかし、ここにいる理由もありません。骸骨村へ行きましょう」
「ありがとう」
青年の持ち物は多くありません。鞄1つに収めるのに、さして時間はかかりませんでした。部屋に忘れ物は無いか確認しながら、青年は口を開きます。
「5000人の鼓舞された信者がいようと、貧民街はなくなりませんよ」
「そうだね」
「キリが無いでしょう」
「短期的にはね。だが、数世代かけたらどうだろう。
幸い、私はエルフだ。見届ける時間は与えられている」
「ふむ」
「問題が生じること自体は防げない。
例えば、あんたなら、人とモンスターの間に生まれるということは、
神が決めたわけではない。誰も意図しない出来事だ。
だが、誰の下にどう生まれるかを選べないからこそ、
あんたが味わった理不尽は正さなければいけない。それには時間がかかる。
そっちも取り組むけれど、今、途方に暮れている者・助けを求めることを
諦めた者達へ、『教団へ来れば相談にのる』待ちの姿勢ではなく、
こちらから出向くやり方に切り替える」
「100人助けて、また100人流れ着くことの繰り返しを覚悟の上で、
世の中の仕組みと、人生の落とし穴に落ちた者の両方へ
対策を講じるわけですか」
「ああ。『やる気の有無』なんてさ、
心に刺さった棘を抜いてからだっていいじゃないか」
「仮にです。貧民街の者達が、余所で普通に暮らせるようになったとして、
仕事はどうするのですか?」
「住む場所はいくらでもある。稼ぐ方法も様々だ。
その子に向いたやり方を、組み合わせる」
――言っても仕方のないことです、過ぎたことです。ですが、神へ祈った少年時代に、急かさずに向かい合ってくれるあなたのような方と出会えたら、私の人生は変わったでしょう。
青年はそう言い残して、城下町の雑踏へ姿を消しました。
その頃、叔父様のお宅では――
「神族全員の責任ですし、世の中の仕組みの問題もあるでしょ。
あなただけ叱られるの理不尽だわ」
「私のために怒ってくれるのは嬉しいですが」
「あんたは私のもので、私のものをけなされた。これ宣戦布告よね?」
「物騒な本音漏らしながら、包丁握るのやめて下さい」
「?」
「それに、教団長は熟練の冒険者でもありますから、
あなたでは勝ち目がありませんよ」
「歌姫様と華の君様は私のご先祖です。華の君様は教団長と殴り合えるでしょうし、
歌姫様のご息女の火の君様のお力を借りて、さらに女神様ご夫婦にも
事情を話して、あ、そうそう、小町魔王様のご主人もすごく強いわよ?」
「あのねえ、君はそれだけ集めて、戦争でも始めるつもりですか」
「ええ。あなたの教団、潰しちゃお?」
「これから徹夜で仕事が待っているのに、さらに仕事を増やさないで下さい」
「だからあ、あなただけ徹夜しなくても、そんな教団潰してしまえば、
2人で一緒にいられるでしょう?」
「真顔ですごいこと言いますね」
「それくらい、あなたは私にとって大切なの。
事情は分かりました。貴いお仕事だと思います。
でも、徹夜でお仕事とか、あまり無理なさらないで。
あと、寂しいし」
「では、ミニ末の神君を置いて行きます」
「はあ?」
「これです。私の神格の一部を手のひらサイズにしました。
私の一部です。この子を経由して、私に声が届きます。
本体である私に話しかけても、仕事中で対応できないことはお許しを。
さ、この子はあなた専用ですから、抱えて寝てあげて下さい」
「んー。そのミニ末の神君をお仕事に行かせて、
あなたは私と一緒にいるのはダメなの?」
「信者に降臨する姿がそれっていうのは。それに力も足りません」
「もー、今日だけですからね? あんまり家を空けると、本当に戦争ですからね」
「本気なのは分かりました。では、いってきますね」
「あら、ミニ末の神君もいってらっしゃい出来るの♡」
そして、真朱と叡智の女神は――
族長「こちらから出向くべきなんだが、何かと手がはなせなくてな」
真朱「ううん。竜族の里を見せて頂けて嬉しいです」
叡智「この子の旅も、そろそろ終わりを迎えますから」
族長「その前に、会っておきたくてな」
真朱「私に?」
族長「武神様から話は聞いている。お前は、面白い精霊だな」
真朱「どうだろう。人と感じ方が異なる点はそうだけど、
精霊はこんな感じよ?」
族長「そうか」
真朱「私から見れば、族長さんこそ面白いですよ。
人と竜族の歌が、調和しているの」
族長「ああ。オレはもともと人間で、竜族と融合してこうなったからね」
真朱「融合? そんなことができるんだ」
族長「若かったからね。怖いもの知らずだった。成功したから良いものの、
失敗すれば竜族の亜人共々、殺されていただろう」
真朱「危険なことなのは理解できるけど、それでも、良いことをされましたね」
族長「そうか?」
真朱「旅をして、色んな人に会いました。賢者さんとイルカさんからの宿題の
『寂しい』はまだよく分からないけれど、きっと独りってことと
関係があると思うの。そして独りって望ましくないと私は思いました。
族長さんが融合してあげたことで、竜族の亜人さんは独りに
ならずに済んだし、子孫だって残せたでしょ?」
族長「ははは。初めて言われたよ。
お前には町の活気や雰囲気が『歌』として響くと聞いた。
この里は、力強く鳴り響いているかい?」
真朱「ううん。とても研ぎ澄まされていて、繊細な歌に感じられます」
族長「強さや筋肉と歌は関係ないようだな」
真朱「もちろん」
――えーっと、叔父様なんですけど、教団長に「神だから死なない」「陽の君がそんなに怒るなら、たびたび無理させられないから、今夜はとことん無理しとけ」と、仕事を頼まれました。叔父様だけ徹夜で、教団長は明日に備えて休んでいますね。
叔父様は明日の夜明けまでに、教団で暮らす者の中から5000人を選び降臨します。1人につき2時間はかけて丁寧にやりとりをします。一晩なら3,4人じゃない?
絶対終わらないので、叔父様にとっての「今夜から明け方」を約1600倍に伸ばして、どうにか終わらせました。
鼓舞すること。信者にとって、貧民街に暮らす誰なら自分は相性が良いのかを教えること。相性が良ければ話したくなる属性を与えること。何を聞かされても動じず、相手に振り回されず潰れないように強めること。
そんなことを、信者達に、手渡しました。
疲れ知らずの神族とはいえ、ざっくり1万時間以上働いた計算ですから、仕事を終えて帰宅した叔父様は、まるで一年以上会っていなかったかのように奥様を抱きしめたのでした。
陽の君は、ミニ末の神くんとお喋りしてたので、気が紛れたらしくて、キョトンとしています。叔父様が神格の一部ですから、元に戻そうとしたら、陽の君に取り上げられてましたけど。
夫のミニチュアって、いります?
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