第5話


 向坂くんとの日直の日。外に出るのも嫌になるほど、ザァザァと雨が降っていた。


「起立、礼、お願いします」


 向坂くんの心地の良い低音が教室中に響く。彼の声を聞くたびに走馬灯のように授業中にやったたくさんの遊びが流れ、向坂くんの太陽みたいに眩しい笑顔が浮かぶ。

 この席になってから、前よりも視線ヤイバの数が多くなったけれど、それが気にならなくなるくらい向坂くんのことばかり考えていた。


 先生が教室から出ていくと黒板の文字を消すのは日直の仕事だった。いつの間にか終わっていた授業に、私は慌てて黒板消しを手に取り文字を消す。

 白い文字でうまった黒板は、本来の緑色へと変わっていく。けれど、私の身長では背伸びをしても黒板の上の方まで届かない。

 自分の椅子を持ってこようと黒板から離れようとしたその時、誰かが私の横に立った気配がした。

 残っていた白い文字も消え、綺麗な黒板が出来上がるのを私は呆然と見つめた。

 見つめたその先には私が避けていた人物、向坂くんが黒板消しを置いて白くなった自分の手を払っていた。


「……ありがとうございます」


「……おう」


 向坂くんは素っ気なく答えると視線も合わせずに、さっさと席に座ってしまった。こうなるようにしたのも、私自身なのにチクリと胸が痛むのは何故だろうか。

 私も席に座ると次の授業の準備もせず、机に突っ伏した。



◇◇



 カタリ、と小さな物音で目を覚ました。辺りは何故か静かで今は何時くらいなのだろうか、そう思いつつも微睡みの中の私は再び夢の世界へと誘われる。


「……有明さん?」


 呼ばれた声に驚いて、私は完全に目を覚ました。けれど、顔をあげることはしない。私を呼んだ声が、向坂くんのものだったからだ。


「起きたのかと思ったけど、気のせいか」


 一瞬だけ、気配が遠のいたかと思うとイスが引かれる音ともにまた彼の気配が近くなった。

 前の席に座ったのだろう。完全に起きるタイミングを逃してしまった私は、次に彼がどんな行動を起こすのか様子を伺う。


「……さらさら、してるよな」


 彼の手がいきなり、私の黒い髪を一房つかみもてあそぶ。微かに引っ張られるような感覚がくすぐったかったが必死にこらえる。

 あそび終えたのか、引っ張られるような感覚が消えたと思った次の瞬間には、頭を撫でられる。


 内心、ドキドキしながらもされるがままになっていると彼は耳元ちかくにある私の髪の毛をうしろにかけて、囁いた。


「……好きだ」


 私は、思わず顔をあげた。突然起きた私に驚いて顔を真っ赤にさせている彼と視線が合った。

 その瞬間、彼の7.5センチの視線ヤイバが私の心に突き刺さる。突き刺さった視線ヤイバから赤色が染み出し心を真っ赤に染め上げていく。

 

 頬があつくて両手で隠したいのに、彼の声が直接響いた耳を塞ぎたいのに、甘く痛む胸をおさえたいのに手が足りなくて、私は自分の体のあちこちに触れては、はなすを繰り返した。


「……有明さん、いまの聞いて……?」


 向坂くんに視線を向けると彼は、手で口元をおさえてこちらをジッと見ていた。

 彼から刃渡り7.5センチの視線ヤイバが向けられている。その視線の意味を彼の言葉で理解したのと同時に、もうひとつ刃渡り7.5センチの視線ヤイバが向坂くんに向けられているのに気づいた。


(あれ……うそ、でしょ)


 向坂くんに向けられた視線ヤイバ。それは、向坂くんに私が向けている視線ヤイバだ。

 向坂くんが私に向けたのと同じ視線ヤイバを私が彼に向けている。そう気づいた瞬間、湯気でも出るんじゃないかというくらい私は全身が真っ赤に染まった。


 私が真っ赤にさせるのをみて、彼は深呼吸を一度してから口を開いた。


「有明さんは、どう思ってるのかわからないけど、俺は有明さんのこと友達だとは思ってないし、なりたいとも思わない」


 今度は逃げ出さずに、きちんと彼の言葉を受け止める。彼がこの先何を伝えるのか、わかっているせいか何も怖くはなかった。


「有明さんのことが好きだから、俺は恋人になりたい」


 柔らかいおもちゃの視線ヤイバが何度も何度も私の心を貫いて、赤く侵食していく。甘く痛む胸をおさえて、私は彼を見つめ続けた。


「有明さんの気持ち、きかせて」


「私は……」


 彼の気持ちにこたえるため、閉ざしていた口を開いた。


 夕焼けが地平線に消えていき、教室が薄暗くなる。

 薄暗い教室の中で、彼の刃渡り7.5センチの視線ヤイバと私の刃渡り7.5センチの視線ヤイバが合わさり、大きなひとつの視線になった。

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刃渡り15センチの恋 六連 みどり @mutura

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