第4話


 あれから、向坂くんを避けるようになった。話しかけてこようとする彼とは逆方向に走っては逃げ、授業開始ギリギリになって席につく。あからさまに避ける私を、向坂くんはどう思っているだろうか。

 授業中、外を眺めながら考える。大きな雲が流れるさまを追いかけていると普段はあまり眠くならないのに、上と下の瞼がくっつきそうになって慌てて目を開く。

 最近あまり眠れていないせいか、授業に集中できない日々が続いている。向坂くんと話していたときも、あまり集中はしていなかったが、いまはそれ以上にノートを書くこともせず、教科書をただひらいて外をながめる。窓の外をずっと眺めているのは、隣から向坂くんの視線が突き刺さってくるからだ。

 今回のテストはダメかもしれないなぁ、なんて呑気に考えながらいつの間にか今日という日が終わっていた。


 明後日で日直が私たちの番。席がえの日が近づいているのがさみしいと思う。このまま、向坂くんと話せない日々を過ごしてもいいのだろうか。

 帰りのホームルームで担任の声を聞きながら私はこっそりと隣を盗み見る。

 パチリ、と視線が合ってしまい私は慌てて目をそらした。その瞬間––––。


「あ、それと、明日席がえするぞ」


 担任の声が教室中に響いた。

 歓喜の声と非難の声があがるなか、私は先生の言葉が理解できないでいた。

 瞬き数回、担任に視線を向けながら固まる私に先生はさらに話を続ける。


「明後日、先生は出張だからできないんだ。だから、明日やるぞ」


「せんせー、向坂くん達はどうするんですか?」


「あー、その2人にもきちんと日直してもらうぞ」


「だってよ、向坂。よかったな」


「……あぁ」


 友達の声に、反応薄く返した向坂くんは、ボーッと担任を眺めていた。


(友達じゃなくても、離れるのがおしいって少しでも思えてもらえてたら嬉しいな……)


 じっと彼を見つめる、視線は交わることはない。彼のためにも、交わることはないまま冬が来て春が来ればいい。そう思いながら、私は再び視線を担任に戻した。


「連絡は、以上だ。部活がないやつはさっさと帰れよー」


 話を終えた担任は、さっさと教室を出て行ってしまった。いつものことながら担任のテキトーさにため息がでる。カバンの整理がまだ終わっていなかった。

 このままだと、先に準備を終えた向坂くんに話しかけられてしまう。


「有明さん」


 なんて、思った時には遅かった。

 名前を呼ばれ、ゆっくりと顔をあげる。目の前には、悲しげに眉を寄せてこちらをみる向坂くんがいた。

 いったんこの場を去ろう。そう思ったわたしは、立ち上がろうと腰をあげた。けれど、行先にさりげなく両手で壁を作られてしまったら逃げることなどできなかった。


「ちょっとだけ、いいか?」


「……うん」


 観念して、頷く。私と向坂くんの小さな鬼ごっこがおわった。



 教室からクラスメイトがいなくなると、向坂くんと私の2人だけになった。夕焼けが教室を照らし、オレンジ色に染め上げていく。


「なぁ、どうして避けてるんだ?」


「……避けてなんか」


「うそだろ」


 簡単に嘘を見破られて、黙り込む。あんなにもあからさまに避けているのだから、見破られるのは当たり前だ。


「なぁ、どうしてだ?」


 両手で肩を掴まれる。いきなり掴まれ驚いた私は、彼の胸を思いっきり突き飛ばした。彼は、よろりとよろけて尻もちをついた。

 向坂くんは、何が起こったのか理解できていないのか呆然としている。

 ハッ、と我にかえってわたしは彼を突き飛ばした手のひらをみつめる。その手は、小刻みにふるえていた。


「……っ、ごめんなさい」


 急いでカバンをつかみ、その場から逃げ出す。突き飛ばしてしまった手をおさえ、泣きながら無我夢中で走った。彼と仲直りするせっかくの機会だったのに、素直になれない自分が情けなくて、忌々しいとそう思った。



◇◇



「席がえをするぞ」


 次の日、席がえは滞りなく行われた。

 私は廊下側の前から2番目の席になり、向坂くんは窓側の1番後ろの席になった。彼と距離が離れたことにホッとする自分と離れてしまったことにさみしいと思う自分がいる。


 私は、胸ポケットから学生手帳を取り出すと4つ折りにされたルーズリーフの端切れを取り出し、中を開く。


『席が離れても、また話そう』


 そう書かれた言葉をしばらく眺めていると、視界がユラユラとボヤけ始めた。

 ルーズリーフにポタリと水滴がおちて、書かれた文字のインクが滲んだ。

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