君の返事


 送信するとき、かなりの勇気を必要とした。まるで無責任な男の言いそうなことで、落ち着かなかった。自分から誘っておいて、店を探すのは妻に任せ、時間まで、守れないかもしれない。遅れの件は仕方ないとしても、きっと妻は当惑する。


 

メッセージを送ってから10分。社に戻る道の途中で、携帯が鳴った。



『いいよん: ) 有楽町駅の近くのデパートでいいかな。そこに入ってる和食のお店にしようよ。予約はしないで、服とか見て待ってるから。キミちゃんの返事求む~』



僕は、を覚えて、立ち止まる。道の端に寄ると、急いで返事を打った。



『ありがとう! 駅に着いたら連絡する』


 

 例え夫婦でも、互いの必要と望みが、完全に合致することはあり得ない。それでも、夕食一つでも、僕の希望に ”応えてもらえる” という事実は、ひどく新鮮だった。


それが、妻の知らない顔を知ってしまった、あの一件の後だからこそ、そう感じるのだとしても、僕は嬉しかった。



 自分のデスクに戻ると、僕は集中して、ひとつひとつ、仕事を片付けていった。上手く言えないが、頭の中がしばらくぶりに整理整頓され、視界が透き通っている。手元も遠くも、よく見える感じだ。



 約束の6時を迎えるころ、僕は、上司と同僚に挨拶し、その日の仕事を終えた。カバンを取り、首元のネクタイを緩めながら、急ぎ足で社を出る。


 早く、妻の顔が見たかった。


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