僕の "気まぐれ"


 言葉が上手く見つからないという妻が、自分のことを「悪い女」と言う時、それはどんなことを指しているのか。


 正直にその解を求めたくとも、決して簡単じゃない。なぜなら一番、望ましくない答えの二文字が浮かんだところで、それはいまの僕の許容範囲を超えている。


 そして疑念は、どこまでも可能性に過ぎない。僕の妻に対する想いが、そんな疑い一つで揺らぐなんて、あってはならない。、傍にいたのは僕だけだった。帰宅がもう少し遅かったら、どうなっていたか分からない。


自宅の浴室で、気を失っていた彼女を知り得たのは、外ならぬ僕が彼女の夫だからだ。


この事実が、ただそれだけで、未来の希望に結びつくなら、喜んで夫婦生活を続けよう。でも今は、楽しい未来が何も見えない。



 公園で遊ぶ、幼稚園くらいの子どもの姿を遠目に見て思う。


 結婚して一年は、子どもを作らないようにしようと、はじめに決めた。でも今となればそれも、"正しくない" 判断だったかもとおもう。妻が、自身を損なうことも厭わない女性ひととは、思いもよらなかったのだ。



 ぼんやりしていると、手元でメッセージの着信を知らせるバイブが鳴った。画面を切り替える。



『起きてるよ~ 今日はキミちゃんの薦めてくれた病院に行く予定~』



妻から来ていた返信に安堵しつつも、やはり、事態の受け止め方の違いに、胸がざわつく。



『気を付けて: ) 心配してる。夕食はどこかに食べに行こう』



まっすぐ家に帰りたくない。それだけの理由だ。二通目は早かった。



『やった! キミちゃん大好き❤ 中華が食べたい』



見れば、字面だけで胃がもたれそうだ。返信を書く。



『分かった、手ごろな場所探しとく。7時過ぎに、駅のいつもの場所まで出て来てくれたら…』


そこまで書いて、ふと手を止めた。


彼女のためとはいえ、こんなふうに何でも僕が手配して、果たして妻は、本当にと、思っているのか。あの医者が言っていた言葉は、そうだ。”先導して”とか、僕のことを言っていた。


あの短時間、話しただけで医者は、僕の彼女に対する気遣いの多くを、そんな風に言い表した。いいイメージではない、むしろ悪いイメージだ。



 僕はいつも、彼女の希望や感情を、第一に尊重するようにしている。合わせられる範疇なら、甘んじて彼女に従う。彼女もそんな僕を否定せず、『幸せだ』と、『好きだ』と、言ってくれる。


 けれどその関係はどこかで、妻の心に欺瞞ぎまんを、育てたのかもしれない。


 

 僕は本当のところ、よく知らないのだ。僕という夫を得た彼女が、今でも何に苦労し、頭を悩ませたりするのか。


もしかして僕は、彼女を必要以上に甘やかし、ダメにしたのだろうか。それとももっと悪い、自分の都合のいいように妻を解釈し、あれやこれやと口出ししては、良き夫であることを自負する、ただのに、愛想を尽かしたか。


 何にせよ、これまで僕が良かれと思ってやってきたことが、裏目に出たのだと、医者は、指摘したかったのかもしれない。



 途中まで書いていた文章を消し、代わりに次のように書いた。



『僕は和食がいいな。若菜がお店を探してくれたら、そっちに向かう。6時には会社を出るようにするけど、少し遅れても、大丈夫な場所ってあるかな?』


 


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