ファルス

潤蘭

ファルス

 物心つくまえに父をなくした僕にとっては、いきるべき指標はすべて太陽が教えてくれた。あの、赫奕たる不敵な天体、――いつかあの偉大な存在のように、だれかを導き照らせる人間になれたらとおもった。

 僕はある日、いまだ眠りの底にある海から、太陽がのぼってくる瞬間をみたことがある。太陽は、海の底から、海坊主かなにかのように、ぬっと巨大な禿げ頭を地平線にのぞかせると、世界を侵犯するかのようにのっしのっしと海をこちらにむかって侵攻しはじめた。

 それはモノを具有していた。海面にしらじらと張り裂けんばかりに怒張したモノをのし、大地と交合せんと気忙しげな動きでもって僕に肉薄してきた。

 その時にわかに僕の心にわきあがってきたのは、平生の親しみではなく、恐懼だった。あれほど身近に感じていた太陽を、この時はじめて得体のしれない化け物のようにおもった。

 僕は恐慌にかられ、坂道を這うようにして駆けあがった。日脚はぐんぐんと、坂の上までも僕をのがすまいと執拗に追いかけてくる。

 駄目だ、勝てない! そう観念した瞬間、目も眩むようなおびただしい光芒が、僕の背中にめくるめく酩酊をともなって憂鬱げにしなだれかかった、……



(491字)

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ファルス 潤蘭 @Stylist2

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