第24話 逃走と脱出/新旧の師弟関係

「霧島軍曹。この腕を武器にするぞ。ハッキングツールで発砲を制御するんだ」


 御影がアンドロイドの腕部軽機関銃をもぎとった。DSのパーツを流用して作ってあるらしく、生体装甲と関節パーツが飛び散った。


「了解。弾薬はパワードスーツ用のAP弾。装弾数50発。無駄撃ちはできないですね」


 五光もアンドロイドの腕部軽機関銃をもぎとった。


 銃身の形状からして、機械の身体を持つアンドロイドが運用することを前提に設計してあった。機械の身体なら、重い体重と関節パーツの固定で暴れる銃身を抑えられるのだ。


 だから五光と御影が運用するときは注意が必要だ。いくらDS乗りの肉体が強化されていても、軽機関銃のフルオート発砲は絶対に制御できない。セミオートオンリーで発砲する必要があった。


 さっそく五光と御影は、急造武器でVIPルーム周辺のクリアリングを開始した。


 まず五光は、極秘会談に参加していたテロリストの要人――新崎に声をかけた。


「校長先生、あなたを今すぐ射殺してもいいんですがね」


 セリフとは裏腹に銃口は向けなかった。五光は戦士として成長していたから優先順位を間違えなかった。もし新崎を射殺しようとすれば、生きる伝説である彼と交戦になる。そうなったらVIPルームに波状攻撃を仕掛けるPMCと挟み撃ちになって全滅だ。


 要人警護とは、要人を守ることである。憎き敵を射殺することではない。


「本当に強くなったのだな、五光くん」


 新崎は恭しく敬礼した。


「いやなジジイだ」


 五光は憎まれ口を叩くしかなかった。昔の自分は、こんな身勝手な男を尊敬していたのかと思うと、惨めな気持ちになるからだ。


 そんな後ろ向きな気持ちを吹き飛ばすためにも、すぐ仕事へ戻った。


 敵の動きを探るため、VIPルームの防弾ガラスから試合会場を見下ろした。


 ちょうど敵の狙撃チームが野球のバックネットに到着するところだった。観測手が専用の観測装置で防弾ガラスの材質を調べた。すると狙撃チームは狙撃銃をしまってアサルトライフルに持ち替えた。きっと自分たちのAP弾では防弾ガラスを貫けないと判断したので、試合会場側の退路を塞ぐ役割に切り替えたのだろう。


 これら一連の行動からわかること――敵は判断力に優れていた。


 もし五光たちが一か八かみたいな作戦を採用したら、彼らの緻密なチームプレイの餌食になるだろう。こちらも緻密に動く必要があった。


「隊長。試合会場側は敵に待ち伏せされています。もし窓ガラスを壊せたとしても、こちらから退却するのは危険です」


 五光は御影の通信ユニットに接続――視覚情報を送信した。


「残念ながら廊下側も難しいな。もう強襲部隊が侵入してる。さすがに展開が早い」


 御影は、廊下の視覚情報を五光に送信した。


 敵パワードスーツ部隊が滑らかに進軍していた。遮蔽物から遮蔽物へ丁寧に移動している。移動する際の物音も最小限に抑えられていて、無駄撃ちもいっさいなかった。視線の置き方から身のこなしまで洗練されている。


 もしかしたら【ギャンブリングアサルト】と同じぐらいの強さかもしれない。


 五光と御影は退路を模索するために、脳内に表示されているオートマップを共有した。試合会場側と廊下側の敵の配置が表示されて真っ赤に点滅――綺麗な包囲網が完成していた。特殊部隊のお手本みたいな立ち回りを見せられて五光と御影は息を呑んだ。


 どこにも脱出する隙間がない。


 いきなり宮下首相がテーブルの下に潜って床板を外した。


「アベベ大統領は、ちゃんと緊急脱出路を作ってあるぞ。誰にもバレないように資源をちょろまかすのが彼の得意技なんだ」


 褒めてはいけないスキルなのだろうが、今は感謝するしかない。


 御影が緊急脱出路の様子をペンライトで調べながら、宮下首相に質問した。


「脱出路のマップデータを持っていますか?」

「もちろん」


 宮下首相も若いころはDS乗りだったから、脳内の通信ユニットで手持ちのマップデータを送信――受信した五光と御影はマップを更新した。


「やった。この通路、ロッカールームに繋がってますね」


 五光は小躍りしながら緊急脱出路に降りた。


 すると宮下首相が小さな音で口笛を吹いた。


「お、いいね。ロッカールームに装備を隠してあるんだな。うちのボディーガードだとそういう発想が生まれなくてね。決して悪いやつらじゃなかったんだが」


 宮下首相はボディーガードの死体へ敬礼してから、脱出路へ降りた。


 五光は興味本位で聞いた。


「首相のほうが判断力が高いと思うんですが、なぜ彼らに警護を任せたんです?」

「残酷なことをいえば、彼らは盾であり【ギャンブリングアサルト】が剣だな」


 盾――五光と御影が攻撃する隙を作るために、アンドロイドの銃撃を身体で引きつける。


 本当に残酷な発想だ。しかしボディーガードたちがいなかったら、五光と御影は椅子で反撃できなかったろう。


 五光も死亡したボディーガードたちに敬礼した。


 残りのメンバーも脱出路へ降りると、匍匐前進で進んでいく。


 暗くて狭くてかび臭い。長らく使われていなかったから埃だらけだ。肘や胸元は真っ黒に汚れたが、四国のスラム街や九州の荒野に比べたら綺麗すぎるぐらいに整った場所だった。


 要人警護といえば、運動不足の要人が足を引っ張って避難が遅れるものだが、宮下首相は戦闘タイプなのでスムーズに進んだ。もちろん最前線で戦い続ける新崎は現役の戦士にカウントしてある。


 脱出路の頭上から、激しい足音がわずかに響いた。おそらく敵の急襲部隊がVIPルームに突入したんだろう。彼らは室内がもぬけの殻であることにすぐ気づいて、数分程度の探索で脱出路の存在に気づくはずだ。


 五光は通信ユニットで御影に繋いだ。


『隊長、脱出路の入り口、どうにか塞げませんか? 後ろから追撃されたら厄介ですよ』

『装備がないから無理だ。偽装はしてあるが……時間の問題だろうな』


 すると新崎が奥歯を引っこ抜いて、五光と御影の通信に介入した。


『実は少量の爆薬を持ち歩いている』


 それを聞いた宮下首相が声を押し殺して笑った。そして声を聞かれたら困るから通信ユニットで新崎に言った。


『極秘会談は武器の持ち込みが禁止だったろうに』

『歯は身体の一部だからな。しょうがないだろう?』


 新崎も静かに笑った。


 だが五光は笑えなかった。


 デルフィンはボディーガードをアンドロイドという武器に摩り替えていた。


 新崎は奥歯に爆薬を仕込んでいた。


 そしておそらくだが――宮下首相は義手になにか仕込んである。そういう雰囲気をぷんぷん漂わせていた。


 どいつもこいつも約束を守らない大人たちだった。体裁だけ約束を守ったフリをしておいて、見えないところで約束を破る。ずる賢いと言うべきか、大人の知恵と呼ぶべきなのか。


 五光はイライラしながら新崎の奥歯を受け取ると、ワイヤーを使ってブービートラップを仕掛けた。これ一発しかブービートラップは仕掛けていない。だが敵にしてみれば、一発でもトラップを発見すれば『もしかしたら他にも罠が隠されているかもしれない』と疑うようになるため、追撃スピードが落ちる。


 そんな五光の会心のトラップを見て、御影が感心した。


『爆薬の扱いも上手になったな』

『バックギャモンの実戦データを参考にしました』

『なるほどな。たしかに癖が似ている』


 五光と御影が上官と部下の実直な意思疎通を図っていると、新崎が唇を噛んだ。


『昔は、私が五光くんに指導をする役目だったのに』


 気色悪い感想であった。まさか嫉妬しているとでもいうのか。


『あなた頭がおかしくなったんじゃ?』


 五光が率直な拒絶を申し立てたら、新崎は頭を振った。


『そうかもしれないな』


 バカみたいな話をしている場合ではないのだ。四人は匍匐前進を再開した。


 ひたすら真っ暗闇を這いずっていると、アフリカ基地から連絡が入った。


『本部からアフリカ基地の総員へ。基地の北側から〈80センチカブトムシ砲〉が出現した。カブトムシは現在公営都市を砲撃中。同時にDS部隊も突っ込んできた。準備の整った部隊からすぐに出撃しろ!』


 本部は敵部隊の映像を総員へ送信した――四国でも交戦した〈80センチカブトムシ砲〉が盛大に砲撃していた。どうやら砲身が改良されているらしく、公営都市の防衛システムのアウトレンジから一方的に撃っていた。


 流星群のように80mm砲弾が降り注ぐ――着弾――大爆発。舗装された道路がめくれ上がって破片が飛び散った。市街地のあちこちで富裕層の人々が死んでいった。資源の無駄遣いで建設された豪華な建物と一緒に。


 ちなみに映像の最後の部分は本部の通信担当がカットしなかったらしい。避難中の男性が監視カメラに向かって叫んだ。


『政府は嘘をついてたのか! 豪勢な都市を作っておけば敵は攻撃しにくくなるっていってたのに! うわぁ、また砲弾が降ってきた――――…………』


 どうやら公営都市の住民は、政府の建前を本気で信じていたようだ。そのせいでシェルターへの退避が遅れて犠牲者が増えていた。


 もはやどうしようもない。いくら彼らが資源不足の時代にずる賢く生きていたとしても、いきなり砲弾で死ぬなんて悲劇以外の何者でもないだろう。


 だからこそ五光は気になっていた。まさか四川もPMCの戦線に参加しているんだろうかと。だがPMCの兵士といえど個人の感情より上官の命令が優先だ。都市攻略のために市街地へ攻撃をかけることだってあるだろう。


 かつて五光たち【ギャンブリングアサルト】も四国の【マイマイ社】を攻略した。もし四川が都市を攻撃する作戦に参加していたとしても責めることはできない。


 だが宇宙への志を持つ仲間が、日中の市街地への攻撃に加わっていると考えたら、胸が苦しくなった。


 五光が苦渋に満ちた顔で悩んでいると、宮下首相が犠牲者に祈りを捧げた。


『成仏してくれよ』


 アフリカ連合国は彼が政治参加していない土地だが、権力者として思うところがあったのだろう。たとえば広報の建前を信じてしまった住民たちが、シェルターへの避難が遅れて犠牲になった事実に。


 五光も諸行無常の響きを感じていたところで、目的地であるロッカールームの真下に到着した。


 通風孔から光が漏れていた。


 四人のなかで、もっとも偵察スキルの高い御影が、通風孔の蓋をわずかにズラした。そしてロッカールームの様子を調べた。


 なんとパワードスーツを着用した敵兵が二名も待機していた。どうやら敵部隊は標的がVIPルームから脱出することを想定して隠れられそうな小部屋を制圧してあるようだ。用意周到な連中である。


 五光は御影に質問した。


『こいつで撃ちますか?』

『できればレーザー兵器がいいな。軽機関銃だとガンパウダーの音が派手だから敵に気づかれてしまう』


 すると宮下首相がにやりと口の端を持ち上げた。どうやらなにかやるつもりらしい。五光と御影はお手並み拝見となった。


 さっそく宮下首相は通風孔から義手だけを出した――義手の先端からレーザーの真っ赤な光が走った。なんと義手の下はレーザーライフルだった。


 ロッカールームを制圧していた二名の敵兵は、胴体にレーザーライフルの光線を受けて、その場に崩れ落ちた。


 五光はため息をついた。


『やっぱり義手の下に武器を仕込んであったんですね』

『いつから気づいていた?』


 宮下首相は子供みたいに喜びながら通風孔をよじ登った。


『脱出路に入ったときからですよ。そわそわしているから。まったく、やっぱりボディーガードより強いじゃないですか』


 五光も通風孔をよじ登ると、アメフト選手専用の大型ロッカーを開いた。隠してあったパワードスーツを装備していく。アライグマそっくりなA型だ。銃撃戦向けなので装甲が分厚い。


『私が自分の腕前に自信を持っていなかったら、自らを囮にするような真似はしないさ』


 宮下首相は、レーザーライフル義手の調子を指差し確認していく。


『囮とは、なんの囮です?』


 五光はレーザーライフルを背負って、ストーム手りゅう弾を腰に引っ掛けた。


『PMCから〈ソードダンサー〉を確実に出撃させるためには、彼らの全面攻撃が必須だ。となれば、この交渉しかあるまい?』


 また陰謀だ。しかも四川の〈ソードダンサー〉まで陰謀に絡めているようだ。内容を詳しく聞きたい気持ちはあった。だが敵の特殊部隊に囲まれた状態では時間が惜しかった。


 五光と御影が戦闘準備を終えると、新崎が死亡した敵パワードスーツからレーザーライフルを奪った。


『今から原隊復帰する。我々は仲間だ』


 原隊復帰――テロリストを辞めて憲兵に戻るという意味である。


『…………はぁ!? あなたはなにをいってるんだ!』


 五光は発憤した。そんな都合よく所属組織を変えられるはずがない。規則や秩序があるのだから。


 しかし宮下首相は、ぐっと親指を立てた。


『新崎大佐の原隊復帰を許可する。さぁ共に進もうか、明るい未来のために』


 あっさり認めてしまった。


 五光は苦虫を潰したような顔になった。もう大人の陰謀はうんざりだ。だが宮下首相に抗議する時間もない。敵はすぐそこまで迫っているのだから。


 五光は嫌々ながら新崎と協力――無力化した敵兵の死体をロッカーへ隠した。久々に恩師と共同作業をやったが、訓練学校時代の美しい思い出が溢れてきて悲しくなった。


 しかし訓練学校の思い出も、現場でテロリストとして対峙した戦闘記録も、すべてが現実なので認めなければならない。心を軽くするために都合よく記憶を改ざんするのは簡単だが、それでは戦士としては逃げだろう。


 五光が己の内面と向き合っていたら、ブービートラップの爆発する音がスポーツスタジアム全域に響いた。どうやら敵はVIPルーム地下の脱出路に気づいたようだ。さらにいえばロッカールームの敵兵士が死んでいるため定期連絡が途絶える――どこで五光たちと接触したのかも敵の作戦本部にバレてしまうわけだ。


 早くスポーツスタジアムを脱出しないと、敵に回りこまれてしまうだろう。


 御影が即座に判断して、三人の“仲間”たちへ命令を伝えた。


『敵に地下の構造を把握されたなら、動きの制限される脱出路を使うほうが危険だ。ここから先は地上をCQBで進んでいく。要人の二人は戦いに参加してもらう。腕前は問題ないからな』

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