第25話 CQB/対DS戦法再び
五光が先頭になって、四人の男たちがスポーツスタジアムを進軍していく。
標準的なCQBだ。四人がそれぞれ東西南北の視角を担当して、物陰や曲がり角に敵がいることを前提にチェックしながら進んでいく。
敵を発見したら通信ユニットで報告――静かに無力化。安全を確保した通路を進む。あとは同じことの繰り返しだ。
もっとも仕事の難しい最後尾は、もっとも技術力の高い御影がやっていた。CQBのような連係プレイが必須の技術ならば、生きる伝説である新崎よりも、信頼される上官である御影のほうが上だった。
宮下首相は守るべき要人だが、彼自身もかなりの腕前なので戦力として計算した。あくまで今この場だけであって、スポーツスタジアムを脱出したら普通の要人に戻る。
そしてつい数分前までテロリストであった新崎は、現代復帰して憲兵に戻っていた。
『三時の方向に敵発見』
新崎がチームの右手に敵パワードスーツ部隊を発見。素早くレーザーライフルを構えると丁寧に連射。しかし一発撃ち漏らした。五光がカバー――2発レーザーライフルをおまけでぶち込んで敵をクリアした。
しかし新崎らしからぬミスであった。彼の腕前からして撃ち漏らすなんてありえなかった。しかも今日の彼はレーザーライフルを支える手を軽く揉み解していた。過去には見せたことのない動きだったので、五光は手短に質問した。
『手が痺れてるんですか?』
『ああ。少しな』
新崎は皮肉げに微笑んだ。どうやら身体の調子が悪いらしい。生きる伝説も病気には勝てないということか。
『元テロリストなんて心配しませんよ』
『それはいかんな。これから増えるのだから』
『どういう意味ですか?』
『今は前衛に集中したまえ』
助言をしたのが新崎であることは横に置いておく。実際問題スポーツスタジアムはあらゆる方向から侵攻可能なので、いつバックアタックやサイドアタックを食らうかわからないのだ。もし先頭を担当する五光が手を抜けば、他の3人がカバーすることになるので、4人のフォーメーションは壊れてしまうだろう。
『右コーナーをチェックする』
右曲がりの曲がり角へ差しかかった。もし敵が壁に沿って待ち伏せしているのに、なんの対策も採らないで進んだら、五光たち四人は一網打尽にされてしまうだろう。
だから前衛である五光は歩兵用のプラズマブレードを逆手で持つと、レーザーライフルは右手だけで支えた。そして右曲がりの角の向こう側を見やすいように、左側の壁にぴたりとよりそって、右曲がりの内側を覗きこむようにゆっくり進んでいく。
わずかに殺気が膨らんだ――曲がり角に隠れていた3名の敵が歩兵用のプラズマブレードで突進。銃火器を捨てて一撃必殺の近接武器のみで攻撃するのは、狭い通路では賢い選択であった。接近戦においては、銃より刀剣に軍配が上がる。銃は『狙う、引き金を引く』という2つの動作が必要だが、刀剣は『斬る』という1つの動作で攻撃可能なのだ。
だが【ギャンブリングアサルト】には、プラズマブレードによる肉弾突撃に対応する訓練があった。
五光は逆手に構えたプラズマブレードで敵の突進をいなしつつ、レーザーライフルの射撃を着実に敵へ当てていく。致命打にならずとも身体のどこかにレーザー光線が当たれば敵は激痛で転倒するか減速する。
待ち伏せは機先を制することが目的だから、初動の勢いが潰れてしまえば不利になる――突進していた3名の敵は、新崎、宮下首相、御影の射撃にも晒されて全滅した。
急造チームにしては悪くない連携であった。
理由はわかっていた。新崎と御影が新旧の恩師だからだ。あとは宮下首相が流れに合わせればいいだけなので上手な連携が可能になっていた。
感傷的な気持ちにはなる。だがいまはクリアリングの最中だから次の手順に移った。
『右コーナクリア。続いて直線通路に入る』
五光は曲がり角のクリアリングをチェックしてから、下調べの際に問題となった直線通路を覗いた。
遮蔽物もなければ、通路の幅も狭くて、ひたすら真っ直ぐな道だ。配管や看板もないので弾丸を遮る物体が存在しない。
五光たちからすれば苦難の道であり、敵からしてみたたらボーナスステージだ。
可能なことなら迂回路を探したい。だがスポーツスタジアムのマップからして別の道を選ぶほうが包囲される可能性が高かった。
この直線通路を進むしかない。
『タイミングは花札に任せる』
御影がチームの後方を警戒しながら伝えた。
『了解。これからストーム手りゅう弾を投げます。爆発したら走りますよ』
五光はパワードスーツの腰に提げてあるストーム手りゅう弾を手に持った。ピンを抜いて起爆可能にする。
投げる直前に敵の気配を探る――直線通路の終わりに待ち伏せの気配が濃厚だった。
この直線通路に一歩でも踏み入れたら、絶対に停止してはいけない。どれだけ敵の攻撃が猛攻だったとしても、足を止めたら背後の仲間ごと蜂の巣となって死ぬだろう。
五光は度胸を決めると、ストーム手りゅう弾を直線通路の向こう側に放り投げた。
鮮やかな投擲――まるで野球の外野手がバックホームに遠投するみたいに鈍角で飛んでいく。やがてストーム手りゅう弾は直線通路の終わりあたりに転がって――大爆発。どうやら待ち伏せしていた敵を何名か巻き込んだらしく、血染めのパワードスーツの残骸が散乱した。
だがそれら敵にダメージを与えた跡なんて確認せずに、五光は先陣を切って走り出していた。
敵をけん制するために、レーザーライフルを連射しながら突っ走った。精確な狙いよりも弾幕だ。相手に頭を出させないことが大事である。
敵はストーム手りゅう弾の爆発から体勢を立て直した。すぐさま手持ちの火器で反撃開始。彼らは頭を抑えられているので火線の数は少なめだが、それでも直線通路を走るカモを撃ち殺すために引き金を絞り続けた。
五光の左手にレーザーが被弾。焼けつくような痛みでレーザーライフルを落としてしまう。だが不屈の精神で走る速度は緩めない。無事な右手で歩兵用プラズマブレードを握る。
後衛の御影は、神がかった射撃技術で、敵をけん制していた。驚異的な腕前だ。彼の前方には五光、宮下首相、新崎と三名の男たちがいるのに、誰にもフレンドリーファイヤをしないで敵だけを撃っているのだ。それも走りながら。
新崎はレーザーライフルを背負うと、さきほどの曲がり角で死体から拾った歩兵用プラズマブレードに持ち替えた。
『まだまだ若い連中には負けたくないものでね』
ついに直線通路の終わりに差しかかった。緊張の一瞬。チームとチームの視線が交差した。
五光はプラズマブレードで斬りかかる――と見せかけて走る勢いを利用した格闘を実行。
なんと新崎の掌低だった。
五光はDS戦を通して新崎の格闘技術を吸収していたのだ。掌底で吹き飛んだ敵に、プラズマブレードを突き刺した。
すると後衛だった新崎が前に出て、他の敵に斬りかかった。
五光と新崎が背中合わせとなって、お互いの死角を潰しながらプラズマブレードと肉体を駆使した白兵戦を開始した。
二つの旋風が舞うようだった。
戦いに熱中すればするほど、五光は自分の白兵戦に関する基礎技術が訓練学校時代に新崎に教わったものなのだと気づいてしまう。
技術に感情や人格はない。
それでも複雑な感情を抱いてしまうのは、誰にも責められないはずだ。
最後に五光と新崎がプラズマブレードで1人の敵を十文字に切り裂いたところで、道が開けた。
ついに最後尾の御影が直線を抜けた。
『搬入物専用の出口まで走れ! 左手の壁沿いで進め! 遮蔽物が多い!』
五光たちは左手の壁沿いに沿って疾走していく。エントランスホールらしい装飾がふんだんに使われた広間だ。観客用を楽しませるためのハリボテや立て札が置いてあるため視界が悪かった。二階フロアから敵が頭を出して撃とうとしていた。だが障害物が多すぎて射撃が安定しない。ついには一階に降りて近くで撃とうとする。
だが階段を下りてこようとする敵にけん制射撃を加えて足止めしつつ、搬入路へ入った。
だが敵がいた。それも巨大な敵――DSが。
『敵の要人を発見、これよりDSで潰す!』
なんと搬入路にPMC用のカラーリングが施された〈ストレンジャー〉が入っていた。それも2機。こちらが脱出に使おうと思っていたVIP用の小型自走台車を破壊してあって、20mm機関砲を構えていた。
『隊長。俺もアレをやります』
五光はハッキングツールを構えた。
『今なら大丈夫そうだな。基地に到着するまでの足を手に入れるぞ』
御影もハッキングツールを構えた。
二人の【ギャンブリングアサルト】は敵DSをよじ登っていく。歩兵がDSを奪いとる対DS戦法であった。
だが公営都市を襲撃する敵パイロットは優秀なので、対DS戦法にも耐性があった。〈ストレンジャ〉の間接と装甲の隙間から対人兵器である散弾射出装置が顔を出した。
しかし起動しない――二人がハッキングツールでシステムを凍結したからだ。【ギャンブリングアサルト】の座学にはコンピュータープログラミングも含まれているため、システムを個人として攻めることができた。
五光は敵DSのコクピットをハッキングツールで解放。
プラズマブレードを構えて内部へ突入した。
だがパワードスーツを装着していた敵もプラズマブレードで迎撃。
鍔迫り合いとなる。
「悪いけど、死んでもらう」
パワードスーツの鍔迫り合いを健康な腕で支えつつ、負傷した手で【ギャンブリングアサルト】の隊員が好んで使う拳銃を抜いた。拳銃の弾丸ではパワードスーツの装甲を撃ち抜くのは難しい。
しかし胴体パーツとヘルメットパーツの隙間は例外だった。
銃口を密着させると、隙間に向かって連射。弾丸は隙間の接続パーツを突き抜けて内部へ侵入。貫通した弾丸がパワードスーツの装甲内を弾けて首がズタズタになった。
敵の無力化を完了した。
五光はパワードスーツの内側で額から汗がこぼれていくのを感じていた。初めて実戦で対DS戦法を成功させたが、喜びは少なかった。さきほど極秘会談で御影に『お前も敵を殺していることを忘れるな』といわれたことを思い出したからだ。
コクピットには若い女の写真が貼ってあった。どうやら射殺したパイロットの恋人らしい。五光は写真を剥がすと、射殺した死体の懐へねじ込んでから、死体を機外へ蹴り落とした。
蹴り落とす直前、死体と目が合った。
医学的に死亡した肉体は虚空を見つめているが、彼の魂に睨まれた気がした。御影たちが数珠を持ち歩く気持ちがよくわかった。DS乗りとしては異例なほど歩兵を直接殺すため、殺人の実感が強く記憶に刻まれるからだろう。
もし宇宙で死んだら、魂は地球のあの世へいくんだろうか。それとも宇宙専用のあの世でもあるんだろうか。
そんなことを考えながらハッキングツールで機体の搭乗者情報を書き換えつつ、手動操作でコクピットを閉じた。
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