6 攻撃

 宝光社ほうこうしゃの脇の、神の道と呼ばれている古道を進む。

 車に戻って、次の社である火之御子社ひのみこしゃを目指すつもりが、

「ここからは自分の足で行かねばなりません。修験道の聖地ですから」

 と、味之助が言うので仕方ない。


 ぬかるみに足を取られながらしばらく進むと、杉林の間から社殿が現れた。

 戸隠神社第二の社、火之御子社ひのみこしゃである。

「ここに祀られている宝賽は、文字通り、火を操ることができる呪法力が封じ込められています」

 味之助はそう言うと、社殿の裏にまわり、小さな祠を俺に示した。

 祠の扉には同じくQRコードの封印紙が貼ってある。


 俺が悪戦苦闘しながら再び逆立ちに挑んでいると、味之助が横から入ってきて、自らのスマホを扉にかざした。

 がばっと、祠の屋根がいきなり開いた。

 呆気にとられている俺に対して、

「いやあ、額の印を写メしといたんですが、画像でも祠は反応するんですね、いやはや」

 笑いながら、味之助が言う。

「人に逆立ちさせといて、なんだそれ」


 画像ごときで解錠するのはセキュリティ的に疑問が残るが、結果オーライだ。

 俺は二つ目の宝賽を手にした。

 黄金に輝くキューブには「火之御子」の文字が刻まれている。

 火を操れるというが、火焔攻撃なども出来るのだろうか。

 もし出来るとしたら、これはかなりの攻撃力となる。


「ほんとにそうね、それはかなりの脅威だわ」

 杉の巨木の大枝に、いつのまにかクイーンデキムが座っている。

「だから発動させるわけにはいかない」

 クイーンデキムが叫ぶと同時に、道の両側の杉並木が音を立てて傾いてきた。


「走るです!」

 味之助は、すでに猫モードで四つん這いになって疾走している。

 次々と倒れかかってくる巨木をなんとか避けながら、俺も走る。

 しかし倒壊のスピードは凄まじく、行く手を巨木が塞いでしまった。

 巨木をよじ登るには高すぎる。

 後ろを振り向くと、倒れた杉が俺に向かって高速回転で迫ってくるではないか。


孔雀くじゃくの術を唱えるのです!」

 道を塞ぐ巨木の上から味之助が叫ぶ。

 孔雀の術?

 そうだ、爺さんが俺に教えてくれた術のひとつにそんな名前のやつがあったな。

 確か、空を飛べる術だったような。

 しかし、出来の悪い俺は、爺さんの教えてくれた呪術はどれも半端にしかできなかった。空なんか飛べたためしがない。


「早く唱えるです!ここなら出来るです!」味之助が再び叫んだ。

 杉の転がる轟音が背後に迫る中、俺はやぶれかぶれで爺さんから口伝された孔雀の術を唱えた。

鎮魂帰神ちんこんきしん、我、大気と同一なり」


 いきなり身体が軽くなり、宙に浮いた。

 なんてことだ。今まで一度も浮遊したことなどなかったのに。

 地の力、霊峰戸隠の成せる技なのか。

 身体が半透明になっていく。

 まさに身体が大気、空気と同化し、透明化したのだ。

 

「泳ぐのです!」

 味之助が、泳ぐジェスチャーをしている。

 そうか、今、俺の身体は空気として漂っているので、空中を泳ぐように舵取りしなくてはならない。

 俺は手足を平泳ぎの要領で動かした。

 ひと掻きするごとに、すっと身体が進む。

 よしとばかりに、俺は必死で手足を動かし、道を塞ぐ巨木を軽々と越えた。


  眼下に、走る味之助が見える。かなり高いところを俺は飛行しているようだ。

 味之助が何か叫んでいる。

 激しい雨と倒壊する杉の轟音でよく聞き取れないが、手足をばたつかせる素振りで意味はわかった。

 なぜ平泳ぎなんだ、と言っているのだ。

 言われてみて気がついた。

 なんで俺は糞遅い平泳ぎスタイルで泳いでいるのだ。

 瞬間、クロールに切り換える。

 爆速である。

 

 急降下し、味之助を抱き上げると、俺は呆気にとられているクイーンデキムを尻目に水平高速飛行に移り、ハヤブサの如くその場を逃げ去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る