5 宝賽

 「宝賽ほうさい」が眠る戸隠神社は5つのやしろから成り立っている。

 宝光社ほうこうしゃ火之御子社ひのみこしゃ中社ちゅうしゃ九頭龍社くずりゅうしゃ奥社おくしゃである。

 それぞれの社にひとつずつ、違う効果の呪法力を秘めた「宝賽」が封印されている。

 

 豪雨が降り注ぐ中、俺たちはまず最初の社である宝光社ほうこうしゃに到着した。

 杉の古木に囲まれた急な石段の先に社殿が見える。

「味之助、「宝賽」を祀る社はどこだ」

「こちらです」

 味之助の後をついてゆくと、本殿裏の林の中に小さなほこらがあった。

 もっと立派なものを想像していたが、案外質素なつくりである。

「本殿にあるのかと思ったら、こんな小さな祠に隠してあるのか」

「ええ。あんまり目立っても危険ですからね」


 ほこらの扉は堅く閉まっている。扉の中央にはなにやらまだら模様が描かれた四角い封印紙が貼り付けられている。一見、QRコードみたいにも見える。

「この封印紙が施錠の役割をしています。このQRコードを読み取れる感応鍵が無いと絶対開けられません」

「ちょっと待て、今、さらっとすごいこと言ってないか。これQRコードなのかよ。なんで神社の封印がQRコードで出来てんだよ」

「封印もハイテク化してるんですよ、当たり前です」

 全く表情を変えずに味之助が言った。

「あ、もしかしてもっと秘密の呪文とか、そういうの期待してました?」

「まあ多少はな。それはともかく感応鍵とやらはどこにあるんだ」


 味之助は俺の顔をじっとみつめると、

「感応鍵は、あなたの額にありますよ」と指さした。

「俺の額?」

「ほら、お血脈の印ですよ」

 額に押されているので、自分自身では見られない。

「これが感応鍵なのか!」

「そうですよ、ほら早く、額をQRコードにかざしてください」

 

 俺はしゃがんで祠の扉に顔を近づけた。

 何も起こらない。

「おい、何も起こらないぞ」

「変ですね。どれどれ」

 味之助は俺の額を確かめている。

「あー、なるほど。わかりました。ぼっちゃん、ちょっと逆立ちしてもらえます?」

「おいおい、なんでこんな雨の中、逆立ちしなくてはいかんのだ」

「印を逆さまに押しちまったもんで。あいすみません」


 やぶれかぶれな気持ちで、俺は気合いを込め、えいやとばかりに逆立ちした。

 顔にだらだらと雨滴が流れる中、じりじりと祠に向けて額を近づける。

 なんて姿だと自分でも思うが仕方ない。

 位置的にあんまり近づけてないが、どうなんだこれ。


 突然、祠の屋根が音を立てて真ん中から割れた。

「扉じゃなくて屋根が開きましたね。いろいろ進化してますなあ」

 と言いながら、味之助は祠の中を覗き込んだ。

 俺も泥だらけになった顔で覗き込む。

 

 祠の中には、クルミ大ほどの黄金色の立方体がひとつ、鎮座ましましている。

 手に取ってみると、ずしりと重い。真鍮に金箔が施してあるようだ。

 表面は磨きが施されていて、なめらかな手触りだ。

 「宝光」の文字も荒々しく刻まれている。

「これが宝賽か。ここに封じ込まれているのは、どんな呪法力なのだ?」

「宝光社の宝賽には、綾糸あやいとの力が込められています」

「綾糸?」

「はい、強靱な糸を身体中から繰り出し、敵を絡め取りまする」

「なんだか蜘蛛みたいな感じだな」

 

 綾糸の力を試してみたいが、封印を解かなくてならない。

 爺さんの遺言によると、5つの宝賽を集めた後、戸隠山の頂きに登り、天に向かって掲げることで封印が解けるという。

 なかなか厳しい道のりだが、まずはひとつゲットである。

 

 俺は爺さん伝来の巾着袋に宝賽を入れると、味之助に向かって言った。

「先を急ごう。次は火之御子社だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る