第6話 ジョー・ウルフを追う男達

 ジョーはドミニークス軍の領域の端にジャンピングアウトし、ある人工惑星に接近していた。ドミニークス軍の人工惑星は球体で、内側に居住空間が存在する。

「ここか」

 ジョーはコンピュータの表示する情報を確認しながら、

「ロボテクターのリフレクトスーツの工場がある。殺戮マシンはこれ以上造らせない!」

 ジョーは怒りに燃えていた。一時的にせよ、殺戮マシンであるロボテクター隊の隊長だった自分が許せなかった。彼は認識不足だったのだ。ロボテクター隊は帝国親衛隊に対抗するために作られた組織だと聞かされていたが、戦う相手は敵全てだったのだ。

「残虐を極めた戦いをする帝国親衛隊と戦うのならと思って隊を率いたが、そうじゃなかった。バルにはとんでもない役を押しつけちまったな」

 ジョーは呟いた。バルとは、彼の後を継いでロボテクター隊の隊長になったバルトロメーウス・ブラハマーナのことだ。

「ここか」

 ジョーは人工惑星のハッチの一つを機銃で破壊し、内部に侵入した。内部は暗く、ほとんど何も見えない。

「あの建物が、そうだな」

 前方に大きな工場の明かりが見えて来た。

「警備は手薄。一番近くにいる軍でも、ここに到着するには最低でも20分はかかる。手早く片づけるか」

 ジョーは高揚する気持ちを抑えるように、自分に言い聞かせた。

 ジョーの小型艇は工場の近くに着陸した。ジョーは小型艇をダミーの岩で隠し、工場へと走った。

「くっ!?」

 ところがそのジョーを出迎えたのは、無数のサーチライトだった。

「何!?」

 気がつくと工場の屋根の上にたくさんの狙撃兵がいた。

「こんな単純な罠にかかるとは、ジョー・ウルフも落ちたものだな」

 狙撃兵の後ろから現れた男が言った。ジョーはライトの光に手をかざして男を見上げた。

「てめえは!?」

 その男の名はケン・ナンジョー。ドミニークス軍の遊撃部隊の隊長である。彼は以前まだ帝国親衛隊にいた頃のジョーと戦い、右足を撃ち抜かれている。そしてその傷はまだ全快しておらず、彼のジョーに対する怨みの源泉になっていた。

「ロボテクターの事となると、いつもの慎重さがなくなってしまうのが、お前の唯一の欠点なんだよ。わかったか?」

 ケン・ナンジョーの言い方は、ジョーをバカにし切っていた。ジョーは舌打ちして、サーチライトをストラッグルで撃った。

「逃がすな!」

 ケン・ナンジョーは狙撃兵に銃撃を指示した。彼は屋根から降り、ジョーを追った。サーチライトもジョーを追った。

「カジキめ、この礼はきっちりさせてもらうぞ」

 ジョーは情報屋にはめられた事を知った。カジキとは、時々利用していた情報屋だっただけに、ジョーは余計に腹が立った。

「人は信用するなってことかよ」

 ジョーは苦々しい思いを抱きながら走っていた。銃撃が彼をかすめたが、ジョーはまるで次にどこが撃たれるのかわかっているかのようにビームを避けながら走り続けた。

「化け物め! 見透かしてるのか」

 ケン・ナンジョーは、ことごとく銃撃がかわされている事に苛立っていた。彼は苛立ちのあまり、ジョーを見失ってしまった。

「チッ!」

 ケンは舌打ちして、辺りを見回した。

「銃撃中止。奴はどこかに隠れた」

 ケンは通信機で兵に指示した。狙撃兵の銃撃は収まり、工場周辺は静けさに包まれた。

( どこだ? どこに隠れやがった? )

 ケンは耳をすまし、目を凝らした。しかしジョーの居場所はわからなかった。

「うわっ!」

 狙撃兵の1人が撃たれた。

「何?」

 ケンは声のした方を見た。しかしそこには狙撃兵の死体しかない。

「くそっ!」

 ケンはホルスターのストラッグルを抜いた。彼もまた、元帝国軍人である。彼のストラッグルは改造されており、帝国の粗悪コピーのものより頑丈にできているが、ジョーのストラッグルには劣っている。

「くっ!」

 そのケンをサーチライトが照らした。ジョーはいつの間にか工場の屋根の上に上がり、何人かの狙撃兵を倒していたのだ。

「そこか!」

 ケンは狙いも定めずに撃った。もちろんそんな銃撃でジョーに当たるはずもない。ストラッグルのビームは、工場の屋根の一部を吹き飛ばしただけだ。

「どこを狙ってるんだよ、ケン? 俺はこっちだぜ」

 ジョーの声が違う方から聞こえた。

「うるせェ、化け物め! 出て来い! ぶっ殺してやる!」

 ケンはジョーを口汚く罵った。ジョーがスッと彼の目の前に現れた。

「撃てっ!」

 ケンが命令したが、狙撃兵は全員倒されており、何も起こらなかった。

「どうする? 捨て駒はみんななくなったぞ、腐れヤロウ」

 ジョーの言葉にケンは歯ぎしりした。ケンはがっくりと膝を着いた。ジョーが、

「命乞いか? 恥知らずな奴だな、てめえは」

 ケンはいきなり立ち上がり、

「バカめ!」

 ストラッグルを撃った。しかしそこにはジョーはいなかった。

「てめえの姑息なやり方は、嫌という程見てるんだよ。たまには頭を使え」

 ジョーはケンの後ろにいた。ケンはギョッとして振り返った。

「うわァッ!」

 ケンのストラッグルはジョーに打ち砕かれた。

「しばらくは俺の前に現れるなよ。次に会った時は容赦しねェぞ」

 そう言い捨てると、ジョーはケンに背を向けて小型艇に向かって歩き出した。

「……」

 ケンはしばらくそれを見ていたが、

「甘いぜ、ジョー・ウルフ!」

 ジョーに突進した。彼の手にはアーミーナイフが握られていた。

「どこまでてめえは巫山戯た奴なんだよ!」

 ジョーはナイフの突きをかわし、ケンの顔面に裏拳を叩き込んだ。

「グフッ!」

 ケンは鼻血を噴きながら仰向けに倒れた。ジョーは今度は何も言わずに歩き出した。ケンは完全に気を失っていた。


 ジェット・メーカーは表面上はルイの行動を支持しているかのようだったが、彼もまたジョーに怨みを持っていたため、密かにジョー打倒を画策していた。

「カタリーナを探し出せ。そして捕縛し、死刑にすると帝国中、いや、銀河中に宣伝するのだ。そうすれば必ずジョー・ウルフが現れる。必ずな」

 ジェットは確信に満ちた目で言った。

「ルイ、お前には何も怨みはないが、ジョーを殺(や)るのはこの俺だ」

 ジェットの目は、狡猾そのものだった。


 ジェットに標的とされている事を知らない当のカタリーナは、ジョーを探し続けていた。この前出会ったのは偶然ではない、と彼女は思っていた。

「あの情報屋が動いたって聞いたわ。あいつに会えば、何かわかるかも知れない」

 カタリーナは情報屋カジキのアジトに向かっていた。

「?」

 カタリーナは何者かが彼女を尾行している事に気づいた。

( この前の連中とは違う。何者? )

 カタリーナは気づかないフリをして歩き続けた。

 それはしばらく続いた。

「しつこいわね」

 いつまでも尾行して来る連中を鬱陶しく思い、カタリーナは立ち止まった。

「何の用よ、あんた達?」

 彼女は振り返らずに言った。すると建物の陰に隠れていた2人の男が現れた。

「気づいていたのか」

「当たり前よ。私を誰だかわかって尾行していたんでしょ?」

 カタリーナは苛立った声で言いながら振り返った。男の1人が、

「ああ。カタリーナ・パンサー。かつて帝国女子挺身隊第一分隊の隊長まで務めた女。黒い女豹とも呼ばれていたかな?」

「そこまで知っていながら、あからさまにわかる尾行をしていたのは、どういう了見かしら?」

 カタリーナは鋭い眼で睨んだ。するともう1人の男が、

「お前を逮捕するためだ。ジョー・ウルフの逃亡を幇助した罪でな」

「は……。いつの時代の話をしてるのよ。消えな」

 カタリーナは本当に頭に来ていた。ワケの分からない理由で「逮捕」とか言っているようなバカとは付き合っている暇はないのだ。

「お前がどれほどの腕であろうと、我々2人を一度に撃つ事はできない。抵抗はやめろ」

「2人を一度に撃てないですって?」

 カタリーナのその言葉が言い終わらないうちに、尾行者2人は銃を弾き飛ばされていた。カタリーナはピティレスをホルスターに戻し、

「私はあんた達のような奴らにあっさり捕まる程間抜けじゃないわよ」

と言い捨て、その場を去った。2人の尾行者は唖然として顔を見合わせた。


 他方ルイ・ド・ジャーマンは、ジェット・メーカーの不穏な動きを察知し、彼がいる秘密警察本部に赴いていた。

「どうした、ルイ? ジョーは見つかったか?」

 ジェットは白々しい質問をした。ルイはそれには答えず、

「ジェット、カタリーナ・パンサーという女を部下に尾行させているらしいが、どういうことだ?」

 単刀直入に尋ねた。ジェットはそれでも、

「カタリーナ・パンサー? 誰だ、それは?」

 するとルイは、

「知らないはずはないな。カタリーナ・パンサー、本名はカタリーナ・エルメナール・カークラインハルト。士官学校で、お前とは同期だったはずだ」

「ああ、あのカタリーナか。彼女を尾行? そんなことはさせていないぞ」

 ジェットはあくまでシラを切るつもりだった。

「どこまでも知らないと言い張るつもりか」

 ルイの口調が強くなった。ジェットはキッとしてルイを睨んだ。

「何だ、その言い方は? 俺が何をしたと言うんだ?」

「何もしていないかも知れんな。いや、何も出来なかったのだろう? カタリーナ・パンサーは尾行者を撃退し、そのまま姿を消している」

 ルイの言葉にジェットは舌打ちした。

( こいつ、何故そんなことまで知っている? )

 ルイは立ち去りながら、

「一つだけ言っておく。私の邪魔をするな。ジョー・ウルフは私の獲物だ。もしこの警告を無視した時は、例えお前でも容赦はしないぞ」

 ジェットはルイの姿が見えなくなってから、

「ジャーマンのガキめ。今に見ていろ」

と毒づいた。


 ジェット・メーカーの指示でカタリーナを引き続き探していた秘密警察特殊部隊の隊員2人はそのカタリーナが探しているジョーを発見してしまった。

「ど、どうする?」

 2人はいろいろと話し合った結果、ジョーを尾行する事にした。

 ジョーは酒場に向かっていた。やがて彼は一軒のバーに入って行った。隊員2人も慌ててそのバーに飛び込んだ。ところがそのバーは潰れた店で、中にはジョーしかいなかった。彼はカウンターの上に座っていた。

「バカだな、お前ら。もう少しマシな尾行しろよ。丸わかりだったぜ」

 2人の隊員は殺されると思った。しかしジョーはカウンターから降り、

「隊長に伝えろ。カタリーナには手を出すなってな。もし彼女に何かしたら、例え宇宙の果てまで追いかけてでも、てめえを殺すってな」

 そのバーを出て行ってしまった。

「ジョーは偶然現れたんじゃないんだ。カタリーナ・パンサーを尾行している我々に警告するために待っていたんだ」

 2人は思った。ジェット・メーカー隊長のような考えでは、決してジョー・ウルフには勝てないと。


 ルイもジェット・メーカーのやり方を不愉快に思っていたため、銃戦隊にカタリーナが秘密警察に連行されないように監視するように命じていた。

「ジェットめ。そんな姑息な考えで倒せる程、ジョー・ウルフは思慮が浅い男ではないぞ」

 ルイはジェットに友情ではなく敵意を感じていた。


 そしてそのジェット・メーカーは、部下が二度もしくじったのを知り、

「任せておけんな。俺が自分でジョーを探し出す」

 そして、

「ジョーを倒せば、メーカー家はジャーマン家を押しのけて帝国の名門になれる。俺の昇進も間違いない」

 ジェットは不気味な笑みを浮かべ、自分の所持する銃「スタバン」を眺めた。

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