第5話 錯綜する陰謀

 帝国に次ぐ広大な領域を占めるドミニークス・フランチェスコ軍は「新共和国」と名乗り、常にマウエル朝の銀河帝国を脅かして来た。

 ストラード・マウエルが皇帝の地位に就いた時、フランチェスコ軍はドミニークス三世の治下になっていて、ストラードとドミニークス三世は良きライバルとされていた。

「エフスタビード家が帝国に造反したのか?」

 ドミニークス三世は部下に尋ねた。

「は、帝国内にいる我が国の情報部員の報告によると、そのようです。しかしエフスタビード家は何もせずに撤退しました」

「それだけでは面白くないな。銀河の民を驚愕させるようなことを起こしてくれなければ、我が国に帝国侵攻の大義名分ができぬ」

 ドミニークス三世はムスッとして椅子の肘掛けを掴んだ。

「は、そうでした」

 ドミニークス三世はニヤリとし、

「過ぎた事をあれこれ考えてみても何も進展せん。それより、これから先どうすればいいかを考える方が良い」

「帝国には影の宰相とか言う得体の知れない人物がいるとか……」

「どのような者が相手だろうと、焦る事はない。こちらはそれ以上の知恵で対処するだけだ」

「とおっしゃいますと?」

「同盟を結ぶのだ。影の宰相とか言う輩、メストレスを敵に回すとは身の程知らずよ。メストレスがいたから、今の今までこの儂は帝国攻略を躊躇していたのだ。こういう事態になったからには、帝国と結んでまずエフスタビード家を滅ぼし、次に帝国を滅ぼす。これが最善の策だ」

 ドミニークス三世は、不敵な笑みを口元に浮かべて言った。部下はそれを引きつった顔で見ていた。


 ドミニークス三世の同盟締結の申し出は、すぐに帝国に伝えられた。

「ドミニークス軍が同盟を申し入れて来ただと?」

 あまりに意外な話に、バウエルは驚愕して立ち上がった。彼は皇帝の椅子に戻り、隣の皇后の椅子に座っているエリザベートを見た。エリザベートもビックリした顔で、報告に来た帝国軍司令長官を見ていた。

「はい。エフスタビード家が謀反を起こそうとしたのを知り、帝国と結んでエフスタビード家を倒そうと申し入れて来たのです」

 どこからともなく影の宰相の声が聞こえた。バウエルは長官を見て、

「メストレスの方が危険度が高いか。ドミニークス軍と同盟を結ぶ方が正しいという事だな」

「そのようです」

「ではそうしてくれ。まずはエフスタビード家を滅ぼすのだ」

「ははっ」

 司令長官は深々と頭を下げた。

 もちろん影の宰相は、ドミニークス三世の企みなど見抜いていたのだ。一体彼はどんな考えがあって、敢えて「新共和国」と同盟を結ぼうというのか?


 その頃ルイ・ド・ジャーマンは、ジェット・メーカーと共に、帝国軍の訓練所にいた。

「そうか。ジョー・ウルフはもはやいなかったか。そんなことだろうと思ったよ」

 ジェット・メーカーは射撃を中断して言った。

「ジョーはそういう男だから、帝国からも追われているし、ドミニークスからも追われているのだろう。別のケチな反乱軍は、ジョーを味方に引き入れようと考えているらしいが、それは宇宙が爆発するよりあり得ない事だ」

「そうだな」

 ルイはジェット・メーカーの射撃の的を見ながら、

「ジョー・ウルフが何を考えているのかわからんが、帝国の事を抜きにしても、私は奴と戦いたい」

 ジェット・メーカーはニヤリとして、

「お前も物好きだな」


 そのジョーは、帝国の辺境警備隊に追跡されていた。

「くそ、こんなところまで帝国軍が出て来ているとはな」

 ジョーの乗る小型の宇宙艇は、警備隊の威嚇射撃をかいくぐりながら、宇宙空間を飛行していた。

「そこの小型艇、止まりなさい。止まらないと次は威嚇ではなく撃墜する」

 警備隊の通信が入った。ジョーは苦笑いして、

「止まったって撃墜するつもりだろうがよ」

 そして、

「悪いが、あんたらの艦とこの小型艇じゃ、競争にならねェんだよ」

 ジャンピング航法( 空間跳躍航法 )に入った。

「な、何だと?」

 警備隊員達は仰天した。

「あの大きさの宇宙艇が、ジャンピング航法だと!?」

 想定外の出来事に、警備隊の艦内はパニックになりかけていた。


 ドミニークス三世は帝国との同盟締結のため、新共和国を出発した。彼はすでに帝国を手に入れたつもりでいた。

「我が新共和国が銀河系を支配するのは時間の問題。バウエルの若造め、貴様がいかに宰相に恵まれていようと、この儂に勝てはしないのだ」

 ドミニークス三世は、搭乗している艦隊の旗艦のビッブルームで一人悦に入っていた。


 一方、バウエル皇帝は、ドミニークス三世を出迎える用意をさせていた。

「しかし、メストレス達がこの事を知って攻め込んで来る事はないのか?」

 彼はどこから見ているのかもわからない影の宰相に尋ねた。

「そちらの方も抜かりはありません。ご安心を」

「そ、そうか」

 バウエルは調印を行う大きな大理石のテーブルに着き、ドミニークス三世を待った。

 影の宰相の企ては計り知れなかった。ドミニークス軍とエフスタビード軍を戦わせて消耗させ、一気に殲滅する計画なのだ。


 ルイが銃戦隊の本部に到着した時、ジョー・ウルフが辺境警備隊の追跡をジャンピング航法で振り切ったという情報が入った。

「奴は捕まえる事は出来ない。殺す以外ないのだ」

 ルイは隊員達にそう言うと、隊長室に籠ってしまった。

( どうすれば奴に勝てる? あの銃撃の速さは、やはりジェットの言っていたビリオンス・ヒューマン故なのか )

 ルイはコンピュータを起動し、帝国のデータベースにアクセスした。

「ビリオンス・ヒューマン……」

 データベースにあった情報は、ジェット・メーカーから得たものと大差がなかった。只、ビリオンス・ヒューマンという名称を考えたのは、五百年程前の科学者ニコラス・グレイだという事、ニコラスはビリオンス・ヒューマンの出現を予言していた事、未来にはビリオンス・ヒューマンが紛争の火種となるだろうと言っていた事が記録されていた。

「それほど前にビリオンス・ヒューマンのことを予言していたこのニコラス・グレイという科学者、一隊何を研究していたのだ?」

 ビリオンス・ヒューマンが実際に確認されるようになったのは、この何十年という期間なのだ。ルイ達の前の世代で、初めてそれらしき人間が現れた事が記録されている。しかしその記録には、どこの誰がビリオンス・ヒューマンだったかは記されていない。

「ジョーは何故帝国を出た?」

 しかしジョー・ウルフの記録は何も残っておらず、ほんの少しあったものは、帝国の枢密院の幹部クラスでないと閲覧できないようになっていた。

「帝国は何を恐れているのだ? ジョー・ウルフの記録は開示されていない」

 ルイの疑問は尽きなかった。


 メストレスとエレトレスは、エフスタビード領内の邸に帰還していた。

「ここは接収されていなかったのだな」

 メストレスは邸に入るなりそう言った。そして、

「影の宰相は、ドミニークスの古狸と手を組んで、我が軍を滅ぼすつもりらしい。影の宰相は、あの狸の悪だくみに気づいていないのか」

「悪だくみ?」

 エレトレスはメストレスを見て鸚鵡返しに尋ねた。

「ドミニークスは、同盟を持ちかけて平然と裏切る男だ。その策略にかかり、いくつもの小国が奴に滅ぼされている。奴の有する広大な領域の三分の一はその方法で獲得したものだ」

 メストレスの話にエレトレスはゾッとした。

「それじゃあ、俺達はどうなるんだ、兄さん? 帝国とドミニークス軍の力が合わされば、ひとたまりもないよ」

「そうだな」

 メストレスは宰相の真の狙いに気づいていた。

「しかし、考えようによっては影の宰相、恐ろしい奴かも知れんぞ」

「えっ? どういう意味だい?」

「そのうちわかる」

 メストレスはそう言うと、奥の間に歩いて行ってしまった。


「良く来て下さった、フランチェスコ閣下」

 バウエルは立ち上がってドミニークス三世を出迎えた。ドミニークス三世は参謀とともに謁見の間にやって来ていた。

「ところで皇帝陛下、影の宰相とやらはどちらにいらっしゃいますかな?」

 ドミニークス三世はあたりを見渡すフリをして尋ねた。バウエルは天井を見上げた。

「私はすでに貴方を見ていますよ、閣下」

 どこからともなく、影の宰相の声がした。ドミニークス三世はフッと笑い、

「宰相が姿を現さないのであれば、同盟はなかったことになりますぞ、陛下」

「な、何?」

 そんなことを言われるとは思っていなかったバウエルは狼狽えてまた天井を仰いだ。すると宰相の声が、

「別にこちらはそれでもかまいません。貴方が同盟を反故にするとおっしゃるのなら、我が国はエフスタビード軍との和平交渉に臨む事に致します」

「……」

 ドミニークス三世は完全に影の宰相に出し抜かれてしまった事に気づいた。そして、

「なるほど。今回は儂の負けのようだ。同盟は締結しよう。しかし、このままうまくいくとは限りませんぞ、皇帝陛下」

「そうですかな、閣下」

 バウエルも、影の宰相が全てドミニークス三世の企みを見越して動いているのを知り、すっかり強気になっていた。

 ドミニークス三世は、不愉快な思いを抱えたまま、帝国から去った。

「さすがたな。お前の計略は完璧であった」

 バウエルが言うと、宰相は、

「お誉めにあずかり、光栄に存じます。しかし、戦いはこれからです、陛下」

「うむ」

 帝国は内外ともに安定に向かい始めていた。表面上だけは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る