第7話 ジェット・メーカーの追跡

 メストレスは、帝国とドミニークス軍が正式に同盟を締結した事を知った。

「そうか。しかし、この私もそれほど間抜けではない。影の宰相の考えも、ドミニークスの狸のはらもわかっているつもりだ。ここは一つ、静かにしているか」

「でも兄さん、そんなことをしていたら、帝国とドミニークス軍が攻め込んで来るよ」

 心配性のエレトレスが言った。するとメストレスはニヤリとして、

「だからこそだ。我々の絶対勢力圏で戦うのだ。もちろん、緊急出動体制は崩さない。いつでも出撃できるようにしておく。それに帝国がその手で来るなら、私にも考えがあるからな」

「フレンチか、トムラーと手を組むのか?」

 エレトレスの考えはその程度だな、とメストレスは心の中で思いながら、

「いや。帝国内で対立を起こさせる。バウエルがエリザベートと結婚したのは何故だと思う?」

 エレトレスは兄の突然の問いにしばらく考え込んでいたが、

「影の宰相の差し金だろう?」

「それもある。しかし真の理由はそれではない」

「えっ?」

 エレトレスはキョトンとした。メストレスはエレトレスを見て、

「プレスビテリアニスト家が、マウエル家にとって唯一の味方だからだ」

「なるほど」

「だから、プレスビテリアニスト家とマウエル家を対立させる。エリザベートの父親であるトラッドは古いタイプの男だ。愛娘が皇帝に冷たくあしらわれていると知れば、激怒するだろう」

 エレトレスは感心しながらも、

「でもその程度で仲違いするかな?」

「その程度だからこそするのだ。人は、服のほころびが大きければすぐに直そうとするが、小さければ放っておくだろう? それと同じ理屈だ」

「ああ、そうか」

 エレトレスは兄の深謀遠慮に驚嘆していた。


 その頃、ジェット・メーカーは自分の艦で中立領へと向かっていた。

「急げ。出来るだけ急ぐんだ。ルイに先を越させるな。我々のメンツがかかっているのだからな」

 ジェットはこの上なくイライラし、この上なく焦っていた。

 

 しかし、組織的に上位に立っているルイに、ジェット・メーカーの動きがわからないはずがなかった。

「ジェットはやはり中立領に向かったか。我々もすぐに出るぞ。ジョー・ウルフはこの私が倒す」

 ルイは銃戦隊を率いて、中立領へ向かった。


 カタリーナは、カジキという情報屋のアジトの近くまで来ていた。彼女は近くにいた男2人に近づき、

「ねえ、この辺にカジキって言う情報屋がいるはずなんだけど、知ってる?」

 すると男の1人が、

「へっ、知らねえな。でもネエちゃん、あんたの気持ち一つで、俺も知っている事になるぜ」

 カタリーナに飛びかかろうとしたが、もう1人が止めた。

「何するんだよ?」

 男はムッとして連れを見た。その連れは、

「バカヤロウ、てめえはそんなに死にてえのかよ」

 カタリーナの腰のホルスターを指差した。

「何?」

 飛びかかろうとした男は、カタリーナが持っている銃に気づいた。

「そうそう、そっちのお兄さんの方がよくわかっているようよ。知ってる事を話してちょうだい」

 カタリーナはホルスターに手をかけて言った。最初の男が、

「カジキっていうのは、帝国とドミニークスの狸の両方にいい顔してる、コウモリヤロウだろ? あいつはここから先の町外れにある一軒家にいるぜ」

「そう。ありがとう。これでお酒飲んで」

 カタリーナは金貨を一枚指で弾いて男に放った。彼女はそこから歩き出して、

( カジキって男、すんなり話をしてくれるかしら? )

 カタリーナはそれが気がかりだった。


 ジェット・メーカーはバーのカウンターにいた。彼は部下を全員艦に残し、単独行動をとっていた。ルイに情報が漏れている事を恐れ、1人で動く事にしたのだ。

「あいつ、帝国の軍服を着てるぜ」

 ジェットに気づいたゴロツキの1人が言った。その相棒もジェットを見て、

「身分も隠さねえで堂々としているとは、大した奴なんだか、バカなんだかな。中立領の恐ろしさを知らねえらしいな」

「ちょっくらからかってやるか」

「へへへ、暇つぶしにはなるな」

 この2人も、相手が帝国秘密警察のジェット・メーカーだと知っていれば、決してこんなマネはしなかったはずである。

「よォ、ニイちゃん。あんた、帝国の軍人だろ? ここの掟のを知らねえのか? 帝国の軍人が来たら、ぶっ殺しても処罰されねえんだぜ」

 1人がジェットの横に立って言った。しかしジェットは何も聞こえていないかのような顔でグラスを傾けていた。するともう1人が、

「おい、ニイちゃん、俺の相棒が言ってる事がわかんねえのかよ?」

 それから相棒を見て、

「おい、クックラン、こいつ言葉が通じねえらしいぜ」

「それじゃわかるようにゆっくり言ってやろうか」

 クックランと呼ばれた男が銃をジェット・メーカーに向けようとした。しかしクックランは何も出来なかった。一瞬早く、ジェット・メーカーのスタバンがクックランを吹き飛ばしていた。クックランの身体は、後ろにあるテーブルに叩きつけられて、崩れ落ちた。もう1人は唖然としていたが、

「て、てめえ、よくもクックランを……。ぶっ殺してやる!」

 ホルスターを探った。しかし彼もまた何もできずにジェットのスタバンの餌食になっていた。

「金はここに置くぞ。バカは店に入れるなよ」

 ジェットはそう言うと店を出て行った。他の客は呆然としてジェットを見送っていた。


 ルイ達はラルミーク星系の第4番惑星に降り立った。

 彼らは民間人の服装に着替え、銃を革袋に隠して街に出た。

「ジョー・ウルフと会ったのはここだった。ここに何か奴の行動を探る鍵があるかも知れない」

「じゃあ、あのバーに行くんですか?」

 隊員の1人が言った。ルイは頷いて、

「そうだ。あのバーテン、ジョーと話をしていた。知らん仲ではないらしいからな」

「はァ」

 ルイは隊員達を率いてジョーと会ったバーに入った。

 バーテンはルイ達の顔を覚えていたし、彼が帝国の軍人だということも知っていた。しかし彼はバカではなかった。

「いらっしゃいませ」

 ルイ達はカウンターに着いた。彼はバーテンを睨んで、

「ちょっと訊きたい事がある」

「はっ?」

 バーテンはギョッとした。ルイは手応えを感じた。

「お前は私の身分も、私の名も知っているな? ならば、これから私が尋ねる事に一切反問は許さん。訊かれた事だけを答えろ」

 ルイは囁くように言った。バーテンは黙って頷いた。

「まず全員にストレートだ」

 そして本題に入った。

「お前はジョー・ウルフとどんな関係だ? 知らないとは言わせないぞ」

 バーテンはルイの迫力に震撼した。

「た、只の常連客として知っているだけですよ。あの人がどんな人なのかは噂で聞いた事があるだけで、後は何も知りません」

「ほォ」

 ルイはニヤリとしたが、目は鋭いままだった。

( 本当の事を言え )

 バーテンには、ルイの目がそう言っているように見えた。

「ほ、本当なんです、信じて下さい。私があの人の事で知っているのは、カタリーナって女を避けていることだけです」

「カタリーナを避けている?」

 ルイはあの時の光景を思い出した。

( カタリーナが出て行き、ジョーが入って来た。もし奴がカタリーナを避けているのなら、あの時カタリーナとは会っていないのか )

「そ、それだけなんです、勘弁して下さい。私は本当に何も知らないんです」

 ルイはバーテンが嘘をついていない事を知った。


 ジェット・メーカーは、角を曲がったところで、カタリーナが話をした2人の男にぶつかられた。

「気をつけろ、この……」

 その1人が言いかけてやめてしまった。彼はジェットを知っていたのだ。

「どうした、ドルス?」

 もう1人が尋ねた。ジェット・メーカーはドルスを見て、

「どうやらお前は、この俺を知っているようだな?」

「ええ、もちろんです。ジェット・メーカーさんでしょ? 私、ドルスって言います。こっちが相棒のマッシーです」

「へへ、どうも」

 ジェット・メーカーは鬱陶しそうな顔で、

「お前ら、ジョー・ウルフの事を知らんか?」

「ジョー・ウルフ?」

 2人は顔を見合わせた。

「そうだ。奴の居所でなくてもいい。奴に詳しい者、奴と会った事のある者、何でもいい」

「しかしねえ。ああ、そう言えば、ジョーにガセネタを提供して、ドミニークス軍から大金せしめたとか言ってた奴がいたな」

 ドルスが言った。マッシーが相づちを打って、

「そうそう。その情報屋の事を探してた、べっぴんのネエちゃんとさっき会ったよな」

 ジェット・メーカーは目を輝かせて、

「女と?」

「へえ、そうですよ。何でしたか、ピティレスなんていう物騒な銃持ってましてね。ドルスが危うく撃たれるとこでしたよ」

「へへ、そうなんですよ」

 2人は下品に笑った。

( 間違いない。カタリーナ・パンサーだ。こいつはうまくいきそうだ )

「それで、その女はどこへ行った?」

「カジキのところです。それがその情報屋の名前です。この先の一軒家ですから、すぐにわかりますよ」

 ドルスが言った。するとジェットはニヤリとして、

「これはほんの礼だ。取っておけ」

 金貨を差し出した。ドルスが、

「へへ、こりゃどうも……」

 受け取ろうとした時である。

「やばい、ドルス、逃げろ!」

 マッシーが叫んだ。ドルスはビックリして彼を見た。

「えっ?」

 しかし遅かった。ドルスはスタバンのビームで左胸を貫かれ、そのまま後ろに倒れた。マッシーはドルスの遺体とジェットを見比べて、

「てめえ、一体どういうつもりだ?」

「どうもこうもない。死んでもらう」

 マッシーもスタバンのビームで吹き飛ばされた。

「ルイには知られたくないのでね」

 ジェット・メーカーはスタバンをホルスターに戻すと、カジキのアジトに向かった。


「誰だ、あんた?」

 カタリーナはカジキのアジトに辿り着き、今まさに逃げ出そうとしているカジキを見つけた。カジキは大きなバッグを両手に持ったままで言った。

「あんた、ジョーと最近会ったでしょ? 彼はどこにいるの?」

「ジョー? 会ってねえよ。俺はこれから出かけるんだ。出てってくれねえか」

「出かけるって言うより、逃げ出そうとしているように見えるけど?」

 カタリーナはカジキの前に立ち、行く手を阻んだ。カジキは、

「てめえ、女だからって容赦しねえぞ。邪魔すると、ぶっ殺すぞ!」

 するとその時、入り口のドアが勢い良く開けられた。

「カジキのデクヤロウはいるか?」

 それはジョーの声だった。カタリーナは喜色に顔を輝かせて、

「ジョー?」

 振り返った。ジョーはまさかカタリーナがいるとは夢にも思わなかったのか、一瞬唖然としたが、

「カタリーナ、か?」

「やっと、やっと……」

 カタリーナはそう言うと、ジョーに駆け寄ってすがりついた。ジョーはカタリーナを押し戻して、

「あんたは間違っている。俺に関わるな。命を落とすぞ」

「でも……」

 カタリーナが何か言いかけたが、ジョーは視線をカジキに移し、

「てめえは全く大した奴だな。帝国とドミニークスの狸の両方に手を貸すとはな」

 ジョーの右手がホルスターにかかった。カジキは震え出し、

「た、助けてくれ!」

 すぐさま土下座した。しかしジョーは彼を撃たずに、ドアの外に銃を向けた。

「久しぶりだな、ジョー・ウルフ」

 そこにはジェット・メーカーが立っていた。

「てめえか」

 2人は鋭い眼で睨み合った。カタリーナは固唾を呑んでそれを見守っていた。

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