第20話 さばの味噌煮

 今日も一日が始まる。

 リフクエと出会ってから朝が楽しい。

 少し汗ばんだ身体をさっぱりとさせて、外に出る。

 朝の空気が気持ちがいい。

 いつもの惣菜屋までの道のりを少し遠回りして河原沿いの道を行く。

 特に、意味はない。なんとなく気分がいいからだ。


「川、思ったより広いんだな……」


 そんなことをぼーっと考えながら歩く。

 初夏、梅雨が過ぎて空気が乾燥してきている。

 まだ暑さの本格化が来ていないこの時期。

 朝の空気が最も気持ちがいいと思っている。


 惣菜屋に回り込んで到着するように河原沿いの道から街へと戻っていく。

 駅に向かって歩く形になっているので、朝の通勤のために歩くサラリーマンやOLと思われる人影が目立つ。

 そんな普通の人々の人並みに交じると、現在の自分の立ち位置についつい想いを馳せてしまう。

 39歳、高校中退、職歴なし、彼女なし。


「普通なら詰んでるよなぁ……」


 父親と家、それに自分の人生の時間を対価に得たお金だけは持っている。

 それがなければ……

 このことを考え始めると堕ちることはわかっていた。

 だんだん足取りが重くなる。

 ゆっくりと歩く自分を迷惑そうに、労働者達が避けていく。

 それが、この世界で自分が邪魔な存在のような気持ちを加速させる。


「大丈夫ですか?」


 気がつけば惣菜屋さんの前で立ち尽くしていた。


「顔色、悪いですよ?」


 心配そうにバイトのおねーさんが覗き込んできている。


「今日は、早いんですね」


 自分で言ってからおねーさんが朝の時間に居ることが珍しい事に気がつく。


「えっ……あ、はい。今日は女将さんが朝から居ないから手伝って欲しいって言われていて……」


 何故か少し照れて嬉しそうだ。

 自分の中のもやもやがいつの間にか消えていた。

 たった一言二言他人と話すだけでも、もやもやと言うものは変わることがある。

 また一つ学ぶことが出来た。


「ありがとうございました」


「え? 何がですか?」


「いや、話しかけてもらって助かりました。今日のオススメはなんですか?」


「今日は何と言ってもさば味噌煮をおすすめします!」


 元気なおねーさんの発言で俺も元気が出た気がする。

 人間は単純だ。


 おねーさんオススメの日替わりさばの味噌煮弁当と大根と豆腐の味噌汁を買う。


「毎度あり」


 店長さんから弁当を受け取る。

 軽く礼を言いながら店の外に出る。

 さっきよりも日が昇り街の温度も高くなっている。

 道行く人達は、時間の関係か少なくなっている。

 

「さーて、帰りますかぁ……」


 過去の自分だったら、昔のことを思い出したら一週間はそっちのスイッチが入りっぱなしになっていたなぁ……

 

「あ、あの……」


 そうそう、おねーさんに話しかけてもらうだけでもスイッチが入れ替わったんだよねー。


「あの!」


「は、はい!?」


 気がついたらそのおねーさんが目の前に立っていた。

 

「これ、店長がよかったらって」


 小さな袋にはナシが入っていた。


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、またのご来店をお待ちしております」


 店の中にいる店長にも頭を下げるといいよいいよと手を振られる。

 

 家に帰って気がついた。

 うちには、包丁はない。

 ナシってかぶりついても美味しいのかな……

 問題は先送りにしよう。とりあえず冷蔵庫にしまっておく。


 おねーさん、ミズナさんだったよな。

 オススメのさば味噌煮弁当。

 

「これは見ただけでわかる。美味しいに決まっている!」


 弁当を開けた瞬間立ち上がった香り、そしてふっくらと柔らかそうな鯖。

 思わず独り言が出る。

 箸で鯖を崩すとふわっと抵抗なく身が剥がれる。

 柔らかい。そのまま口に運ぶ。


 絶品だ。

 濃い目の味付けがご飯を呼び込む。

 結構しっかりと甘みを感じるが、鯖から溢れる上質の脂がその濃いめの味わいと最高の組み合わせとなる。

 魚の煮物にも関わらず、噛みしめると旨味が凝縮した脂が滲み出す。

 これがまた、米と合う合う。

 味噌汁の優しい味わいが、口の中の味わいを一旦リセットする。

 これでまたさば味噌煮の感動を味あわせてくれる。

 無限ループだ。


「有限だけどね……」


 いつのまにか空っぽの弁当箱につぶやく……


「今日も美味しくいただきました。ごちそうさまです」


 両手を合わせて礼を言ってしまう程に、弁当は美味しかった。

 時刻は8時。今日もお楽しみのリフクエの時間だ。

 身支度を整えて、きちんとトイレにもいってベッドの上で、


「ダイブ」


 する。

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