第3話 そして始まる、生き直し

「リライブファンタジークエスト……」


 俺はいつもの惣菜屋に弁当を買いに行く途中の大型電気屋、その特設商品に視線を奪われていた。

 俺の目を離さなかったのは、「もう一度、貴方の人生を生きなおしてみませんか?」というキャッチコピーだった。


「お客さん! 今大人気のFDMMORPGリフクエ!

 どうですか!? もしやられていなかったら絶対にお薦めですよ!」


 ぼーっと立ちすくんでいた俺に、最初は恐る恐る、段々と強引に、調子の良さそうな若い店員が話しかけてくる。

 やれ、オール・インセットがお得だとかそんな話をしてくる。

 いつもなら人に話しかけられるとうまく反応できないのだが、この時は自分でも驚くほどきちんとこのゲームをやるためにはどうすればいいのかを受け答えできていた。まるで、このゲームに引き寄せられるかのように俺はそのゲームを購入し、セットアッププランまで契約していた。

 あとで考えればセットアップ代金5万はぼったくりだったなぁと思う。


 あれよあれよと言う間に、ベッドとテレビそれに冷蔵庫、ネットサーフィンが出来る程度の低スペックパソコンしか無かった2Kの部屋に、現状最高スペックのPCとフルヘッド型マウントディスプレイ、FDMD、それにリフクエが準備された。


「まいどありがとうございましたー!」


 妙に元気の良い青年が頭を下げて部屋を出て行く。

 線を繋いだだけで5万円だ。いい仕事なんだろう。

 

 俺はベッドに腰をおろしてリフクエの箱を眺めていた。


 もう一度、貴方の人生を生きなおしてみませんか?


 その言葉を見るたびに、胸がかすかに高鳴る。

 人生に価値を見いだせず、それでも死ぬことを許さず生きてきたけど、自分は心の何処かでもう一度やり直したいと思っていたのか?

 そう思うと、自分が、酷く厭らしいものに感じてしまった。


「う、うぐっ……」


 胃酸がこみ上げ、そのままトイレで朝食べたものをぶちまけてしまった。


「こ、こんな思いするならやらなきゃいいのにな……ははは……」


 自虐的なセリフが自然と湧き上がってくる。

 

「認めちゃえよ、生き直したいって……

 こんな人生じゃなく、あんな事故の無かった人生を……」


 気がついたら、俺の両目からは涙が溢れ出して、止まらなかった。

 

 泣くだけないてすっきりしたら、結構頭もさっぱりしたみたいで、そのゲームを始めることに罪悪感は無くなっていた。

 なんとなく、シャワーを浴びて、心身ともにスッキリさせて、心と身体にこびり付いていたような靄を払い落とした。


「えーっと、必ずベッドなど横になれるところで……

 これをかぶって……まず起動は……え、これ言うの……ど、ドライブ」


 目の前に巨大なディスプレイが広がる。

 

「す、すごいな……プレイヤー登録。中瀬 琉夜」


 ログイン画面になるので試しに脳波モードに切り替えてみる。


「脳波モード、スタート」


 そこからは衝撃だった。

 自分が思うように情報入力などが行われていく。


「……科学の力ってすげー……」


 それしか言葉がない。

 色々な登録、認証事項確認を終えて、とうとう目の前にリライブファンタジークエストという文字とこれが映像とは信じられない美しい風景が広がっていた。


「い、行くぞ。リフクエ、ダイブ」


 そのコマンドをきっかけに、フルダイブが開始される。

 目の前のディスプレイに表示された画像が、まるで自分自身の目で見ているかのように切り替わる。

 手を見れば真っ白いマネキンのような人形になっているが、それが自由自在に動かすことが出来る。


「うおおおお!! 凄い!」


 もう、何年もそんな大きな声を出したことがなかった。

 現実では出ていないはずだが、思わず口を押さえてしまった。


『リライブファンタジークエストの世界にようこそ』


 美しい女性の声でナレーションが開始される。


『まずはこの世界で新たな人生を歩む、貴方の姿を教えてください』


 次の瞬間、目の前に何千何万というパーツが広がる。


「こ、こんな中から選ぶのか……」


『外見はゲーム内でも一定の条件をクリアすれば変更できます。

 骨格体型は、かなり苦労するので慎重にお選びください』


 疑問に思うタイミングでアドバイスしてくる。凄いシステムだなと感心してしまう。


 どれくらいの時間をかけただろうか……

 俺は一人の男の分身アバターを作り上げた。

 

「結局、俺はここからやり直したいんだな……」


 見る人が見れば気がついたかもしれない、それは高校生の頃の俺だ。

 それなりに部活、水泳部で頑張って、一応受験勉強にも頑張っていた、普通の高校生。決して手に入れられなかった普通の人間が、そこには立っている。


『貴方の新しい人生に、幸多からんことを……』


 アナウンスが聞こえた瞬間、たくさんのアバターの部品が光りに包まれる。

 そして俺自身も光りに包まれ、気がつけば草原に立っている。


「これが、ゲームの中なのか……」


 辺りは森に囲まれた小さな草原、日差しに照らされた大地、草花、その全てがCGだとわからないほど自然に風に揺れている。

 意味のないことだわかっているが、深呼吸をすると草の香りや土の香りまでして驚いてしまう。


「脳に干渉するって、こんなことまで可能なのか……ほんとにゲームだよな……」


 あまりの出来にありがちなライトノベルのように異世界転移やら転送したのかと思い。俺はコンソールを出すよう念じる。

 ポンッとゲーム的な音がしてコンソールが現れる。

 俺はログアウトを選ぶ。


 しっかりと、先ほど選んだ高校生ではない、39歳、初老のおっさんの姿に戻れたことを確認してゲーム内にとんぼ返りをする。


「……ゲームなんだな……」


 俺は、こみ上げる感動を押さえきれなかった。


「ひゃっほーーーー!!! すげぇ!! すげぇよ!!」


 バンザイしたり飛び跳ねたり、俺はアバターを自由自在に動かしてみる。

 

「思い通りに動く! 全部やり直しだ! 俺は、この世界でもう一度生きるんだ!」


 こうして俺は、ゲームの中でもう一度生き直すことになる。

 この先に何が待っているか、俺も、誰もわからない。

 だって、ここからはじまる人生なんだから!



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