第26話 みやびと遊ぼう! ①

 文化祭は土日の二日間で行われる。土曜日が学生のみ、日曜日は近隣の人たちや親など、一般公開の日である。そして、その準備に合わせて文化祭前の平日は授業がほぼなくなる。正確には午前授業だけで、午後は文化祭準備に充てるという日程なんだけど、ほとんどの教師が自習と言う名の準備時間にしてくれるから、結局教師が前に立って授業、というのはまったくと言うほど無くなる。

 俺のクラスは飲食がメインなので当日が勝負となるのだけれど、教室の飾りつけはもちろん必要になる。紙のテープで壁を装飾したり、折り紙で提灯を作ったりと、遊びながらやると時間なんてあっという間に過ぎてしまうのだ。

 俺のクラスと同様にみやびのクラスも演劇の準備で忙しいらしく、その週初めてみやびと会ったのは驚くことに金曜日の放課後だ。俺も忙しく過ごしていたので、みやびから帰りを一緒にすることを誘われて、その事実に気付いた。


「今日は早いな」


 早いと言っても、もう18時を回っている。文化祭準備期間は20時まで校内にいることが認められていて、いつもみやびはそのギリギリまで準備をしていた。だから、この時間にみやびが帰りに誘ってくるのは予想外であった。


「もうリハーサルも終わっちゃったしね。衣装も道具も全部体育館に入れちゃったから、後は明日に備えて解散ってことになったんだ」

「そうか、衣装はどんなんなんだ?」

「それは明日のお楽しみー!」


 体育館のステージ発表は土曜、日曜両日あるが、みやびのクラスは土曜日になっていた。しかも一番最後のトリということもあり、みやびは余計に気合が入っているらしい。


「あんまり気を張りすぎるなよ」

「だいじょうーぶ! 秀ちゃんに完璧な演技をする私を見せてあげるよ! 内緒で芸能オーディションとかに送ってもいいんだよ?」

「みやびならバラエティに引っ張りだこだろうな。もちろん芸人枠で」

「もー、こんな美少女を芸人枠で使うわけないでしょ」

「もう少しみやびは謙虚さというものを学んだ方がいいと思う」


 そんなことを話しながら、俺たちは久しぶりに二人きりの帰路を共にした。みやびはきっと、俺が文化祭に告白しようと考えているなんて、微塵も予想してないんだろうな。


「みやびー、日曜は不知火と3人で回るんだろ。その後の後夜祭はどうすんだ?」

「後夜祭ね、もちろん参加するよ! キャンプファイヤーだよ、参加しなくてどうするの」


 だよね、みやびならそう言うと思った。ただの確認だ、ただの。


「その時さ、ちょっと話があるから」

「話? 今じゃダメなん?」

「どっちかと言うとダメ」

「ふーん」


 くるくる踊るように前を進んでいたみやびは、俺がそう言うと立ち止まり、じっとこちらを見てきた。何かと探るような目だ、俺がこうやって明確に話があると誘うことは滅多にない。あったとしても、この長いみやびとの付き合いの中でほんの数回であり、そのどれも簡単にできる話ではなかったはずだ。

 でも、ここで真意を読み取らせる訳にはいかない。俺はそのみやびの視線に負けないように、見つめ返した。


「……そう、じゃあ楽しみにしてるね!」


 にっこり笑ってそう言ったのはみやびだった。俺はほっと息を吐く、なんとか気づかれずに誘えたらしい。きっとこんな誘い方をしなくても、後夜祭でみやびを捕まえるのは簡単なはずだ。それをわざわざ誘ったのは、どちらかというと俺の方が逃げ出さないようにするためだ。油断してしまうと、また今のままの関係を続けてしまいそうだから。

 別に今の関係が悪いわけではないと思う、きっと周りから見てると付き合っているようにも見えるだろう。だけど、それはただの周りの評価で、俺とみやびの認識ではないのだ。みやびはきっと、俺がそういう関係を望んでいないと思っているから、なにも言わない。そして少し前までは、俺もみやびが想像している通り、そう思っていた。

 そう、少し前までは。今は違う。

 俺はみやびを待たせていることを大人のみやびや、不知火に言われるまできっと気づかないふりをしていた。ただ、それに気づいただけ。そして、少しだけその関係を変えるだけだ。

 後夜祭では、みやびはいったいどんな顔をするのだろう。


◇  ◇  ◇


 次の日、俺はいつもより時間に余裕がある朝ごはんを食べて学校へ向かった。集合時間は9時、文化祭の開始は10時からだ。

 クラスへ着くと、全員で忙しなく動き回り装飾や材料の最終チェックをする。材料は煮卵、叉焼、青ネギ、そしてスープはとてもいい匂いで、教室の中をすっかりラーメン屋にしていた。午前中調理当番だった俺は、仲間内で少し多めの味見をした。

 午後からはクラスの友人と文化祭を回り、16時頃にみやびのステージを見に体育館に行こうと思っている。クラス内も文化祭ということで浮かれているみたいだ。担任の注意を上の空で聞き流し、数発の花火の音とともに文化祭は始まった。

 といっても、始まったばかりでラーメンを食べにくる人なんて少数だ。注文があってから作り、給仕の係りに渡すけれども、正直言って暇だ。大変なのは午後からだと思うけど、俺はその時間に当番を充てがわれなくてよかったと思った。

 廊下に人が増え、席も埋まり始めてきた正午前。俺が汗を拭きながらラーメンを茹でているところに意外な客が来た。


「秀一君! 済まないが少し来てくれ!」


 入口のドアから叫ぶようにそう言ったのは不知火だった。ずいぶんと急いで来たのか、息が荒い。俺は当番を少しだけ変わってもらって廊下へと出た。


「どうした。なんかあったか」


 不知火らしくもない慌てように、俺は説明を求める。こんなに不知火を急がせるような原因に、俺にはなんとなく想像がついていた。


「みやびが、学校に来ていないんだ」

「来てないって……連絡は?」

「携帯に電話してみたが、電波が入らない場所にいる。メールもしたが返信はない」

「ありえないだろ、あのみやびが今日休むなんて。40度の熱が出たってあいつは来るぞ」


 だんだんと鼓動が速くなっていく。その可能性を信じたくはないが、みやびが来ない、いや、来れない理由なんて、一つしか思い浮かばない。不知火はその理由を口にし始めた。


「だからだ、君に助けを求めにきたのは。……今回、どうやら私は役に立てないらしい」

「どういうことだ?」

「私もこんな日にみやびが連絡も無しに休むなんて考えられなかった。だから私はみやびの家まで行ったんだ……だけど、たどり着けなかった」


 悔しそうに唇を噛む不知火は、たどり着けなかった、と変な表現の仕方をした。不知火はみやびの家の場所を知っているはずだ。その身体能力を活かせば、俺よりずっと早くみやびの家に行くことができるはずだ。


「私がいくらみやびの家の方向に進んでも、いつの間にか通りすぎてしまうんだ。みやびの家が見えるか見えないかの距離に近づくと、自分の一歩がぐんと伸びて、みやびの家をまたぐように反対方向にいつの間にか出る。何度やってもみやびの家まで行けない」

「……そうか」


 やっぱりそうだ。今までと同じように、みやびはまた不思議に巻き込まれたんだろう。


「不知火、伝えてくれてありがとう。みやびは俺がどうにか連れてくる」

「……あぁ、今日はみやびが主役だからな、いてくれなきゃ困る。一応代役もいるんだが、あんなに楽しみにしていたみやびが来られないのは可哀想だ」

「そうだな。それにみやびの癖に、不知火にこんな汗だくにさせるなんて生意気だろ?」


 そうフザケて言うと、不安の色が強かった不知火が少しだけ笑った。


「その通り、みやびにはなにか驕ってもらわなきゃいけないな」


 俺はクラスに先に抜けることを伝える。どちらにしてももう交代の時間だ、ちょうどよかった。


「秀一君、私はクラスの方でみやびが来るまでの対処をする。なにかあれば全力で駆けつけるから連絡を」

「あぁ、その時は頼む。俺も本番前に必ず、みやびを連れてくるから」

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