第25話 アカシックレコードと遊ぼう!

 文化祭まであと十日くらいになった。


 俺の通っている高校は小さく、在校生が少ないため、どうしても文化祭は小規模になってしまう。その代わりと言ってはなんだが、出し物の自由度が高く、小さな部活や同好会だけでも出店を出すことができるなど、学校側も頑張っていて、学生達は気合を入れて取り組む。……同時期は、廊下を先生が走り回るという珍しい光景もよく見ることができるので、一番頑張っているのは先生方かもしれないけどけど。

 俺のクラスはラーメン屋をやることになった。クラスの中にラーメン屋の息子がいたから、ほぼ決まっていたようなものだ。材料からなにから全て用意してくれる代わりに、お店の宣伝をすることになっているので、文化祭限定で2号店が出るような感じだ。俺たちは接客と教室の飾りつけ、後は簡単なラーメン作りを覚えればいいだけだから、そんなに大変ではない。

 みやびのクラスはどうやら演劇をやることになったらしい。みやびはなんと主役を張るみたいで、最初は秘密にしたかったのだろうけど、不知火があっさりとバラしてしまった。不知火が言わなくても、みやびの言いたいが言いたくない、そんな気持ちが溢れ出ていたので、バレるのも時間の問題だったけど。

 みやびが主役に張り切るのはもう一つ理由がある。前回のこっくりさんの騒動から、みやびのファンクラブは解散した。それからみやびは自分の教室で今まで話すことが上手く出来なった元会員とも積極的に話しているらしい。みやびが言うにはクラス全体の結束力が強くなっていて、練習にも気合が入るとのこと。楽しそうに話すみやびに俺は絶対に見に行くと約束した、いや、させられたといった方が正しいけど。


 そんな学校は忙しいけど、こっくりさんの騒ぎからオカルト的な出会いはまったく無くなっていたある日の休日、俺はいつも通りみやびの家へ遊びに行った。


◇  ◇  ◇


「あっ、来た来た。いらっしゃーい」

「どうも、こんにちは」


 みやびの部屋の襖を開けると、そこにもう一人お客がいて俺は思わず身構えた。

 それはみやびより一回りは年上の綺麗な女性だった。長い髪をまとめるために簪を差し、服装は着物だ。みやびのお客さんというよりみやびの母、あこさんのお客さんと言われた方がまだ信じられるだろう。

 俺はその女性に注意しながら、いつもの指定席へと座る。にこにこと笑うその女性からは、特になんの不自然さも感じられない。……もしかして本当にただの人だろうか、という普通の人なら考えるはずもない疑問を持ってしまうのは、たぶん俺が普通ではなくなってしまっているからだろう。


「えっと、この人は明石麗子さん。綺麗な人でしょ、しかも着物だよ着物! 私もこんな綺麗な着物着てみたいなー」


 名前もいたって普通だ。近くに座っていても、俺のオカルトなセンサーはなにも反応しない。とりあえずは危ない存在じゃなさそうだし、気を抜いても大丈夫だろうか……。俺はそう思いながらも探るように自己紹介をすると、麗子さんはほほ笑んだまま聞いてくれた。


「会うのは初めてですけど、前々から知っていましたよ。よろしくお願いしますね」


 ……ん?


「えっと、どこかで会ったことありましたっけ?」

「いえ、お会いしたのは初めてですけど、知っていました」


 はい今、俺の中でオカルトなセンサーが若干上がったよ、今は五分五分くらい。


「それで、さっきの話の続きはー」

「あぁ、そうでしたね。1778年までお話しました。続きからでいいのですよね?」

「続きからで大丈夫だよ。秀一も聞きなよ、麗子さんのお話すっごく面白いから!」

「何の話?」

「歴史のお話ですよ」


 麗子さんのその一言に、俺は言葉を失った。みやびが歴史の話を聞いて面白がるだと……学校で話を聞くより校庭で走り回るのが好きなみやびが歴史を面白い……面白いだなんて!


「くっ、聞かせてもらいます」

「なに泣いてんのさ」

「えっと……、じゃあ続きからってことで」


 思わず感極まってしまい、若干麗子さんを引かせてしまったみたいだ。俺はちゃんと姿勢を正す、もしかしたら勉強があまり好きではないみやびでも、楽しく聞けるように話しているのかもしれない。もしそうならぜひとも見習い、俺もみやびにそうできるようにしたい。麗子さんの話に集中しよう。


「1778年は、こちらで言う仮想現実が出来た年でした」

「仮想現実?」


 しかしその聞きなれない単語に、俺が思わずオウム返ししてしまうと、麗子さんはとても冗談を言っている感じでもなく、続きを話した。


「満を持して世の中に解き放たれた仮想現実の世界は、多くの人々を虜にしました。といっても、仮想現実だけで生活は出来ません。人は食べて、寝て、運動して、排泄しなければ生きていけないものです。開発した研究者はそこまでの影響力はないだろうと思っていましたが、発売してすぐに、仮想現実が原因で大勢の死者が発見されました。そのほとんどは仮想現実から出ることを嫌がり、ひたすら現実世界を嫌い、現実世界に戻ることなど少しも考えなかった人達です。最終的には、全人口のうち1%が仮想現実を自分の現実と見て、本当の現実を捨てていきました」

「いーなー、私も仮想現実で空飛んだり、学校のテストで満点とったり、うどん屋さんでトッピング全部盛りして食べたりしたい」

「後半の2つは頑張ればできると思うけどね……。というかその前に麗子さん、俺の知っている1700年代とだいぶ違うような気がするんですけど」

「えぇ、そうね。私のお話は前の1700年代ですから」

「前の?」

「そーそー、前の。今の人の歴史よりいくつか前の人の歴史のことなんだって」


 みやびが麗子さんの代わりに答えてくれる。でもそれって……。


「ふふ、驚いたでしょ。なんと麗子さんはかの有名なアカシックレコードさんなのだ! 全ての過去を知る人だよ!」


 ……やっぱり人じゃなかったね。


「ちなみに明石麗子さんという名前は私、みやびが命名しました」


 今回は割とまともな名前に落ち着いたみたいだ。……まともかな? 少なくとも和服の女性に対してはまとも。


「本日はみやびさんの過去を教えてもらいにきたのです。私、アカシックレコードは過去に対しての全て、えっと、歴史はもちろん、感情、思想、存在、情報などの全てを記録する役目があります。本来なら情報の方からこちらにやってくるのですが、なぜかみやびさんの情報だけ、幼少の時にぷつんと切れてしまっていることが最近わかったのです。なので、直接情報を収集しようとしたのですが……、私の存在は普通であれば分からないはずなのに、みやびさんに見つかってしまったので、こうして少しお邪魔しているわけです」


 麗子さんは申し訳なさそうにそう話す。アカシックレコード、俺も映画とか本でよく見るけど……目の前にいる女性がそうと言われてもとても信じられない。というか人にもなれるんだ。


「それって未来もわかるんですか?」

「いいえ、未来は分かりません。私はただ、記録するだけの存在なのです。未来はこれから作っていくものでしょう? それが分かる存在なんているのかしら。もしいたとしても、私の記録している世界の外の存在かもしれませんね」


 その世界の外の存在っていうのもなんか会った記憶があるけど、それは言わない方がいいのかな。タジーさんこと、多次元情報思念体のことをなんとなく思い出す、少し懐かしい。


「そういえば、私の記憶はいいの? お話したほうがいい? 小さいころっていっても、秀ちゃんと遊んだっていう記憶しかないけど」

「もっと他にないのかよ」


 とツッコミを入れるも、俺も小さい時の話をしてください、と言われたらそのくらいの感想しか言えないかもしれない。中学の時の記憶だって、1から10までは説明できない。


「いいえ、もうみやびさんの記憶は頂きました。とても奇異は記憶をお持ちなのですね、みやびさんの記憶だけ途切れていたのも納得いたしました」


 そうして俺をちらりと見る。その視線に、なんとなく途切れた場所は予想がついた。あの小さい時一緒に出掛けたキャンプの時のことだろう。内容までは忘れてしまったけど、大変なことが起こったというのは覚えている。


「そういえば、さっきのお話の続きはどうなったの? 仮想現実はなくなっちゃた?」

「いいえ、ある程度は規制されましたが、一度発表してしまってからは、規制しても同じようなものが出続けますし、それにその頃には地球環境も悪くなっていて、現実が見るに堪えなくなったのでしょう。長い時間を掛けて、ほぼ全ての人が仮想空間で生き、そして死んでいきましたよ。その時の世代は残念な事に宇宙技術があまり発達していなかったので、地球の外に逃げるということもできませんでしたね」

「なんか悲しいね、私も仮想現実で時々遊ぶくらいならいいけど、ずっと生きるのは嫌だな」


 みやびは天井を見上げながらそう言った、仮想現実がある世界でも考えているのだろうか。俺もみやびと同じ方向を見て想像してみるけど、あんまりうまくイメージが湧かなかった。


「みやびさんはそう思うのですね。もし仮想空間が、見るもの、匂いや感触、そして周りの世界までも瓜二つで、全て自分の思い通りになる、そのような世界でも現実がいいと、そう思いますか?」

「思うよ」


 俺は少しその世界があったら、という話に少し迷いを感じてしまったけど、みやびは即答した。


「そんな世界じゃ私は満足できないから。思い通りになるのは楽しいことだと思うけど、思い通りにならないから楽しくなることだってあるよ。それに、もし世界が私の思い通りになるんだったら、麗子さんともきっと会わなかったと思う」

「……みやび、さっきはあの有名な、とか言ってたけど、実はアカシックレコードなんて知らなかっただろ」

「さすが秀ちゃん分かってるね! 麗子さんから今日初めて聞きました!」


 でも、みやびの言うとおりかもしれない。自分の思い通りになるってことは、自分の思い描ける世界にしかならないということだ。俺もここ最近の話だけど、多種多様な不思議と出会ってきた。大変だったり、みやびに振り回されたりしたことの方が多かったが、その代わりに不知火が忍者だったことが判明したり、幽霊の花子さんとデートしたり、今となってはなかなか貴重な体験をしたと思える。そして、それはこの予想ができない現実だからこそ出来たことで、仮想現実なら絶対に出来なかったことだろう。


「みやびさんみたいな人が少しでも多かったら、前の世界も少しは変わっていたかもしれないですね」


 そうして、麗子さんは立ち上がった。


「もう行っちゃうの?」

「えぇ、私も仕事がありますので、ここにいてお話するのも楽しいですけど、ここでは情報が記録されないので、職務怠慢になってしまいます」


 麗子さんが唐突に窓を開ける。


「私に出来るのは記録するだけ、みやびさん達の人生にはなにもできません。それにきっと、みやびさんの世代もきっとあっという間に過ぎ去ってしまうのでしょう。でも、だからこそ私は、こうやって私と初めて一緒にお話してくれた、みやびさんと秀一さんの人生が幸多くなることを祈っています」


 麗子さんがふわりと浮かび、その窓に吸い込まれる。窓の向こうには変わらず秋めいた空が見えた。


「秀ちゃんは、現実と仮想現実、選べるならどっちがいい?」


 二人で外を見ていると、みやびがそう問いかけてくる。俺は迷うことなく答えた。


「仮想現実なんかよりも、みやびがいる現実の方がよっぽど面白いに決まってるだろ」

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