奴隷邂逅【15-2】

 狙撃銃へ、フルに装弾した弾倉をはめ込む。長大な銃身に太いサプレッサーをねじ込み、ボルト(遊底)を前後して初弾を送る。金属が滑らかに擦れる音を皮切りに、濃厚なアドレナリンの分泌が始まった。仕事の第二段階だ。

 時刻は二時三七分。夜明けまでに余裕を持って首都を発つには、アボットの殺害まで二時間も掛けていられない。一つの失敗も許されない、難易度の極めて高い犯罪になる。高倍率のスコープを覗いたまま数分を過ごし、呼吸を整えて拍動をなだめる。万全の態勢で臨むのであれば、警備の交代を待つべきだが、どうしようもない。唯一幸運なのは、大企業が相手でないので、敵の増援は考慮から外せる。母屋の二階の一室は変わらず薄明かりが灯り、主人が眠ってくれている様子はない。敵の人数は、多くて八人。やつらを含め、戦闘能力のない奴隷に気付かれても、俺の身は破滅だ。それでも、やるしかない。

 リラックスした姿勢から、肩に銃床を引き付ける。機関銃と違って、余計な力は要らない。自分の身体さえも、銃を支える部品として鉄塊と一体化する。スコープのクロスヘア(十字の照準線)を立っている方の警備に重ね、動向を監視する。風向きは微弱な向かい風。七・六二ミリ弾なら、屁でもない。この距離なら、弾丸自体の回転による偏流も度外視出来る。自分に合わせて調整した引き鉄を、撃発の限界まで絞った。

 肺の古い空気を吐き出し、新鮮な酸素を少しだけ補給する。脳の温まった血が抜け、冷却水が流れ込む錯覚を抱く。蟲の求愛が、酷く遠くに感じられる。あらゆる感情が欠落する感触、己が冷たい無機物と化す。母屋の壁に寄り掛かって座る男が、吸い殻を携帯灰皿に押し込んでいる。照準を重ねた方は、銃を壁に立て掛けて欠伸をかいた。頼むから、恨むなよ。

 真夜中のしじまを裂いて、鋼鉄の矢が射られた。サプレッサーで音質が変わったものの、超音速で飛翔するホローポイント弾は特徴的な衝撃波を伴って銃身を飛び出した。反動で震えるスコープ越しに、目標の右胸への着弾を確認した。欠伸に両腕を上げたままの格好で、後ろへ倒れていく。鞭で地面を叩く様な音と相方の転倒に、煙草の男が呆気に取られる。既に冷めた空薬莢を薬室から弾き飛ばし、銃を持ち直して立ち上がらんとする男へ照準を定める。全てが機械的に為された。胸の中心を狙って射出された第二射は敵の鎖骨に命中し、胎児の如くぐにゃりと丸まった体勢で土へと倒れ込んだ。

 息をつく間もなく、スコープから集中を解いて広域へ気を配る。発砲音に気付いた者はいないか。家屋で動きはないか。一番まずいのは、今いる林に実は警備が配置されていて、そいつらが音の主を捜索に来る事態だ。だが耳を澄ませても、鳥のざわめきと木々の囁きの他には窺えない。幸い、最悪の筋書きは避けられたらしい。それでも油断の余地はない。スコープを覗き、今しがた攻撃を加えた敵へ焦点を合わせる。ライフル弾をその身に喰らった男らは、最後に見たのと同じ姿で横たわっていた。大男らが指先ひとつ動かなくなったのを見届け、それからようやく胸の空気を排出した。一瞬とはいえヒトを辞めていた身から、粘ついた汗が滲む。門番は片付けた。だが、まだ障害は残っている。

 作動停止音波発生装置を起動し、滑り止めの付いた軍手をはめ、かさばる狙撃銃を土手に放置して斜面を下りる。外壁までの数十メーターを駆け、梯子を伸縮棒で石塀へ引っ掛ける。ボストンバッグを肩に、軋む梯子に苦心しつつ塀の縁に乗り上げる。梯子を回収して慎重に地上に着地すると、敷地内は何事もなかった風に静まり返っていた。数分前と変化があったのは、玄関前に転がる死体だけだ。爆弾のバッグをその場に捨て置き、拳銃を抜いて死体へとにじり寄る。最初に撃った男の胸には大口径弾による風穴が空き、黒色のスーツにべっとりと染みが広がっていた。ブーツの踵で蹴っても反応がないので、もう片方の死体へ銃口を向ける。こちらも頸の辺りから血液を流したまま、しっかり絶命していた。手にしていたサブマシンガンは、どうやらUMPの九ミリモデルであったらしい。紛争地であれば持って帰れたかもしれないが、この銃は個人で名義登録されている可能性が高い。口惜しいが、本旨の為に物欲を殺した。それどころじゃないんだ。

 死体ふたつをそのままに、ガレージを兼ねた離れへと歩みを進める。銃を両手で構えつつ、何処から敵が現れても殺せる様に、撃鉄は既に起こされている。太い筒が銃口から延びているせいで狙いが付け辛いが、これでやるしかない。低速の拳銃弾であれば、亜音速弾でなくとも銃声は抑え込める。離れに監視カメラやセンサーの類は見当たらず、そのまま直方体の短辺に一枚しかないドアに接近する。金属製・白色の扉の脇に張り付いて耳を澄ませると、どうやら内部で動きが窺える。人数を窓から確認したいのは山々だが、如何せんブラインドが邪魔をするだろう。首筋を伝う汗が作業服に染み込む。こいつは賭けになりそうだ。

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