19 世界で1つだけの魔法

 あの後、僕の放った刻印石はトレントを内側から爆発させた。

 完全に動きを止めているうちに、太い枝を切り出して僕らは退散した。


 帰りの飛空船は甲板があって、気持ち良い風を受けながら航行している。

 その甲板で、僕はなぜかカナリーとルルカに冷ややかな目を向けられていた。


「僕、なにかしたかな……?」


 二人に尋ねてみたところ、呆れたようにため息を吐かれてしまった。


「中尉のこと、格好いいなって思ってたんですよ? 途中まで」


「あの場面なら仕方ないでありますが、本当に覚えてないのでありますか?」


「え? マジでわからない。どういうこと?」


 二人のながーいため息。

 本当に僕は何をやらかしてしまったんだろう……。

 プラシアは黄昏の空をぼんやり眺めているだけだし、何なんだろうなぁ。



 自問自答している間に飛空船は村に到着した。

 重たい木材の運搬をするのは大変なので、馬車を借りて街まで戻ることにする。

 今日だけで貯金をだいぶ使ったが、金に換えられない1日だ。良しとする。


 ナヴィが馬車を運転し、荷物と一緒に僕たち4人が乗り込んだ。

 プラシアは荷台の最後尾で足をぶらぶらさせて、ぼんやり空を見上げている。


「なにか見えるのか?」


 プラシアの隣に座って、一緒に空を見上げる。

 金色の空に浮かんでいるのは渦巻く雲だけだ。


 プラシアに視線を移すと、ゆっくり首を横に振った。


「でも、いるの」


「誰が?」


「婆さま と 父さま」


「……そうか」


 うまい言葉が出てこなかった。


「ホラ あれがドラゴンのすみか」


 プラシアが渦巻く雲を指さした。

 麦穂の香りが風に運ばれる。プラシアの青く長い髪がなびいた。


「いつか わたし ドラゴンになるの」


 暮れる夕日に照らされて、彼女の輪郭が淡く光る。

 プラシアという娘は、本当は最初からいなかったと錯覚するほどに儚げで。

 でも確実にいるんだと僕の腹の底で沈んだ静かで重たい何かが訴えた。


「プラシアの翼は僕が作るよ」


 习 がピクリと動いた。

 頷くでも返事するでもない曖昧な応答に、僕は微笑み返す。

 呆けたように僕を覗き込んで、彼女は少しぎこちなく頷いてみせた。




 ■




 その日から僕とプラシアの天国と地獄が始まった。

 起きている間は訓練で倒れた兵士の治療をする時以外ずっと翼づくりだ。

 プラシアは試作機を取り付け、何度も飛んでは落ちてを繰り返した。


 銘木・トレントの枝は魔動素によって筋肉のように収縮する。

 魔動素は魔力と同義だが、特に体内を循環する魔力を魔動素と呼ぶ。

 魔術は体内の魔力を精霊へ捧げることで願いを聞き入れてもらう仕組みだ。


 僕が闇の魔術でものの重さを操ったみたいに、魔動素はものへ移せる。

 ものへ移した後、願いを聞いた精霊が力を行使していた。

 放物線の軌道が急に変わったりしたのはそのためだ。


 同じようにトレントの枝にも魔動素を移せば、操れると僕は仮説を立てた。

 何よりプラシアの身体には胸の魔晶石を伝って魔力を移せる性質がある。

 事実、動かすことはできたのだが、操るまではできなかったのだ……。



「プラシア、おいで。痛いところはないか?」


 彼女の身体は定期的な飛行訓練によって、擦り傷や内出血ができていた。

 魔術を使うまでもないが、年頃の女の子が顔に青あざを作っていてはいけない。


 僕は水の魔術を使って、プラシアの頬に青色の光球を優しく当てる。

 くすぐったそうに身を揺らすから、僕まで笑いがこみ上げてきた。


 彼女は笑いをこらえきれなくなって、「ワー!」と笑顔になった。

 トレントを討伐したあの日から、プラシアは感情を取り戻しつつある。

 プラシアが勢い良く僕のみぞおちに顔を埋めた。


「うぐ。じっとしてろよ、治らないぞ」


 いささか感情表現が豊かすぎるきらいがあったけど。

 陶磁器のような白い背中に生えた羽の付け根がよく見える。


「治らない だったら?」


 腹にくぐもった声が響いた。


「治すまでこうする」


 プラシアの脇をこちょこちょとくすぐった。

 嫌がりつつも満更でもなさそうな声を上げて僕から離れる。


 今日は墜落するプラシアを助けるために魔力をたくさん使ったというのに。

 彼女の挙動を見ていると一気に疲れが吹っ飛ぶ。

 まるで何かの魔法みたいだ。



 ふと馬鹿馬鹿しい考えが脳裏をよぎる。



 ……空を飛ぶ魔法を作ったらどうだろう?




 魔法を作る。馬鹿げたことだが、理論的に不可能ではない。

 まず、魔術は6つの属性に分けられる。光、水、土、闇、火、風だ。

 複数の精霊に祈ることで属性を複合させることができる。


 プラシアを助けた時、別々の属性の現象が同時に起きた。

 大地が歪み、風が舞い、熱が生まれた。

 莫大な量の魔力さえあれば、一つの願いで複数の精霊を動かせる。


 プラシアは飛行するために大量の魔動素を翼へ移動させた。

 移動させた魔動素は魔力として放出されてしまう。

 僕以上に魔力を消費しているはずなのに、プラシアに疲れた様子は見えない。



「プラシア。君は魔法を使えるか?」


「えーと 精霊サマの ササげる 祈り?」


 魔法にまつわるキーワードは精霊と祈りだ。

 他にも翼人族の使っていたイントネーションの言葉で説明してくれた。

 プラシアが魔法を使えることはかろうじて伝わる。


「魔術の詠唱はできるか?」


 これに関しては首を振る。話を聞くと魔術という概念がない様子だった。

 もっと原始的な精霊信仰に近いが、願いのために自らを捧げる点は似ている。


 難関は「飛ぶ」という複雑な願いを聞き入れてもらえるかどうか。

 僕はカバンから紙と筆を取り出し、考えられる呪文を書き込んでいった。

 詠唱は魔力の不可逆な変換をする合言葉である。


 つまり、合言葉の順番さえ間違っていなければ、複雑な願いも行ってくれる。

 また、その手順は飛びながら変えていかなければならない。


「できた。空を飛ぶ世界で1つだけの魔法だ」


 僕は紙に書かれた呪文をプラシアに見せる。




 我が願いを、聞き入れるならば、我の魔力を捧

 の    知    な    願    げ

 願    ら    ら    う    る

 いを聞き入れたまえ。風の精霊と闇の精霊よ。

 は    る    と    と    我

 飛    か    闇    風    が

 ぶ。空渡る、蒼き輝きの翼に、この鉄を変え翼

 こ    空    力    力    よ

 と    の    を    !    羽

 。聞け、精霊たちよ、我が願い! 翼よ、羽ば

 精    と    へ    上    た

 霊    技    、    空    け

 たちよ、力を合わせて我の体を天高く飛ばせ!




「?」


 プラシアは小首を傾げる。


「これは左上から、右下に向かって読むんだ」


 この形なら臨機応変に詠唱を変えられるはずだ。

 ただ、ところどころ意味が繋がっていない文がある。

 精霊にとっては些細な揺らぎだ。徐々に調整を重ねていけばいいだろう。



 プラシアは半信半疑のまま、文をカタコトになりながら読み上げる。

 胸の魔晶石が輝き、精霊たちが顔を出した。非常に強い魔力だ。

 機械の翼が動き、メッキが太陽で煌めく。彼女は嬉嬉とした表情で飛び出した。




 一瞬だった。


 プラシアが丘を駆け下り、姿が見えなくなったと思った次。

 僕は空を見上げ、青い翼が優雅に金色の空を舞っているのを見た。



「……飛んだ! プラシア! プラシアー!」


 僕は我を忘れてプラシアに手を振って、彼女の名を呼んでいた。

 嬉しさと、それから少しの寂しさが胸中に押し寄せる。

 どうしてこんな時に流れる涙は留まることを知らないんだろう。


「プラシアはもう自由なんだ」


 僕は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

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