18 討伐! トレント戦(後編)

「みんな、元きた道まで戻るんだ!」


 僕はプラシアを抱えながら、他の仲間たちに呼びかけた。

 トロルを射抜いた幹が空けた穴を飛び越えて、元の道へ戻る。

 木の根が張り巡らされ、広場よりは地に足がついている感覚があった。



 最後にルルカが飛び込むと、勢い余って僕の胸にすっぽり収まった。

 それと同時に太い幹のような棘が僕たちの目の前に突き出る。


 ルルカが土を撒き散らす破砕音にビクッと震えた。

 僕の胸に身を預けたままだったので、無意識にルルカの背中をポンとたたく。


「ちゅっ、中尉殿……?」


 動揺したのか暗い森の中に入ったからか、黒目がちの瞳が僕を見ている。

 ルルカは栗毛のポニーテールを振って僕から目をそらした。


「もう大丈夫なので……、その」


「ん? そうか」



 僕はルルカを解放し、全員と顔を見合わせた。


「これからトレントを倒す作戦を話す」


 みんな信じられないと言う顔をしたし、ナヴィは実際に信じられないと言った。

 しかし、僕が話を続けるうちにだんだんと首肯する回数が増えていく。

 もちろん討伐するからには危険を伴う作戦だが、試す価値を仲間と共有できた。


「では、手筈どおりに」


 最後にそう締めくくると、ルルカが軽くストレッチを始める。

 ナヴィは作戦に必要な刻印石を取り出し、カナリーは包帯で盾を腕に固定した。

 プラシアが目を閉じて、「んー」としばらく唸り、


「ちかくに気配 ひとつだけ」


 僕らの視界を遮るように生えた草の向こう、トレントの顔を指す。

 プラシアの確認を終え、僕はルルカに合図を送った。


 ルルカは鞘から抜いた剣を片手に持って一歩を踏み出し、


「行きます!」


 跳躍しながら両手に持ち替えた。

 行く手を阻む樹木に向かって、前進する勢いと体重を乗せた一撃を与える。


 ザン、と音を響かせ、きれいな切断面が現れた。



「続いて行くぞ!」


 地面に着地したルルカの背中に、僕は手をかざした。

 闇の魔術を詠唱する。重さを喰う、身軽の魔法だ。


 手のひらから生まれた黒い球体がルルカの胸に沈み込んだ。


「よし。ルルカ、行け!」


「了解しました!」


 ルルカが事前動作なしで木の根の地面を蹴り、


「身体が軽い!」


 幹の上を飛び越えながら闇の魔術の効果に驚いた。

 たった一歩で背丈の半分ほどの高さを跳んだのだから驚いても仕方ない。


 ルルカはそのまま先陣を切る。


「カナリー看護官、ナヴィも行ってくれ!」


 僕は手に残った球をカナリーの身体に投げる。

 カナリーは恐る恐るその球が腹部に沈むのを見て、僕に目線を送った。


「島に来る時に軽くしたの気づいてなかったの?」


 空の梯子を渡る時、念のために魔法をかけたんだけどな……。

 ちょっぴり損をしたような気分になる。


「まあ、いいや。カナリーはルルカの援護だ。僕とナヴィは追随する!」


 プラシアがぐっと握った両手を前に出した。

 もう不安になったりしない、という気持ちの現れだろう。

 彼女の存在が僕の怖気づく心を押しとどめてくれる。そんな気がした。


「引き続きプラシアは周囲の警戒を頼む。この作戦は、安地を失うとキツい」


 この討伐戦には安全地帯がある。今、僕らがいる木の根の上は棘が出てこない。

 トロルと戦った時も棘が出てこなかったし、何より土の柔らかさが違う。

 歩きづらいと思った柔らかい地面はトレントが自ら耕したせいなのだ。



 ルルカの足が少しだけ遅くなったのが見えた。

 それを皮切りにカナリーが走り出し、少し間を置いてナヴィが出る。


 ルルカは元から持っていた俊足のおかげか一気に前進していた。

 カナリーも軽くなった身体を活かし、跳ねるようにルルカの背を追う。


「すごい! 棘の攻撃が来ないであります!」


 カナリーの嬉嬉とした声の裏で、ナヴィが驚きながら突き出る棘から飛び退く。

 ナヴィが体勢を立て直すのに手間取っているのを見て、


「 闇の精霊よ、我に 加護 を与えよ! 」


 僕は闇の魔術で小さい黒い球体を作り、石像の破片を取ってすかさず投げる。

 放物線は途中で軌道を変えて垂直になった。

 破片が地面に落ちると重たい音が鳴る。


 次の瞬間、地面が盛り上がって棘が飛び出た!


「やっぱり。トレントは地面の振動に反応して攻撃してくるんだ」


 しかも、より重たい音を優先的に攻撃してくる。

 このエリアに足を踏み入れた時、なぜ僕たちは棘に串刺しにされなかったのか?

 追いかけてきたトロルの方が重たい音を出していたからだ。


 男の言っていた盾役が必要というのはこういうことだ。

 一人が音を出して、攻撃を一手に引き受ける。

 これがトレントを倒すための正攻法。



「プラシア、そろそろ僕も行く。警戒は任せたぞ!」


 コクリ、と返事をする。

 それを受けて、僕はナヴィの背中を全力疾走で追いかけた。


 棘は予想通り全てナヴィめがけて突き出ている。

 グローブの紐を歯で解いて手から外し、素手でそれを握った。

 合掌をするように、もう片手に残した黒い球体とグローブを合わせる。


 手首のスナップを利かせてグローブを投げ飛ばす。

 痛みがあることを忘れていたので、激痛が肩まで走った。


 宙を滑るように飛んだグローブはある程度の距離で垂直に落ちる。

 棘がグローブを突き刺している間にナヴィに追いついた。


「はっ、はっ。悪い! 遅れた!」


「……運動不足だぜ。お互いに」


 ルルカの背中にカナリーがたどり着いたのが見えた。

 ナヴィが腰のポーチから刻印石を取り出し、スリングショットを構える。


「カナリー看護官、ルルカを頼む!」


 ここがこの作戦の肝だ。

 ナヴィのスリングショットでウロに向かって刻印石を撃ち込む。

 その時の囮としてルルカが足音を立て、カナリーが棘の攻撃からルルカを守る。


 ルルカの重さはすでに元に戻っているはずだ。

 闇の魔術を含めて、すべての魔術には効果の持続時間がある。



「サラー! 気配! なくなった‼」


「なくなった⁉」


 プラシアが意味の分からないことを言った。

 気配が増えることがあっても、なくなることはないんじゃないのか?


 ナヴィのスリングショットがウロめがけて撃ち込まれ、樹の表面で爆発する。

 煙が晴れて出てきたのは焦げた樹皮。ウロがなくなっていた。


「おいサラ、最悪は重なるらしいぜ……」


 ナヴィが千切れたスリングショットを構えた姿勢で焦りを露わにしていた。


 ここまで順調に運んでいたのに、唐突に天に見放さたような気分だ。

 トレントの急所が顔のようなウロだと確証はなかったが……

 唯一の手がかりを失ったことで、全身が凍りついたような寒気を覚えた。







 いや、この感覚は……。


 空を仰ぐと太陽が小さな雲に隠れていた。


「ナヴィ! これもらうぞ!」


 僕はナヴィのウエストポーチから刻印石を1つ拝借した。

 カナリーとルルカの元へ走る途中、背中に熱い日差しを感じる。


「一かバチか……! カナリー看護官! 盾を地面に!」


 僕は駆けながら両手を前に突き出し、祈るように詠唱する。


「 闇の精霊よ、我に 加護 を与えよ 」


 この程度の魔力では精霊の姿は見えない。

 しかし、きっとどこかにいるのだろう。そう願いながら言葉に力を込める。


「      重さを喰え      」


 両手に生まれた黒い球体の片方を僕の胸に、もう片方をカナリーの胸に埋める。


「ひゃっ⁉」


           カナリーが短い悲鳴を上げたのとほぼ同じタイミングで、



        地面を四散させる杭がカナリーの小型盾を打ち付けた。



     弾いたような軽い音と強い衝撃。



  僕たちの身体が




 跳



 ぶ。





 僕の目の前には巨大な顔……、否、ウロがあった。

 ナヴィのポーチから掠め取った刻印石を力強く握りしめ、



「ここだああああっ!」



 大きく空いた口の中へ放った!

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