17 討伐! トレント戦(前編)
男の話ではトレントのサイズは船よりも大きかったという。
しかし実際に目の前にいるのはせいぜいトロルよりも一回り小さいくらいだ。
自慢話は往々にして盛るところがあるが、そういうことなのだろうか?
「戦闘、態勢を……」
指示を出そうとして、具合の悪さがピークに達する。
「おい、サラ。また魔力欠乏症か?」
「いやまだ大丈夫だ。今はトレント討伐に集中しないと……」
「大丈夫じゃない。一度失った魔力は夜まで回復できないんだぞ」
夜まで森にいるつもりか? そう問い詰められた気がした。
たしかにそうだ。この森は夜になるとトロルが幅を利かせるに違いない。
何よりカナリーが手配した帰りの船は暗くなる前にやってくる予定だ。
プラシアが駆け寄り、僕の手を取った。
ナヴィは僕の身体を支えたまま、プラシアと僕を不思議そうに眺める。
「サラに何かできるのか?」
「だいじょうぶ」
いつかの時のように胸の宝石へ手を重ねようとする。
僕は触れていいものか悩んだのだが。
プラシアが頬を赤くしてじっと僕を見ていて、断るわけにはいかなかった。
宝石に触れるとプラシアが小さく声を漏らす。
同時に僕の指先から魔力が流れ込んできた。
全身を熱気で包まれたようにほのかに温かく、倦怠感と緊張が抜けていく。
その快感はまどろみによく似ていて、思わず身を委ねたくなってしまう。
まぶたを閉じれば眠ってしまいそうだが、目の前には紅潮するプラシアの姿。
ハッとして手を勢い良く離すと、
「あっ」
プラシアが熱い吐息を漏らした。
「ごめん」
「だ、だいじょうぶ」
火照った顔や首筋を滴る汗の様子から、とても大丈夫には見えなかった。
眠いような寝ぼけたような眼を見ていたら、プラシアは急に手で顔を隠した。
「えっと……、ありがとう」
指と指の間から青い瞳が僕を見ている。
「……きょーしゅく」
一部始終を見ていたナヴィは僕の変化に驚いていた。
「いま、何をしたんだ? お前は元気になっているようだし……」
「信じられないかもしれないが、魔力を分けてもらった」
ナヴィはいたく関心した後、プラシアに聞こえないようにこっそり忠告する。
「プラシアの存在が軍にバレたら大変だぞ」
「わかってるよ」
月夜でなくても魔力を回復できたら、とてつもない技術革新が起こる。
魔力を使うために必要だった大量の人間がプラシア一人がいれば必要なくなる。
例えば、浮空船の機関室に4人も配備しなくて良くなるのだ。
他にも、月の出ない新月においては絶大な力を発揮すると言える。
プラシアの胸の魔晶石は魔法世界の常識を覆すとんでもない代物なのだ。
人間のせいで翼を失い、また人間に搾取されるのを黙って見ていられない。
僕はプラシアを守りたい。翼を作らなきゃならない。
強い意志を力に変える。魔法の基本思考。そして、人を動かす基本である。
「総員! 戦闘準備だ!」
僕の一声にルルカが剣を構える。
カナリーが盾を持ち、ナヴィはウエストポーチからスリングショットを取った。
グローブの紐を固く締め、トレントと思しき樹木と対峙する。
樹木は動く気配がない。ルルカが目配せしてきたので、肯定の意見を返した。
ルルカは剣を片手に持ち、樹木へと駆ける。
「先手必勝! わたしの剣を喰らえーっ!」
走った勢いを乗せたまま、両手に持ち替えた剣を斜めに振り下ろす。
ザン、と幾重もの繊維を斬る音がして、樹木の上から斜めに分断した。
分断された部分は地面に落ちると、すぐに萎れた草のようになる。
……どういうことだ?
銘木・トレントの木が手に入るはずなのに。
ルルカが振り向いて、落ちた葉っぱを差し出して僕に尋ねる。
「中尉! これでいいんですか?」
白昼に晒されたのは銘木ではなく、細長い枯葉だけだ。
「いや、これが銘木なわけがない。もしかするとトレントじゃないのか?」
僕は斬られた木へ視線を移すと、そこには地面に空いた穴だけがあった。
おそらく逃げ出したのだろう。
「中尉! 中尉殿!」
「わかってるよ、どこかに逃げたんじゃないのか?」
「え? いや、そうじゃなくて……」
ルルカが僕の頭上に指をさしている。空飛ぶモンスターは珍しいのだが。
仰ぐと黄金色の空が広がっていた。やはり何もいない。
ルルカと僕の間にいたカナリーが驚いた顔で僕の後ろを凝視していた。
強い魔力の気配が背後からやってくる。
反射的に振り向くと、そこには大きな木が生えていた。
幹はトロルを4体くらい合体させたら、あれくらいの太さになるか。
幹の筋が動いた気がして、その筋を辿って顔を上げる、と。
樹木の上に、顔が付いていた。
たぶん、顔だ。ウロのようにぽっかりと空いて、二つの目と口があった。
目の中にはオレンジ色の丸い光の球が左右に行ったり来たりを繰り返している。
船よりも大きいモンスターがトレントだとすれば、
「こいつがトレント?」
冗談にも程があるほど巨大だった。
「こ、これを倒すでありますか……?」
カナリーが震えた声で尋ねた。
僕は一度は首を縦に振ったが、勝ち目があるとは到底思えず、手で制した。
今日中に終わらせなければならない理由はないのだ。
「一旦、撤退だ!」
僕は踵を返し、皆を先導して一歩を踏み出した。
すると、大地が小刻みに揺れ、木の葉がサササと笑っているように聞こえた。
とっさに魔力を手に集めると、土の精霊がわらわらと僕から逃げ出す。
おかしい。精霊は魔力に集まるのに。
彼らが逃げた理由はおそらく魔力が原因ではない、とするならば。
「みんな、散れ!」
振り向きざまに叫び、僕はその場を飛び退く。
同時に地面が盛り上がり、土の華が咲いた。
華を貫き、先程の石像を粉砕した鋭利な棘が顔を出す。
僕は盛大に尻もちを付いたが、柔らかな大地がクッションになって怪我はない。
他の全員も同じく無事な様子が見えたが、ふたたび大地が震えるのが分かった。
「来るっ……、下から!」
立ち上がろうとしたが、盛り上がる地面に押し出されるように横っ飛び。
まだ痛みの残る腕を付いて、受け身を取った。
顔をあげると、先程の場所には緑色の太く尖った木が生えている。
周りの仲間たちも危機を逃れたようだが、プラシアが立ち上がれないでいた。
「プラシア!」
また地面が揺れる。キリがない。そして逃げ場がない。
弾けるように飛び出し、僕はプラシアを抱きしめた。
飛び出た勢いのままフカフカの土に背中からダイブする。
「大丈夫か?」
無言で頷く。動きがぎこちない。痛みを訴えている様子ではなかった。
触れた手は冷たい。驚きで血の気が引いてしまったのだろう。
僕らの足場は耕した畑のようで、身動きが取りづらいのだ。
動けなくなったら余計に足止めされてしまう。
また揺れる。
男はトレントを倒したと言っていたぞ。
冒険者が話を盛るためだけに、そこまで嘘を吐くとは思えない。
……待てよ?
脳内で火花が散る。
指で作った丸を通して、僕はトレントの顔を拝んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます