16 目覚めの森の秘密

 トロルを倒す方法はトロルを石像に戻す以外に方法はない。

 しかし、トロルを石像に戻すための日差しがある場所はトロルの後ろにあった。

 このままではトロルを石像に戻すことができない。


 これが現状、僕らに突きつけられた現実だ。



「トロルを倒すには、トロルをある場所まで誘導すればいい」


「それはどこでありますか?」


 僕は指で丸を作って、やや天井の低い道を覗き込む。



「僕たちが選ばなかった真っ直ぐの道の先だ」


 カナリーはピンときていない様子で首を傾げる。

 癖で丸を作ったはいいが、まだ残る痺れに苦しみつつ腕を下ろした。


「あの道は天井がやや低い。トロルの背丈よりもだ。つまり、普段トロルが通らない道だと考えられる。日差しで石化してしまうトロルが通らないんだ。当然、その先には日の当たる場所があると言える」


 木々の天井が低くなっていて、不気味な様子から僕らはその道を避けた。


 頷いて聞いていたカナリーは何かに気がついたように眉をピクリとさせた。


「他に日の当たる場所があると、どうして言い切れるのでありますか?」


「途中、プラシアが見つけてくれた拓けた土地があっただろ?」



 合点がいったように、口を大きく開けて首肯した。


 トレントがいると思われる広場だ。

 尤も、プラシアが何かに反応し、ナヴィが直立する木を見たというだけだが。

 それだけでもこの現状を打破するには充分過ぎるほどの情報だ。


 プラシアは自分の名前が出たからか僕を見つめている。


「ありがとう、プラシア」


 そう言ってから、口が滑った、と後悔した。



『ありがとう』


 それは、プラシアが診療所で我を忘れて暴れてしまった時のキーワード。


 プラシアはきょとんとした顔で、


「ええと…… きょーしゅく です?」


 僕は拍子抜けしてしまった。

 それと同時に安堵感が心に訪れ、プラシアの着実な回復を実感する。


「どこで覚えたんだ? そんな難しい言葉」


「……ちがった?」


「合ってるよ」


 表情が乏しいプラシアだが、この時ばかりは笑っているように見えた。

 不思議と僕の内側にやる気が満ちてくる。



 トロルのヘイトを一人で集めているルルカを見つけ、


「ルルカ! 引きつけながら撤退だ! ナヴィとカナリーはその援護を頼む」


「了解しました!」「おう!」「了解であります!」


 3人が返事をして陣形を立て直した。

 僕はプラシアとともに低い天井の道へ進みながら尋ねる。


「何かいる気配はまだするか?」


「うん する……、アッチ」


 真っ直ぐの道を正面にし、右側を指さしている。


「その気配を忘れないでくれ。時々方向を訊くから」


 コクリと頷く。青い髪が揺れて、自信のなさそうな顔が見え隠れする。

 もちろん過信はしない。だが、方向がわかることは大きなアドバンテージだ。


 神話の時代に使われた方位磁石は空の世界じゃ骨董品だ。針は上下を指す。

 空の見えない森の中では太陽の位置と時計の短針を使って方位を調べられない。


 順調に後退し、トロルの頭が低い天井に突き刺さった。

 もしかしたらこれでトロルが逃げ出すかも、という期待はすぐに消える。

 木々を押しのけながら無理やり追ってきたのだ。


 ねじれて絡み合った木を押しのけるので、他の木も連動する。

 前線で戦うルルカは根に足を取られて転んでしまった。


 カナリーとナヴィも転んだルルカを助ける余裕などない。

 トロルの岩のような足がルルカを踏み潰そうと大きく上がる。


「い、嫌っ……!」


 ルルカの怯えた声に僕は居ても立っても居られなかった。

 治癒していない腕を前に出して、疼痛に耐えながら詠唱する。



「 風の精霊よ、我に 加護 を与えよ! 」



 簡単な願いほど精霊は手段を選ばない。

 魔力消費量が多ければ、僕はまた倒れてしまう。

 だけど、そんなものはルルカの命に比べたら天秤にかけるものでもない!



「ルルカを助けろ!」



 全身全霊の魔力を集めようと込めた力で、腕が千切れそうなほど痛い。


 森に潜む精霊たちは生命を司る水と安定を司る土の精霊が多いようだ。

 風の精霊を呼び出したのはきっと失敗だった。

 それでも精霊たちが目に見えるほど、僕は膨大な魔力を集めていた。


 僕がよく力を借りる水の精霊がか弱い力でトロルの足にしがみつく。

 それを見ていた土の精霊がトロルの軸足に近寄って万歳した。

 地面が小さく隆起し、水の精霊ごとその巨体を後ろに吹き飛ばす。



 あれ……、こんなことが墜落するプラシアを助けた時もあったぞ。

 気が抜けて気絶しそうにな頭に、肩や首を伝って激痛が走る。

 ゆるんだ足を踏ん張って、腰を落としたままのルルカを捉えた。


「ルルカ……っ、今のうちに行くぞ……!」


 僕たちは泥だらけの傷だらけになりながら、細い森の道をひたすら走った。

 足場の悪い道をトロルはブーブー言いつつ突破してくる。

 その度に心臓に悪い悪寒を覚えた。


「コッチ!」


 プラシアの棒読みっぽい声がして、その方を見ると光が差し込む道があった。

 拓けた土地のある方をプラシアから教えてくれたのか……。



「サラ、俺に掴まれ。お前ら、右の道だぞ!」


 まだ体力のあるナヴィがよろめく僕を抱きとめる。

 僕は構わずナヴィの肩に、痛む腕を回して半ば背負われるようにして道を往く。



 途端、視界が真っ白になった。

 とうとう僕は気を失ったのかと思ったが、次第に白いモヤが晴れてくる。



 否、目が光に慣れてきたのだ。


「はっ、はっ……、光の下に出たであります……!」


 カナリーが足を止め、ナヴィも僕もプラシアも足を止める。

 太陽の暖かな光と土と草の混ざった匂いが鼻孔をくすぐった。

 肩で息をしながら元きた道を眺めると、最後にルルカが暗闇から飛び出す。


 なんとか全員、生き残った!


 僕はおぼろげな頭で達成感を覚える。

 地面についた手から不気味なリズムの振動を感じた。

 振動はどんどん大きくなり、それが最大に達した時、闇からトロルが現れる。



 空は晴れている!

 なのに、トロルはそんなのお構いなしに憤怒の表情で僕らに迫った。




    に、逃げられない……!



 脳裏によぎる最悪の光景。



        死。




 恐れと望み、疑いと諦め、そして最後に希望が浮かんだ。

 白昼の光の下に晒された想いが現実になったのか。


 トロルは僕の目と鼻の先で石像になっていた。




「た、助かった……?」



 トロルの顔を見て出てきたのはそんな言葉だった。

 僕もまた間抜け面をしていただろう。

 ぽかんと口を開けて、みんな呆けていた。


 次第に我に返り、自分たちの勝利を確信したその時。




 トロルの石像は見るも無残に破壊された。

 飛び散る破片をカナリーが小型盾で防いでくれる。

 プラシアは自分の片羽で身を守っていた。


 いったい何が起きたのか。

 トロルのいた場所にあるそれを見て、僕はすぐに事態を把握できた。



「出たぞ、トレントだ」



 船で男が話していた通り、枝で一刺しするだけの最凶のモンスターだった。

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