06 時限爆弾

 倉に到着して中に入ると、村の男達がいました。

 中で状況を説明する初老の男性がプラシアの父親です。


「戻れと言っただろ、プラ……、どうした⁉ なぜ服を着ていないのだ⁉」


 父は大きな声で怒鳴りつけ、着ていた服をプラシアに被せました。


「年頃の娘がそんな格好で。恥を知りなさい」


「父さん、それどころじゃないの! イシャよ、イシャを持ってる人がいたの!」


 服から顔を出したプラシアは必死に訴えます。

 父が外に出て青年を連れてくると、青年は男と会話を始めました。


 と言っても一言二言交わすだけでしたが、どうやら言葉が通じるようです。

 横になった男は口から血を吐きましたが、なぜか笑みを浮かべていました。


 その後、男は安らかな顔をして眠りました。

 始め、プラシアは小首を傾げるだけでした。

 村人たちが粛々と死者を弔う様子を見てハッと口を隠します。


 きっと男は死に際にイシャを求め、あの青年によって願いが叶ったのでしょう。

 命は儚いという真実を知ったプラシアは他の村人と一緒に男を弔いました。


 弔いを続ける青年におずおずと近づき「ありが……」と口に出してやめます。

 青年には村の言葉は通じないようでした。


 少女は必死に何かを思い出すように目を伏せ、ただただしく言葉を紡ぎます。

 地の人にとって感謝を伝える時の言葉です。


 青年は驚いた顔をして、次には暗い表情でうつむきました。

 もしかしたら言葉が間違っていたのかもしれません。

 今度は尋ねるように地の人の言葉で感謝を伝えました。


「プラシア」


 呼ばれたプラシアが振り向くと、別の服に着替えた父がいました。


「俺は葬儀の準備へ行く。お前はばあちゃんにその青年を会わせてくれ」


「ばあちゃんに?」


 ここずっと体調の優れない祖母に会わせて良いものだろうか?

 あんまり信じられない様子で青年を連れて高床式の自宅へ戻りました。


「ばあちゃん、地の人つれてきたー!」


 青年がぶつくさぶうたれると、祖母が飛び起きました。

 地の国の言葉で会話を始めるものだから、プラシアはついていけません。

 祖母の傍らに正座すると、ふと青年と目が合ってしまいます。


 青年は頬を少し朱に染めていて、少女も頬を真っ赤にさせました。

 祖母が嬉しそうに少女を揺すりましたが、すぐに咳き込みます。

 少女よりも先に祖母の背をさするので、壺の水を柄杓に汲んで手渡しました。


 どうやら青年は悪い人どころか、かなり善い人なのかもしれません。

 二人は話し続け、プラシアは退屈そうに背伸びをしました。

 あくびをこらえて涙を滲ませていたら、青年から不可解な言葉で提案されます。


「えっと……?」


 仕方なく愛想笑いを浮かべて首を傾げました。


「プラシア、米を炊いて欲しいんじゃと」


「米? もう今日の分は炊いたけど、うん、いいよ」


 おそらく青年を家に泊めるかどうか、という話をしていたのでしょう。

 日陰になった壁際にある大櫃から米を器に移し、杓子で水を汲みます。


 いつものように米を研いで器を傾けた時、青年があわてて止めに入りました。

 どうやら別の器に移せ、と言っているようです。


「えっ、これはぬかと言ってゴミなんだけど……」


 とぎ汁をもらった青年は布で濾して濾して移し替え移し替えを繰り返します。


 興味深そうに眺めていたら、祖母に話しかけらます。


「ニンニクを取ってきてくれ。下流の森にあったじゃろ」


「そっか。ニンニクは精がつくもんね。うん、いいよ」


 少女は嬉しさを隠しきれず、元気よく返事しました。

 青い翼を広げて空に飛び、川の下流にある森を目指します。


「あの人、きっとばあちゃんを元気にする方法を知ってるんだ」


 村の端で葬式用の棺桶を作る男たちの頭上を颯爽と舞いました。

 うきうきした様子で森の開けたところの川べりに降ります。


「にんにっく♪ にんにっく♪ おっいし……くないな、くさいだけね」


 楽しそうに鼻歌を歌っていたら急に我に返って草地を分け入りました。

 槍のような形をした葉に触れると、プラシアはとっさに鼻をつまみます。


「うー、これだこれだ。四、五枚でいいかな? ん?」


 大きな葉を選んでいると、川の下流から、バララ、バララと聞こえてきます。

 プラシアが音のした方を見ると、大きな船の底が見えました。


「お船の怪物……?」


 船の両脇は剥き出しの筋肉のようで、ぎゅぎゅぎゅと縮こまります。

 筋肉が反動で伸び上がると、森の木々をなぎ倒すほどの突風が吹きました。


「キャア!」


 立っていることが出来ず、川の浅瀬まで転がります。

 村の方からは悲鳴が聞こえました。


「父さん! ばあちゃん!」


 膝立ちになり、足を砂利に置いてそのまま動かなくなりました。

 足がぶるぶると震えて立つことができなかったのです。

 全身が縮こまってうまく翼も開きません。


 水面に映る少女の顔は今にも泣き出しそうになっていました。

 川には泥や木の破片が流れてきて、一部から赤い筋が、すう、と伸びます。

 赤い筋を目で追った先に翼の生えた男の亡骸がありました。


「やっ、やだっ……」


 ぺたりと腰を落とし、上半身を逸してのけぞるように退きます。

 男の亡骸は後からやってきた家屋の破片と一緒に押し流されました。


「追いかけちゃダメ、追いかけちゃダメ。掟で決まってるんだから……」


 空を飛ぶための掟の三番目は、落ちた翼を追いかけない、でした。

 プラシアは一番目の掟を青年を連れてくるために破ってしまいました。


 だからもう掟を破るわけにはいきませんでした。

 天を仰ぐと青い翼がいくつも飛び上がっているではないですか。


「村の戦士たち……、ばあちゃんのお話ではいつだって私たちを守ってくれた」


 きっとあの船の怪物を倒してくれるはずです。

 怪物は空を飛ぶ村人の攻撃に応戦しましたが、すぐに押しやられました。

 断末魔の声が聞こえ、怪物から人が落ちてきます。岩にぶつかり絶命しました。


「……人? 怪物じゃなくて、人なの?」


 二番目の掟は、空を他人から奪ってはならない、でした。


「ダメ! その怪物を討ってはダメよ! 取り返しの付かないことになる!」


 プラシアは気がつくと立ち上がっていました。

 空を飛べば早いに違いありませんが、船から狙われやすくなります。


 少女は大きい岩に上って川に向かって飛び降りました。

 翼を広げて川面に足をこすりながら、ギリギリの超低空飛行をします。

 低空で飛ぶと翼がうまく風を捉えられません。


 何度も水面に足や身体を打ち付けながら、なんとか村へたどり着きました。

 気がつけば空に浮かんでいた船はいなくなっていました。


 そこは焼けた民家、荒れ果てた大地、傷だらけの人々、の地獄です。

 プラシアは祖母のいる家へ走りました。


「ばあちゃん!」


「プ、プラシアかい? ダメじゃ、来てはならぬ!」


 土煙の向こうから祖母の切羽詰まった声がしました。


「どうして? ばあちゃん歩けないでしょ!」


 そこへ背後から誰かが近づきました。

 とっさに振り返るとボロボロの姿の父がいました。


「おお、プラシア……! 無事で良かった……」


 ぎゅっとプラシアを抱きしめて、涙をこらえているようでした。

 大人の胸に身を預けそうになり、照れくさそうに抱擁から逃げます。


「と、父さん……。私はいいから、ばあちゃんを助けてよ!」


 土煙の向こうを指差します。


「ばあちゃんは無事か! 分かった、プラシアはここで待っていろ」


 父が土煙の中に消えた、次の瞬間、熱と空気の塊が押し寄せました。

 壁に叩きつけられ、少女はとっさに翼で身体を護ります。

 溶かすような熱。伸し掛かるような風。呼吸すらままなりません。


「父さん? ばあちゃん? 聞こえないよ? どこ?」


 おそるおそるプラシアが目を開けると、片方の翼の隣に人影が見えました。


「あれ、え? え?」


 そこにあったのは■■■と■■■■■の××でした。


 自分を護ってくれた■もあるべき場所にありません。


 屋根の一部が崩れてプラシアに落ちてきます。


「■■■……、■■■■■……、私の■……」


 少女は瓦礫の重みに耐えきれず、糸の切れた人形のように倒れ込みました。

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