暴走令嬢、男装して王立騎士団に入隊!?④

 


 春まっさかりのアルトデリア国王都メイフィールドは、大陸の南側に位置する、暖かな気候の大都市だ。

 整備された街並みに、所狭しと建てられた石造りの建物。

 大勢の人が行き来する通りは、店構えも格段に大きい。三階建て建物が多く連なる中、たいていは一階が店屋になっていた。

 道行く人々は忙しそうで、けれども明るい表情だ。きらきらした目の子供たちが、はしゃいだ声を上げながら駆けてゆく。


 ここが、クライヴのいる街なのだ。


(クライヴさまの視界にいつも入っている街並み。クライヴさまが踏んだかもしれない道! そして……)


 遠くに見えるあの美しい城こそが、クライヴのいるリングヒル城だ。


(クライヴさまの吐いた息を吸うためにも、絶対に男装がバレないようにしないと!!)


 アシュリーは胸に手を当てて、すーはーと深呼吸をする。


 この空気さえも、クライヴに触れた可能性があるのだ。そう思うといてもたってもいられず、荷物を小分けにしていた革の袋を空にして空気を入れる。袋の口に顔を突っ込むと、めいっぱい嗅いだ。

 これだけでも幸せ過ぎる。だが、同時に不安もあり、袋をかぶったまま考えた。


(本当にこの格好で大丈夫かな……女が男のふりするって、そう簡単なことじゃないはずだけど……)


 アシュリーの身を包むのは、兄から借りた普段使いのコートだ。

 男物の上着とシャツを身に着け、その下に布をぐるぐると巻くことで、控えめな胸をごまかしている。

 男にしては小柄な兄だと思っていたけれど、こうしてみるとアシュリーには少し丈が余った。それを補うためには胸を張り、足を肩幅に開いて、男らしく立つように気をつけなくてはならない。


 アシュリーは袋から顔を出すと、ばっさりと切った髪に触れた。軽やかで柔らかい珊瑚色の髪は、短くなったせいでふわふわと跳ねている。


(アッシュの方は、大丈夫そうだけど)


 父の目をごまかすため、アシュリーの身代わりは兄が務めているのだ。ドレスを着た兄の姿を思い出し、アシュリーは遠い目をする。


(私のふりをしたアッシュ、すっごく女の子らしかったな……)


 女としての兄の立ち振る舞いは、アシュリーよりもずっと完璧な淑女に見えた。しずしずと淑やかに歩き、笑うときはそっと微笑んで、あまり喋らず物静かで。


 動くのが面倒くさいだけだろうけど、父はすっかり感動し、「ようやく令嬢としての自覚が出てきたか!!」と泣いて喜んでいたくらいだ。


(でも、私が女性らしくないのは、騎士としてやっていくのに好都合かも!?)


 立ち直りの早いアシュリーは、すぐに気持ちを切り替え、勢いよく顔を上げた。


(ともかく男装がバレないようにして、クライヴさまに少しでも近づく! 見つめる! 嗅ぐ!! まあ、いつお会いできるかは分からないけど……)


 アルトデリア国の王立騎士団は、団長と副団長の下に、十の小隊を抱えた編成だ。

通常、騎士たちはその小隊に所属して任務をこなす。しかし、その中でも特権階級の例外が、王族の近衛騎士だ。


 クライヴはまさに、その近衛騎士である。所属部隊として籍があるのは第一部隊だそうだが、部隊としての任務にはほとんど参加せず、王子のために動いているはずだ。

 そのため、たとえ第一部隊の所属となれても、クライヴとの接点はほとんどない。


(でも、兵舎っていうひとつ屋根の下には変わりないんだもん。それならチャンスはきっとある、ううん引き寄せてみせる!!)


 アシュリーは固く決意した。


(……集合時間まであと二時間。このままここで緊張していてもしょうがないから、何かご挨拶の品を買ってこよう! 初めてお会いする方々には、手土産を欠かさないこと――花嫁修業で習ったし!)


 そう決めたアシュリーは、意気揚々と大通りを歩き始めた。

 道いっぱいに並ぶ店は、通りに簡単な屋台を出しているところも多い。店の人たちは、通行人を相手に明るく呼び込みをしている。


「いらっしゃい! サンドレア島から今朝届いたばかりの果物はどうだい!」

「マフィン、マドレーヌ、焼き立てだよ。見ていっとくれ!」


(わぁ! 珍しい果物がいっぱい! それに焼き菓子のいい匂いもする……!)


 魅惑的な品々に胸を躍らせ、きょろきょろとしているアシュリーの目に、大きな荷物を抱えた老人の姿が映った。


 小柄な老人は、数歩歩いては荷物を置き、ふうふうと苦しそうに息をついている。そして、助けを求めるように辺りを見回した。


「おじいさん、大丈夫ですか!?」


 アシュリーは急いで老人に駆け寄る。


「あの、よかったら手伝います! どちらまで行かれるんですか?」


 老人はほっと安堵したように息をついて、頭を下げた。


「その裏路地の先までなんだが、どうにも体が辛くて……だが、迷惑じゃないのかい」

「いえ、幸運を掴むには善行から! これもすべて愛する人に接近するためなので!!」

「……? そ、そうかね……?」


 令嬢といえど、これまでに数々の花嫁修業をこなしてきたアシュリーだ。家事だって全力でやれば、腕力はそれなりに鍛えられる。

 荷物は大きいけれど、なんとか持ち上げられそうな重さだった。


「すまないね。その先にあるうちの店まで運んでくれないか」

「わあ、お店ですか? 実は私……じゃなかった僕、訪問先への手土産を探してるんです」

「おや、それならうちの店に来るといい。感謝のしるしに何かおまけをしてあげよう」


 にこやかに言われ、アシュリーは嬉しくなった。

 王都に着くなり幸先がいい。これなら、案外早くクライヴに会えるかもしれない。そう思いながら、老人に案内されて路地に入る。


 大通りからほんの少しそれただけなのに、裏路地はしんと静まり返っていた。

 人の通りはまるでない。こんなところに店など構えたら、すぐに潰れてしまいそうだ。


「……?」

「どうしたのかね。ほら、先に進んでおくれ」


 不思議に思うアシュリーを急かすように、後ろの老人が先を促す。アシュリーは木箱を抱えたまま、しばらく細い道を進んでいたのだが、少し歩いたところで首をかしげた。


「あの、おじいさん。ここってなんだか、静か過ぎるというか……」


 振り返り、そこでハッとした。

 いつのまにか、見知らぬ数人の男に囲まれている。その中心には、先ほどまで人の好さを滲ませていた老人が、にやにやと企むような目つきでアシュリーを見ていた。


「こんなのに騙されるなんざ、不用心だなあ」


 老人が言うと、周りの男たちも値踏みするようにアシュリーを眺める。


「おいおい、ずいぶんひょろっこいじゃねえか。戦争で男手のなくなった村が欲しがってるってのに、これで大丈夫かあ?」

「綺麗な顔立ちをしてるし、そこそこの値段はつくだろう。ま、ちょっと馬鹿っぽいが」

「着てる服も上等だ。こっちはこっちで金になりそうだぜ」


 口々に言い合ったあと、男のひとりがアシュリーに近づいてくる。


「ここには助けなんか来ねえぜ? 大人しくしてりゃあ怪我はさせねえ。悪く思うなよ、兄ちゃん」


「……兄ちゃん!?」

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