第7話


 改札を潜って暗い通路を進み、動かないエスカレーターの前に来た。耳を澄ますと、下から微かな水の音がする。

 クーフィーヤを少しだけ下ろして匂いを嗅ぐと何故か、湿った空気と苔、それにカビの匂いを感じた。それに疑問を覚えながらも、涼介はゆっくりとエスカレーターに足を踏み出す。

 1歩、また1歩と降りて行く。エスカレーターを降りるとホームに着いた。

 ホームはジメッとしており、床や壁にはカビや苔で覆われていた。心地よい水の音が聴こえて来る。

 涼介はホームの下、線路が通された通路を照らして見回した。


 「まるで川だな……お、魚もいる」


 ホームの下は涼介の言う通り川の様に水が流れており、ライトに照らされながらも小さな魚が呑気に泳いでいた。

 地下鉄メトロの下には地下水脈があり、水がトンネルの中に染み出しても排水用ポンプによって水を取り除く。だが、それはポンプが稼働してる時に於いてだ。

 ライフラインが死滅し、予備の電源等が死んでいれば、ポンプばかりか地下の空気を洗浄する空調システムもしない。無論、照明だって稼働しない。

 これはそうして出来た川であった。壁に残った掲示板に目をやる。壁にノー・ルーデン駅名が大きく標されており、その下に矢印と一緒に小さくガー・ルーデン駅とあった。

 其れを見ると矢印の方を向いて方向を確認すると、しゃがんで川を見下ろす。


 流れも緩やかだし、深さもそんな無さそうだな……


 ポンチョを捲り、テープで固定された小さな箱を取る。箱には小さなアナログ式のメーターがあった。

 涼介は箱の先を川を向け、針の動きを見る。針は0を指したまま動かなかった。


 汚染されてない。

 準備したら進むか……


 箱……ガイガーカウンターを戻した涼介は、イーリャを床に置いた。ジールとバックパックを下ろし、ポンチョとクーフィーヤを脱ぐ。

 ポンチョを畳んで丸め、バックパックのベルトで固定する。バックパックを背負った所で、ジールを銃口が上を向く様にスリングで右肩から提げた。

 そして、クーフィーヤとゴーグルを脱いで顔を拭うと、首にスカーフの様にクーフィーヤを巻いてからゴーグルを嵌め直し、イーリャを手に取るとホームの前から後ろまで見回し、何かを捜し始めた。

 少しして、ある物に目が止まる。視線の先に有ったのは、小さな階段であった。


 彼処から降りられそうだ……


 立ち上がって歩き出す。階段はホーム両端に設置されていた。階段の前に立った涼介は何かを思い出したかの様に立ち止まる。


 念の為、ライトを充電しておくか……何が起こるか解らない。


 雑嚢から手動式充電器ダイナモを取り出し、ヘッドランプに配線をセットしてハンドルを握り始めた。握る度にモーターが回り、ライトのバッテリーが充電される。

 充電を終わらせ雑嚢に戻した涼介は、階段を降りる。階段は途中で水に沈んでいた。そうして、水音を響かせて闇に覆われた川の中へ、1歩ずつ入って行く。


 「意外と深いな」


 線路へ完全に降りると、涼介は腰近くまで身を沈めていた。

 腕に引き摺り込まれそうになった感覚が未だ残っているからか、苦痛と恐怖がありありと表情に浮かんでいる。


 「暗闇の中を進むだけでも嫌なのに、水の中を歩くとかホント、最高だな! クソッ!!」


 だが、大声で怒鳴り散らした涼介から、恐怖や苦痛は消えていた。イーリャを万歳する様に両手で持ち上げ、水を掻き分けて進む。

 電車が行き交う大きなトンネルも電源が死んでるからか、完全な闇に覆われていた。1歩、また1歩、足を進める度に心細くなる。

 明かりが有っても、このトンネルの闇の前では無力だと痛感させられる。それでも、前に進むしか道は無かった。


 どうしてこうなったんだか……

 チンケな糞バンディッツ盗賊を殺す仕事かと思えば、テクニカル武装車両持ったガッチガチの連中。仕方無いから夜中に仕掛けようとしたら、アノマリーに阻まれて……

 極めつけは境界ライン。死人共に引き摺り込まれそうになって、死者の仲間入り仕掛けた。で、今は暗闇の中、川を渡ってる。


 「"人殺し"の為に苦労してる俺は、何なんだ?」


 闇に覆われた川を渡りながら涼介は自身の行いを振り返ると、落胆して大きな溜め息を吐いてしまう。同時に馬鹿馬鹿しさを感じ、自虐的な笑みも溢れていた。

 そんな時、首の後ろにズキッと痛みを感じると共に、水の跳ねる音が鼓膜を打った。気になった涼介は、後ろを振り返る。

 何度も見回すが、何も見えなかった。涼介は気のせいだと思い、再び進もうとする。が、足に違和感を感じた。


 ま、まさか!?


 何かに気付いた涼介は即座にイーリャを下ろし、セレクターを弾く。その瞬間、何かに引っ張られる様に後ろへ倒れ込んだ。

 口を硬く閉じるが、水が鼻から入ろうとして来る。涼介は鼻から肺の空気を少しずつ吐きながら仰向けになると、顎を引いて腹筋で上体を起こして足を見た。

 ライトの明かりによって、足を掴むモノの姿が映し出される。ゴーグル越しに見えたのは、苔で緑色になった甲羅を持つ甲殻類の様な生き物であった。


 "エビ"か!?


 見ると、その1匹以外にもエビは何匹も居た。足を掴むエビが、甲羅の下から伸びるポッカリと空いた円い穴の様な口を開ける。

 捲れ上がる様に広がった口の中から、無数の尖った歯が露となる。だが、自分を喰らわんとするエビを待っていたと言わんばかりに、イーリャを向けた。

 トリガーが引かれる。フルオートで何発もの銃弾が放たれ、水の中でも勢いよくエビの口の中へ飛び込んだ。

 透明な水がエビの青い血で染まる。


 「プハッ!?」


 大きく息を吐き、それから息を吸う。呼吸を整えてから、涼介はパウチからフラグ破片手榴弾を取り出した。

 ピンを抜くと、水中に居たエビ達が姿を現した。フラグ破片手榴弾から安全レバーが落ち、信管に繋がる導火線が点火されると硝煙が立ち上る。

 それを確認した涼介はエビ達に向け、投げ付けた。

 放物線を描いて飛ぶフラグは、エビ達の近くで水音を打つ。すると、大きな水柱と共にエビ達は、手足をバラバラになりながら打ち上げられた。

 それでも、エビ達は何匹か残っており、涼介を喰おうと近付いて来る。

 水が滴り落ちるイーリャを構え直すと、手近なエビに向けてトリガーを引く。が、カチンと空虚な金属音を響かせるだけであった。


 不発!?


 エビ達が水面を泳ぎ、一気に近付こうとする。涼介はそれを見るや、迷う事無くイーリャを投げ捨てた。

 右肩のスリングを持つや勢い付けて横に振る。すると、ジールがスリングで引っ張られて勢い良く前に飛び込んで来た。

 左手でジールのフォアエンドを掴むや右手はグリップを握り、構えたと同時にセレクターを弾いた。そして、アイアンサイト越しに水面を泳ぐエビ達を見るや、トリガーが引かれる。

 トンネルの闇を切り裂かんばかりに銃火が、激しく周りを照らした。断続的に響く鼓膜を破かんばかりの銃声と共にフルオートで放たれる銃弾が、水面のエビ達に襲い掛かる。

 マガジン内の弾を撃ち尽くし、銃声が止む。

 トンネルに闇と静寂が戻る。水面にはプカプカと砕けた甲羅を青い血で染めるエビの屍が、幾つも浮いていた。

 その様子にくたびれた様に息を吐くと、エビが水面から現れた。

 エビが突き出した爪を涼介は、ジールのフレームやマガジンで弾く。が、エビは涼介に凭れ掛かる様に倒れ込んで来た。


 「おも……ゴボォ!?」


 水の中に倒され、口に水が流れ込んで来た。エビが口を開け、涼介の目前まで迫るのがハッキリ見える。

 腰から鞘にストラップで止められたバヨネット銃剣を引き抜き、柔らかい横腹に刃を突き刺した。痛みを感じるのか、エビは胴体に繋がる4本の前足をバタ付かせる。

 未だ、生きてるエビを始末する為、右腿のホルスターからリボルバーを抜いた。

 トリガーが何度も引かれ、6発の38マグナム弾がエビの腹の皮を突き破った。襲い掛かって来たエビは、動かなくなる。

 エビの屍を蹴り退かし、再び、立ち上がった涼介は水を吐き捨て、屍から抜いたバヨネット銃剣を鞘に納める。ストラップで鞘に留めた所で、涼介はジールのマガジンを詰め替え、チャージングハンドルを引いた。

 周りを銃口と共に見回し、警戒する。暫く待っても、エビは現れなかった。

 其処で大きく一息吐いた所で、セフティを掛けてからジールを右肩に掛ける。

 安全を確認してからリボルバーのシリンダーラッチを押す。シリンダーを横に振り出すと、中心から伸びる棒……エジェクションロッドを押しながらリボルバーを逆さまにした。

 小さな窪みが底に残る6発の空薬莢が、水面を小さく打って空薬莢が漂よい始める。そして、 慣れた手付きで38マグナムを2発ずつ押し込んで装填を終わらせた。

 リボルバーに弾を込め直してホルスターへ戻すと、それから、水の中へ自分から沈んで不発を起こしたイーリャを回収した。

 セレクターをセフティに戻してからマガジンを抜き、チャージングハンドルを引いて薬室に装填されていた弾を抜いた。マガジンを逆さまにして入り込んだ水を棄てると、イーリャに戻す。

 再び、チャージングハンドルを引いてセレクターをセミオートに合わせた涼介は、トリガーを後ろに向けて引いた。すると、鼓膜を刺激する銃声がトンネルに響き渡り、飛び出した薬莢が水に流されていく。

 それに満足した涼介はイーリャにセフティを掛け、最後のマガジンと詰め替えると、左肩に乗せて歩き出すのであった。





 暗い水の中をひたすら歩き続ける。すると、行く手を遮る様に列車が止まっているのが見えた。

 脇を通ろうと近付くと、乗り入れの為に取り付けられた小さな梯子が、涼介の目に留まる。


 水の中歩くより、マシだよな……


 イーリャを左脇に提げ、梯子を登る。梯子を登った脇にある扉は、直ぐに開いた。

 運転席の中に入ると、制服を纏ったままの白骨があった。死体を見ると前で屈み、腰から伸びる大腿骨を抜き取る。

 死体の上着……腹部辺りを銃剣で切り裂くと大腿骨の端に何重にも巻き付け、オイルライターで火を点けた。


 「熱ッ!?」


 死体の脂が染み込んだボロ布が激しく燃え上がり、周りを照らし出した。

 そんな罰当たり極まりない即席の松明を左手に持った涼介は、イーリャを脇に挟んで右手だけで持ち、客室の方へと歩き出す。

 客室スペースは、この世界も日本と変わらなかった。シートが両脇に設置され、客は向かい合って座る。

 立ってる者の為につり革が下がってるのも見ると、思わず笑ってしまった。

 松明を突き出して持ってると、前で何かがボワッと急激に燃える。


 エビの次は、蜘蛛か?


 イーリャを握る手が無意識ながらも、力んでいるのが解る。

 だが、グポグポと湿った足音を響かせて慎重に歩きながら蜘蛛の巣を燃やして行く内にある事に気付くと、力んだ右手が自然と抜けた。


 冷静に考えてみたら……こんなに蜘蛛の巣が有るって事は、生き物が居る証拠だ。

 境界ラインに引き摺り込まれて、あの世に連れてかれるよりはマシだ。


 強張っていた涼介の表情が、穏やかなものとなる。


 それに、蜘蛛の巣が張ったままなら、何も居ないって事でもあるよな……


 車内を進み続ける。歩いてる間、何も起きなかった。そのまま、5両目に来た所で横を向くと、其処はホームであった。

 涼介は窓ガラスの向こうで苔を食べるエビ達を見ると松明を捨てた。イーリャを構え、セレクターを弾くやトリガーを引く。

 銃声が掻き鳴らされる度にエビが7.62㎜ショート弾で穿たれ、項垂れる様に倒れた。弾の切れたイーリャを振り上げ、ガラスに叩き付ける。

 窓を粉々に砕くと、イーリャを棄てて松明を拾い上げ、シートを踏み台に窓を潜った。


 「さて、ガー・ルーデン駅に到着ー……何か、リラックスしたら腹へったな……」


 エビの死体に涼介の視線が釘付けとなる。

 暫く見詰めてから、松明とライトを明かりに甲羅と甲羅の間にバヨネット銃剣を突き刺した。そのまま、ノコギリで切る様に刃を前後にストロークさせ、尾と繋がる肉をエビの胴体から切り落とす。

 甲羅をバヨネット銃剣で巧みに剥ぎ取り、中の弾力ある肉を切り分ける。切り分けた肉を皿代わりの甲羅に乗せると、肉を一切れほどバヨネット銃剣で刺し、松明の炎で肉を炙り始めた。

 香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、エビの脂が落ちてジュッと焼ける音が耳鳴りしてる鼓膜を刺激する。火から外すと、涼介バヨネット銃剣に刺さるエビの肉へかぶり付いた。


 プリップリの歯応えだ。やっぱり、エビは旨い……


 ムシャムシャと焼けたエビの肉を幸せそうな表情で喰らうと、次を焼き始めるのであった。



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