第2話


 日が昇り、太陽から日光が放たれてから、どれだけの時間が経っただろうか……

 目を覚まして起きてから、欠伸混じりに肩を回したり、首を回したりと身体を動かして凝りをほぐして照り付けて来る朝日に「糞暑いんだよ、バカヤロウ」 と悪態を吐いた。

 お腹がぐぅと鳴る。すると、涼介はバックパックから赤茶色の錆びが浮いた缶詰を取り出した。

 首から下げたペンダントと一緒にあった小さな金属の板と尖った刃が蝶番で組み合わされる変わったタイプの缶切りを取ると、缶切の蓋を開け始める。缶詰の中から赤いドロりとした物が現れた。

 錆びたスプーンをチリ風味のポークビーンズの缶詰へ突っ込み、食べ始める。味は酸味混じりでチリの辛さと相まった濃いもので、お世辞にも旨いとは言えない。だが、疲れや空腹に満ちた涼介には美味に感じていた。

 一頻り食べると、水筒の水を飲んで渇きを潤す。口の中がサッパリさせてから再び、ポークビーンズを食べる。

 外の景色は何処を見ても赤茶けた荒れ果てた大地。それを彩る様な瓦礫。それに人や動物の骨、そして、車の残骸と言った具合だ。

 そんな光景に辟易しながらも、涼介は黙々と食事を続けて行く。食べ終えると空になった缶を投げ捨て、ご馳走さまと言わんばかりに大きなゲップをした。

 それからゆっくりと立ち上がり、首から掛けていたサンドブラウンの大きな布……クーフィーヤとも呼ばれるスカーフを手にする。

 それを半分に折り畳んで三角形を作り、頭に底辺部になる所を被せた所で両端を顔の横に足らすと、右側のを捻って顎下から左へと回す。

 左側に垂れた部分を目から下全体を覆う様に右側へと回すと、後ろで捻った右側の部分で結んだ。

 陽射しや砂埃等から目を護るゴーグルを嵌めると、食糧を始めとした野営道具や予備の弾薬等が詰まったバックパックを背負い、首からスリングでバトルライフルを前に提げた。

 銃を首から提げ、クーフィーヤを巻き、腹回りには愛用のジールのマガジンや細々とした品等が入ったバンダリアを野戦服の上から装着した涼介の姿は、まるでゲリラの様であった。

 そんな姿になると、夜営していた部屋を後にした。





 歩いても歩いても、周りは墓石にも見える廃墟と化したビルに、鉄屑と化した錆びだらけの車。それに白骨死体、出来たばかりだろう酸っぱい悪臭を放つ腐り始めた死体。

 そして、瓦礫ばかりだ。

 ひび割れたアスファルトの地面は、風で運ばれた砂や小石で覆われている。時折、気を付けないと爆撃か砲撃された跡とも言える大小異なるクレーターでデコボコとしている事もあってウッカリ足を踏み外しそうにもなる。

 だからと言って足下ばかり見てる訳にもいかない。

 歩く度に周りを見回し、上の方も見て数m先に怪しいモノが無いか? 墓石の並びと化した幾つも残るビルを見てスナイパーが居ないか? それも確認する。


 ゲーム宜しく野生の動物や怪物、火炎放射器を持ったモヒカンが出て来るなら手の打ち様があるから構わない。

 だが、スナイパーに狙われるのだけは嫌だ。

 マジで勘弁して欲しい。


 スナイパーは獲物に姿を一片足りとも見せず、強力な一撃を手の届かぬ場所から叩き付けて来る。

 その上、姿を隠したスナイパーを捜すのは至難の技だ。大抵は見付けるよりも前に、頭か胸をブチ抜かれる。

 防弾ベストなんて装備してても強力なライフル弾は、紙にナイフを突き刺すかの如く容易く貫く。着るだけ無駄だ。

 それ故、涼介は数m歩いては進行方向に視線を走らせて危険が無いか?

 時には上を見上げ、狙撃に向いた箇所を見回して狙撃者が居ないか?

 疑心暗鬼、臆病とも言える程に確認を繰り返しながら油断する事も無く、用心深く歩み続ける。無論、手はポンチョの内側に隠れたジールのグリップとフォアエンドを握り締め、何時でも戦闘出来る様にもして居た。

 ふと、首の後ろがズキッと痛みだした。

 涼介は足を止め、ジールのグリップ根本にあるセレクターを弾いて、セフティからセミオートに合わせる。

 静寂を破る様にガシャンと、言う大きな金属音が後ろからする。

 涼介は右足を後ろへ下げると、両足の踵を支点にして回れ右の要領で振り替えるや、ジールを音の主へ向けて構えた。

 視線とジールの銃口の先……距離にして凡そ150mの所、犬に似ているが毛が無く、灰色の肌を持った動物が車の残骸の上に二本の脚で立って居た。


 「ウオォォォォォンン!!」


 動物の咆哮が鼓膜を刺激する。


 「チッ! クローカーか!?」


 リアサイトの小さな穴から覗き込む様にジールを構える涼介は、舌打ちと共にトリガーを引き絞った。

 7.62㎜口径の強力なライフル弾特有の大きな銃声が鼓膜をつんざく様に刺激すると、硝煙立ち上る薬莢が吐き出されて地面を跳ね、小気味良い音がする。

 ジールのリアサイトとフロントサイト越しに映る動物……クローカーは胸から背中を貫いてポッカリと開いた風孔からダラダラと血を流す。


 「オオォォォォ!!」


 そして、血の泡と共に断末魔の声を挙げて倒れたクローカーは、ピクリとも動かなくなった。

 だが、涼介は狩ったばかりの獲物に目もくれず、喜ぶ事もせず、まるで脱兎の如く駆け出して居た。


 畜生が! 仲間呼びやがって!!


 脇目もくれず、目の前にある壊れた窓から廃墟の中へと飛び込む。

 ドサッと倒れ込む様に受け身を取って着地すると、窓の脇へと腕と脚を動かし、壁を背にして息を調える。


 「ハァ、ハァ……スゥゥ……ハァァ……スゥゥ……ハァァ……」


 深呼吸を何度か繰り返して心臓の鼓動を落ち着かせ、床に腹這いになった涼介はクーフィーヤをズラし、右耳を出すと床に押し当てた。

 少しすると「3……いや、4か?」 と、無意識の内に呟きながら起きて立ち上がって窓枠から身を乗り出してジールを構える。

 外には5匹のクローカーが前足と後ろ足で勢い良く駆け、涼介の居る廃墟へ迫ろうとしている。


 「敵は殺せ」


 師から教わった言葉を口にした涼介はセレクターを弾き、一番右のクローカーに照準をトリガーを引いた。

 一度引いただけでダダダンと耳をつんざく重い銃声が3発連続で響けば、もうもうと挙がる硝煙の先で1匹のクローカーが裂け目の様な孔から勢い良く血を流し、倒れた。

 大口径ライフルの大きな反動で持ち上がった銃口を下ろしながら軽く腰を捻り、瞬時に左へ銃口を反らす。

 リアサイトから見えるポツンと立つフロントサイトとクローカーが合わさると、再び、トリガーが引かれ、3発の7.62㎜ライフル弾が放たれた。

 すると今度は、クローカーの頭が鮮血と共に真っ赤な花弁を散らしたかの如く弾ける。頭の無くなったクローカーはバランスを失い、地面に転がり始めた。

 だが、涼介はそんなのを見る事無く強烈な反動で持ち上がったジールの銃口を下ろしながら淀み無く左にスライドさせ、次のクローカーへ狙いを定める。

 そして、2匹目のクローカーが動かなくなった所で、トリガーが3匹目に向けて引かれた。

 そうしてクローカー達は、右から順番に3発の銃弾を叩き込まれては血飛沫と共に倒れて逝く。

 銃声が止むと、5匹のクローカーはピクリとも動かなくなっていた。しかし、怪物を殺して生き延びたにも関わらず涼介は、喜ぶ事も無ければ気を抜く事も無く、周辺を念入りに警戒する。

 銃口を静かにゆっくり動かし、辺りを見回す。敵が完全に居ない事を確認すると、そのまま壁の後ろに身を隠し、そこで漸く一息吐く様にトリガーから指を放す。


 『撃ったらセフティを掛けてマガジンを変える。次の戦いに備えろ』


 涼介は師の言葉を反芻しながらセレクターをセフティに戻した。弾が中途半端に残るマガジンを抜き取って口にくわえると、ベストから予備のマガジンを取り出してジールに叩き込む。

 そして、くわえていたマガジンをベストへ突っ込む。

 しかし、ジールをポンチョの中へ戻さない。撃ったばかりで、火傷しそうな程に熱い事もあり、ポンチョの中に入れれば熱が込もってサウナの様になるからだ。

 ジールをポンチョの外に出したまま、前に提げると視界が悪い事に気付いた。

 ゴーグルのレンズを袖口を軽く擦り、レンズを覆う砂ぼこりを拭い取って悪かった視界を良くする。

 緊張から解放され、余裕が戻ると喉の渇きを感じる。涼介は腰の水筒を手にすると、渇き切った口へ唇を湿らせる程度の僅かな水を含み、渇きを癒すと緩んだクーフィーヤを結び直した。

 そして、入った時と同じ様に窓から外へ出て、再び歩き出す。





 クローカーを撃ち殺してから3時間近く経っただろうか……

 途中、足を止めてトイレを済ませたり、ブーツと靴下を脱いで休憩を何度かしたが、それ以外はずっと歩き通しであった。しかし、涼介は未だ廃墟の街となった街の中に居た。


 バスや自転車、電車、車ならアッと言う間なんだろうなぁ……

 やっぱり、文明って偉大。


 クーフィーヤの中で疲れた表情を浮かべ、歩き続ける涼介はバスや電車、自転車と言った文明の利器の恩恵を今更ながらに感じて居た。

 それと同時に毒蛇の如く現実が、鎌首をもたげると涼介は表情を曇らせる。


 帰る方法は見付かってない。

 手掛かりすら無い。

 有ったとしても、帰れる見込みは低い。

  ネット小説とかだと、主人公は最終的に元の世界に帰れたりする。

 だけど、俺の場合は其れまで生き残り続けられるか?

 それすら不安だ。


 この荒れ果てた世界では、元の世界に帰る方法を探すのは、砂漠から一粒の砂を捜す事と変わりが無かった。

 それを理解して居るが故に落胆し、大きな溜め息を吐いてしまう。


 あの漫画やアニメの結末見れずに此処で死ぬのか……嫌だな。

 映画だって見たいし、ラノベだって読みたい。

 それに何より……!?


 涼介は唐突にジールをローレディの態勢で持ち始め、即座に車の残骸の陰に駆け出す。スライディングし、陰へ滑り込むとソッと静かに顔を出して思考を遮ったモノを覗き見る。

 其処にあったのはカラスに啄まれている真新しい死体と孔だらけにされ、放置されたピックアップトラックであった。

 慎重に辺りを見回し、怪しいモノが無いか? 念入りに確認する。1分か2分ばかり見回し、何も無いのを確認した涼介は立ち上がって周りを見回しながらゆっくりとした歩調で近付いて行く。

 何羽も居たカラスが「カァァ」 と、鳴き飛び去ると涼介はバトルライフルから手を離して死体に合掌してから検分を始めた。


 うわ、頭グチャグチャ。


 地面に横たわる死体の足元に脳や脳獎、髪の毛の付いた頭皮や頭蓋骨の欠片を見ると、頭を撃たれたのが解る。

 「ごめんなさい」 と、謝った所で、死体をひっくり返す。


 傷の具合から見るに、至近距離から撃たれてる。


 死体の表情は、死の恐怖と命乞いの必死な形相で固まっていた。

 涼介は額部分の焼けた痕を見ると、至近距離から撃たれたと判断した。それから、足元に落ちていた空薬莢を拾い上げる。

 その薬莢は涼介の使ってるジールの様なバトルライフルと同じ様な形の薬莢であるが、ほんの僅かであるが短く、太さも一回り細かった。


 5.56㎜アサルトライフル弾……未だ、火薬の臭いがする。


 薬莢を捨て、今度はピックアップトラックに目をやる。


 荷物は空っぽ。タイヤも……持ってかれてるな。

 エンジンは……持ってかれてない?


 ピックアップトラックには荷物が無かった。そればかりか、タイヤも盗られていた。

 だが、エンジンはそのままにされているのを見ると、疑問を覚えてしまう。


 車の部品は貴重だ。

 エンジンの部品を手に入れるだけでもカネになるのに、手付かず?


 この荒れ果てた世界では、車の部品……例えば、スパークプラグ、インジェクター、オルタネーターと、言った品を始め、トランスミッションやデファレンシャル等の動力装置も一から造るのは非常に困難であった。

 それ故、生きてる車の部品は貴重で高値が付く。

 だからこそ、男を殺した者達がエンジンを放置している事に首を傾げてしまった。


 暫く待ってみるか……


 死体を再びひっくり返して自分の痕跡を消した涼介は、後ろを振り返って背の高いビルであった廃墟を見ると、周りを見回してからビルへと駆け込む。


 元は会社のビルなんだろうな……

 バラバラの骨にボロい布。スーツとワイシャツの成れの果てかな?

 ガラスは全部無くなってるし、焼け焦げた跡があるから爆弾落ちて吹っ飛んだ……って、所か?


 エントランスには多数の骨や布、崩れ落ちて瓦礫と化した天井が散らばっていた。人の気配は無く、静寂に満ちていた。


 何十、下手したら何百人も眠る墓か。ビルが墓石で……


 クリアリングを終え、エントランスが安全だと確認するとジールを下ろして手を合わせて黙祷すると、受け付けカウンターの裏へと入る。

 そこでポンチョを脱ぎ捨て、バックパックを下ろすとゴーグルを目から外す。

 脱いだポンチョを脇に抱える様に持つと、顔の汗を袖で拭ってからカウンターから出た。


 ここら辺か……


 残骸が良く見える所へ赴いた涼介は細かな骨を足で退かすと、床にしゃがんで脇にジールを置き、うつ伏せになって横たわる。

 脱いだポンチョを毛布を掛ける様に被って身を隠した涼介は、外の残骸を見張り始めた。


 さっさと、来いよ……

 俺はテメェ等をさっさと始末して街に戻りてぇんだ。



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