世紀末に飛ばされましたが、しぶとく生きてます

幽霊@ファベーラ

第1話


 目を覚まし、ガンガンと痛む頭を振るって起き上がった青年は、周りを見回した。

 ボンヤリとする頭から段々と痛みが引き、ハッキリとし始めると唖然としてしまう。


 「ここ何処だよ……」


 一頻り見回すと、思った事をそのまま口に出してしまう。

 周りは赤茶けた色の砂とゴツゴツとした岩しかなかった。


 「訳がわかんねぇよ!? 何だよ、なんなんだよ!? クソ熱ぃ!!」


 空から照り付ける太陽が熱く、学ランに長袖のYシャツ姿の青年は、暑さのあまり背負って居たリュックサックに学ランを脱ぎ棄てた。

 だが、白いYシャツ越しに陽射しが突き刺さり、熱さが増す。そればかりか汗が目に入り、陽射しと汗の痛みで目を開けるのも辛くなって来た。

 ポケットからハンカチを出し、ダラダラと流れる汗を拭く。だが、汗は止めどなく涌き出て、止まる事はなかった。

 置かれた状況に混乱して居た青年は、ハッとした様に地面に棄てた学ランを拾い上げる。ポケットを探し、目的の品を見付けた。

 それはスマートフォンであった。サイドのボタンを押し、画面を点灯させる。

 汗が画面に滴り落ち、指が滑る。それでも、彼は必死にすがるかの如くタッチパネルを操作し続ける。


 何だよ、モバイルネットワークがオフラインとか……


 スマートフォンのラインやTwitterが機能する事は無かった。

 インターネットを起動させても、オフラインと出て「ページが表示されませんでした」 と、空しく表示されるだけ。電話のアイコンを押してもモバイルネットワーク云々と表示され、起動しなかった。

 無論、GPSが機能する事もなかった。

 青年は益々、首を傾げてしまう。


 「痛っ!?」


 ズキッとした痛みが襲い掛かる。首の後ろに手をやった。


 虫に刺された痕が腫れてるのか? 


 自分が意識を失う前、虫に刺された箇所を触って腫れたのだと思って気にも止めなかった青年は、顔の汗を再び拭き取ってから首の後ろを含め、汗を拭い取る。

 それから、学ランを畳んでリュックサックに入れて背負い、歩き出した。





 敵は確認出来ただけで7人……これで全員か?


 直径が約2mある浅いクレーターにシートを屋根の様に張って作った簡易シェルターの中で、顔を額辺りにバンドでゴーグルを巻き付けたクーフィーヤで覆う男が、地面に伏せてモノキュラー越しに眺め、静かに観察して居た。

 遠く……距離にして、およそ600m先の岩場で7人の男達が飯を喰ったり、談笑したり、日陰で寝ていたりする者達が居る。

 彼等は何れも拳銃。または二つの大きな銃身が左右に並んだ銃や保弾板クリップで束ねられた15発の5.56㎜口径のアサルトライフル弾が横から装填された、頑丈な針金で簡略的に作られたストック付きの銃を持っていた。


 武器は拳銃にツインバレル散弾銃。それにバカマシンガン短機関銃……

 マトモな銃を持ってる奴は居ない。


 大体の観察が終わり、"向こう側"に居る者達の武器が脅威にならないと判断するとモノキュラーを脇に置き、二脚を立てたボルトアクション式のライフルを据えた。

 グリップを右手で軽く握り、左手は木製のストック下部の尖った所辺りを抱える様に持つ。すると、ストックの後端であるバットプレートの具合を確認しながら右肩に押し当てた。

 シックリ来る迄、グリップやストックを持ち直した所で、ストックの上部にボロボロになったビニールテープで厚みのある小さな木の板が巻き付けられて作られたチークピースに右の頬を当て、ライフルに取り付けられたスコープを覗き込む。


 距離603m。風は吹いてない……


 「1……2……3……4……5……」


 5秒数えると深々と鼻から息を吸い始める。これ以上吸えないくらいに吸うと、息を止めた。


 1……2……3……4……5……


 今度は頭の中で5秒数えた。口から息をゆっくりと吐き出す。

 10秒ばかりかけて深呼吸して頭の中に酸素を送れば、意識を鮮明にした男は息を吸って止めた。

 レティクルの十字線に笑みを浮かべ、楽しそうに話す男が重なった。

 スコープ越しに映る無精髭を生やし、垢や日焼けで黒ずんだ顔をする男は本当に楽しそうな表情であった。そんな彼に対し、男はトリガーに右の人差し指を静かにソッと引き絞る。

 爆発音にも似た銃声と同時に男の顔が直径7.62㎜のチッポケな金属片のごとき銃弾によって、真っ赤な花弁を散らしたかよ血飛沫と共にレティクルから消える。


 「ハァァァ……スゥゥ……」


 スコープから目を離さず、留めていた息を吐いて吸う。硝煙がシェルターの中を漂ってるからか、空気がピリッとしている。

 そんな空気を肺に満たすと、今度は息を止める事はしなかった。

 グリップから右手を離し、小さなボルトのハンドルを起こして引けば、クーフィーヤ越しに鼻孔を刺激する7㎝ほどの長さを持つライフル弾の薬莢が硝煙を立ち上らせたまま、ポトりと地面に吐き出された。

 引かれたボルトをそのまま押し込めば、左横から伸びるマガジンのスプリングで押し込まれた弾が薬室へと装填される。

 そして、グリップを握り直すと断続的に息を吸っては吐き、呼吸しながら次の獲物を見定めた。


 次はお前だ、マヌケめ……


 心の中で呟くと、レティクルが伏せる事も隠れる事もせずに携えたバカマシンガンの錆びた銃口を周りに向け、自分を捜そうとする獲物の胸元に合わせる。息を吸って止め、ピタリと動きを止めてトリガーに掛けた指に僅かな力を掛けた。

 ポキッと細い小枝が折れた様な感触と共に撃針が落ち、弾の雷菅が叩かれる。すると、また銃声と共に周りを必死で見回して居た男の胸を弾丸が貫き、筋肉ばかりか肋骨を砕いて心臓や肺をズタズタに切り裂いた。

 弾丸が背筋すらも貫通して地面に埋まった頃には、肉片混じりの夥しい血が地面を濡らす。自らの血で出来た血溜まりの上に男はドサッと倒れ、そのまま動く事はなかった。

 600m離れてるとは言え、300ウィンチェスターの如く強力なライフル弾で撃たれれば、こうして頭なら木っ端微塵に弾け、胸なら筋肉や骨ごと心臓がミキサーに掛けた様なグロテスクにたって死ぬのだ。


 「彼処からだ!!」


 すると、彼等の内の1人が叫び声を挙げ、男の居る方を頭を上げて指差す。

 その瞬間、彼の頭が棒を叩き付けられたスイカの如く弾けた。


 「畜生!!」


 一人が叫び、バカマシンガンを仲間が指した方へと向けて撃つ。


 「出て来やがれクソッタレ!!」


 他の生き残った者達もバカマシンガンやツインバレルを撃ち、5.56㎜アサルトライフル弾や12gゲージの銃口から放たれる00ダブルオーバックショット鹿撃ちの散弾を姿を見せない敵へ放った。


 「はぁ……」


 ボルトを引き戻し、4発目を装填した男は銃口の向こう側から聞こえる爆竹が弾けた音を聴くと、酷く落胆した溜め息を吐く。


 なまじ、連射が出来る銃を持つと撃ちたがる……


 そんな言葉と共に構え直してスコープを覗くと、10発の5.56㎜ライフル弾が束ねられたクリップを必死な形相で叩き込もうとする男にレティクルを合わせ、息を止めてトリガーを引く。


 「ああ"あ"あ"ぁぁぁぁ!!?」


 「フロー!?」


 遠雷の様な銃声と共に男の腹が弾け、断末魔にも似た悲鳴が挙がった。地面が血飛沫を吸い、爆ぜた腰から腸がデロりと露になる。

 そんな様子に一人が手にしていたツインバレルを投げ棄て、決死の形相で走り出す。


 「おい、待て!?」


 呼び止めても仲間の駆ける足は止まらない。

 しかし、銃声が響けば、背中と胸から血が飛び散り、破裂した心臓と共に彼は前のめりに倒れて脚を止めた。

 あまりにも一方的で、淡々とした殺戮であった。戦闘とは言えない。

 それは、まるで狩りの様であった。

 最後の一人が倒れる仲間に手を伸ばそうとした瞬間、後頭部から叩き込まれた7.62㎜の銃弾が彼の顔を粉砕した。

 そんな酷い様を目の当たりにした腹を撃たれた男は、虚ろで乾いた笑いを浮かべて意識を手放し、二度と動く事は無かった。


 終わった。ん? 誰か居るのか?


 狩りを終わらせたからか、愛用のライフルに弾を込め直して居ると、誰かが向こうから近付いて来るのに気付いた。

 再び、モノキュラーを覗き込む。其処に居たのは白いYシャツ姿の青年であった。





 何だよ、コレ……


 青年は目の前に広がる7つの屍に立ち竦んでしまう。死体を不気味なハゲ鷹達が啄み、目玉や肉を喰らう様に現実味が感じられなかった。

 だが、漂う血と臓物の臭いやハゲ鷹の鳴き声に死体を喰らう様子は幻とは思えないリアルがあった。その証拠に込み上げる吐き気に耐えられず、膝を着いて胃の中の物を吐き出して嘔吐してしまう。

 息を荒く吐きながらも何とか気を持ち直した所で、恐る恐る足を踏み出す。すると、食事に勤しんで居たハゲ鷹達は吠えた。

 それに驚き、ビクッとするとハゲ鷹は空高く飛んで行く。そのまま、死体に近付いて脇に落ちていた銃を拾い上げた。


 「じ、銃なのかコレ……」


 手の中にあるソレは、粗末な造りで、まるで子供のオモチャにも見えた。しかし、ズシリとした重みが、横から伸びる数発の細く、小さなライフル弾がオモチャと言うイメージを吹き飛ばす。


 「一体、どうなってんだ……」


 その銃の他にも2本の太く短い銃身が束ねられた武骨な銃を拾った。

 弄って居ると、ガシャンと言う音と共に銃身がチッポケなフォアエンドごと下へ折れ曲がる。


 コレ……ショットガンなのか?


 目に映る薬莢の底部を摘まんで取ると、赤くて太い円柱状の樹脂で出来た弾が露となる。

 映画やゲームと言った創作の中でしか見た事の無いショットシェルを見れば、この武骨な銃がショットガンであると理解出来た。

 拾った二つの銃を地面に棄てると、ある物に目が留まる。視線の先にあったのは水筒であった。

 喉の渇き、汗で失った水分を癒そうと、獲物を見つけた獣の如く飛び付く。水筒のキャップを開け、中の水を飲もうとした。

 しかし、喉を潤してくれる物は一向に流れない。


 「嘘だろ……ふざけ……」


 絶望に満ちた言葉を漏らしながら、フラフラとしてる彼は後ろから押されたかの様に前へ倒れた。

 そんな様子を「何だ、アイツ?」 そう言わんばかりに注意深く見て居た彼はライフルのスリングを首に掛けて背負うと、腰のホルスターに差し込んでいた38口径のマグナムリボルバーを手にする。

 シリンダーをそれから、額のゴーグルを下ろして目元を隠すとシェルターから静かに顔を出し、周辺に敵が居ないか? 土竜の如く用心して念入りに確認する。

 そして、敵になるモノの姿が完全に無い事を確認し終えれば、狩ったばかりの獲物の元へ歩みを進める。

 暫くしてから、己が築き上げた屍の持ち物を集めてから倒れた青年を見定め、腰にある水筒を手に取る。

 蓋を開けて傾けると、水が零れ落ちて青年に掛けられる。息継ぎしながら目を醒ませば、ガラスが割れたかの如く世界が喧しく崩れ落ちて行く。

 空が落ち、地面が砕けると7つの屍とクーフィーヤとゴーグルで顔を覆い隠し、首から下は灰色のポンチョで覆い隠した水筒をある者も青年も、全てが崩れ落ちる。

 そして、暗幕を下ろしたかの如く舞台上が、漆黒の暗闇に呑み込まれた。






 懐かしい夢を見たな……


 顔に火傷痕と大きな切り傷が印象的な青年は溜め息を着くと、夢の中に出た狙撃者が手にしていたのと同じ3インチバレルのリボルバーを手に周囲を見回す。

 左右に視線を走らせ、誰も居ない事にホッと胸を撫で下ろした青年……榊原涼介はリボルバーを腰のホルスターに収める。それから靴下を履き、兵士が履くようなゴツいブーツを逆さまにし、中のゴミをタイル張りの床へと落とし始めた。

 パラパラと埃が落ちて行く。そうして、靴の中を綺麗にしてから足を入れてストラップを締めた所で涼介は、窓へと寄り添う様に趣いた。

 外は暗く、闇一色が広がる瓦礫と化した廃墟ばかりの荒野であった。そんな光景に大きな溜め息を吐くと、それに呼応する様に外から風が入って来る。


 「さ、寒ッ!?」


 外の気温は冷たかった。温度計が有れば具体的な気温が解るだろう。

 だが、今この場に温度計は無い。が、冬の様に冷たい風が自分の居る廃墟と化したビルの中へと吹き込んで来れば、布団代わりに使ってるポンチョにくるまってないと辛いのは身を以て理解させられた。

 だからだろう……涼介はポンチョを被ると、消えていた焚き火に明るい内に拾って来た枯れ枝を何本も置き、手の平に収まる程度に小さな缶を出し、1本の枝を積み上げた枯れ枝から取って掛けてオイルライターで火を点けた。


 「暖けぇ……」


 炎が黒い煙と共に上がり、一気に今いる場所が暖められて行く。仄かな炎に手を翳せば、嘘のように寒さが和らいだ。

 先程迄の辛く硬い表情が嘘の様に無くなり、ホッとした面持ちになる。


 そんな時だ。炎の中でパチパチと燃えて爆ぜる音に雑じり、外から車のマフラー音が鼓膜を刺激して来る。


 誰か来た?


 和らいだ表情が一気に陰の籠ったモノへと変わる。

 先程まで寝ていたマットレスの脇に置かれた大きなバックパックを背負うと、傷、汚れにひび割れの目立つ茶色いプラスチック製のフォアエンドやグリップと言った持ち手と塗装が剥げ、地金の銀色と錆びの赤茶で彩られたボディ本体バレルが組み合わされた武骨で大きなガリルにも似たバトルライフル……ジールを取り上げる。

 左横から伸びるチャージングハンドルをソッと引き、排莢口から薬室を覗いて7.62㎜バトルライフル弾が装填されてる事を確認した。

 グリップ近くのセレクターを弾き、フルオートに合わせる。

 暫くすると、風の音に混じって聴こえるエンジン音が自分が夜営するボロボロの雑居ビルだろう廃墟を通り過ぎた。

 ジールのグリップとフォアエンドを持ち、肩に鉄パイプを曲げて造った様なストックを当てて構えて居た涼介は、ホッと一息吐いてセレクターをセフティに戻して構えを解くとジールに結ばれたスリングを肩に掛け、右脇に提げた。


 「バンディッツ盗賊かと思ったぜ」


 緊張が解けた涼介は、ボヤきながらバックパックを焚き火の近くに下ろす。

 さっきまでベッド代わりに使っていたボロボロのマットレスの方へと赴き、引き摺ってバックパックの近くに置き直すと、ジールを脇に下ろして眠るのであった。



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