第3話


 喉渇いた。

 腹減った。

 背中痒い。

 虫ウザい。

 ベストのマガジン痛い。


 涼介の中で不満が溢れ出す。だが、ウズウズとする身体の痒み、何匹かの虫が身体の上や顔を這い回り、空腹と喉の渇きに襲われて居るにも関わらず涼介は音もさせずに呼吸し、身体をピクリとも動かさず、気配を断って沈黙を保ったまま待ち続ける。

 視線の先に見えるのは、死体を啄んで屍肉を喰らうカラス達だけであった。


 『音を立てず、動かず、周りのモノと一体になって獲物に気配を悟られるな』


 頭の中でスナイパーであった師の言葉がリフレインする。


 解ってる。だけど、ジッと待つのはツラい。

 代わり映えのしないカラスのランチを眺めるのは飽きた。

 小便済ませといて良かった。じゃなかったら、垂れ流す羽目になってる……


 見張り始めてから1時間ぐらい過ぎるが、目的の獲物は一向に姿を現さなかった。

 永遠とも言える時間を感じながら見張ってると、死体を啄んでいたカラス達が一斉に飛び上がり始める。


 やっと来たか……


 漸く状況が変化した事を喜ぶ。少しすると、風に乗ってエンジン音が聴こえ、排気ガスの臭いが鼻孔を刺激して来る。

 音と臭いが段々と大きくなると、残骸の前にルーフが無く、塗装が剥げて所々に錆びが浮いたみすぼらしい具合の"オープンカー"が止まった。


 1……2……3……4……4人。

 1人は運転席に座ったまま……万が一の際、逃げれる様にだな。


 オープンカーから降りた薄汚れた粗末な服を着る男達の人数を姿と足の数から確認すると、今度は彼等の持つ武器を見る。

 涼介は見える範囲で、此方側に降りた二人が脇に提げている武器を観察する。

 何れも涼介の持つバトルライフルよりも二回りほど小さく、銃身も細い。しかし、左横から15発の5.56㎜のアサルトライフル弾が束ねられたクリップが伸びていた。


 バカマシンガン……よくみると、ロングバレルにしてる銃身延長。で、良いサイトダットサイトも付いてる。


 バカマシンガン……それは荒れ果てた世界に於いて自衛の為、作られたライフル弾を放つガラクタから作られるサブマシンガンだ。

 5.56㎜NATO弾にも似たライフル弾をフルオートでバラ撒くので殺傷力は高い。

 しかし、この世界の低い工作技術で作られた為に命中精度は低く、弾詰まりや弾切れ、オーバーヒート等も起こしやすい欠陥銃でもある。それ故、銃身を延長し、ダットサイトと呼ばれる照準器を取り付けて欠点を補う工夫が為される事もあった。

 其れを見ると、涼介は呆れてしまう。


 大方、トレーダー旅商人殺して、奪ったんだろうな……サイトやバレルは。

 じゃなかったら、ハンターから奪ったか?


 そんな銃の観察をして居ると、件の2人観察は残骸のボンネットを開け、工具を取り出してエンジンから部品の剥ぎ取りを始める。

 そんな時、バカマシンガンとは明らかに造りが違う、バナナの様に湾曲するマガジンを装着したAK47に似たライフルを手にする1人が車の前に立った。


 周りを見張る奴はイーリャか……


 見張りの持つイーリャと呼ばれるバトルライフルは、弾詰まりを滅多に起こさず、殆どの過酷な環境であっても故障せず、整備も簡単。

 それ故、小口径のアサルトライフルモデルや大小異なる口径の軽機関銃モデルも作られた。他にも、涼介の持つバトルライフル……ジールを初めとして多数のライフルが、イーリャを元に設計されていたりもする。


 タイプは7.62ショートの威力ある方……クローカー相手に5.56㎜は糞の役にも立たねぇし、当然だな。

 スコープとかは無い。シケてやが……胸のはフラグ破片手榴弾か?

 バンディッツにしちゃ、良いのを持ってる。


 イーリャの種類を見極めた涼介は見張りの胸にレモンに似た形の物を見ると、厄介そうな表情を浮かべながらも彼等の動きを伺う。

 バカマシンガンを提げた2人はエンジンに取り付いて作業を続けており、意識は完全にエンジンに集中している。

 運転席で座る男は、呑気にアクビをして作業が終わるのをボンヤリしながら待ち、見張りはイーリャを手に周りをキョロキョロと見回し、クローカーの様な怪物に襲われないか? 警戒を続けていた。


 セフティは解らんけど、トリガーに指は掛けてない。

 それなりの場数を踏んでると見るべきか?

 さて、どうするか……

 歩きで来ると思ったら、車。後を付けようにも、車の足には追い付けない。


 予想と現実にズレが生じ、本来の予定が狂った事に涼介は小さく舌打ちする。

 本来の計画は、徒歩で来た彼等がハイエナ宜しく残骸から目ぼしい物を剥ぎ取った後、尾行して巣を見付ける。と、言うものであった。

 だが、彼等は車で現れた。

 徒歩での尾行は断念せざる得なかった事に苛立ちを露にしながらも、どのような行動を取るべきか? 考える。

 すると、 焦りと緊張と不満が涼介に一つの案を与えた。


 殺しちまうか?

 幸いにも奴等はエンジンに夢中で、俺に気付いてない。奇襲を仕掛ける事が可能だ。

 手始めに見張りが他所向いた瞬間、頭をブチ抜けばイーリャで撃たれずに済む。距離も2、30mくらいだから簡単に当てられる。

 銃声と唐突な仲間の死で混乱してる間に、運転手を殺す……

 運転手を殺せば、運転席が塞がる。車で逃げ出るにしても、死体を退かさなければ運転出来なくなる。


 頭の中でシミュレーションをし、勝てるビジョンが見える。

 同時に問題、不安要素が涼介の脳裏に浮かび上がった。


 だけど、相手もバカじゃない。反撃して来るのは明らか……

 バカマシンガンの射程は最大150m。その中に居る以上、弾が飛んでくる。

 サブマシンガンの癖に弾が5.56㎜のアサルトライフルの弾だ。音速の倍以上の速さで飛んで来る銃弾を避けるなんて、不可能だ。

 1発でも貰ったら大怪我。下手したら死ぬ。


 ゲームなら撃たれるの上等で突っ込み、皆殺しに出来るだろう。しかし、これはゲームじゃない。

 銃で胴体を撃たれれば、死ぬ。実際、人が撃たれて死ぬのを目の当たりにした事がある故、死の恐怖に怯える涼介は攻めあぐねていた。


 いっそ、このまま行かせるか……

 ここで戦えば、奴等の人数を減らせる。だけど、勝率は低い。

 良い銃を持ってるとは言っても、向こうは銃口が4つ。こっちは1つ……

 同時に複数は撃てない。勝ったとしても、巣に居る連中は戻って来ない奴等を怪しんで警戒体制に入る。

 今この場で奴等を殺して楽して、後で苦労するか?

 我慢して行くまで待って、苦労して巣を見付けて奴等全員を相手にするか?

 畜生、どっちも苦労するの確定じゃねぇか。

 だったら、危ないけど楽を出来る方選ぶか……


 意を決した涼介はタイミングを図る事にした。

 見張りの動きを注意深く伺い、視線が此方を外れるのを待つ。すると、キョロキョロ周りを見回して居た見張りがオープンカーのリアへと歩き出した。


 『慌てるな。焦るな。マイペースで良い……早いはゆっくり。ゆっくりは早いだ』


 再び、師の言葉がリフレインする。その言葉通り、涼介はゆっくりと右手を動かしてバトルライフルのスリングを掴む。

 視線の先から見張りが消えると、慎重に且つ静かに引っ張ってジールを手繰り寄せた。


 周りの骨を退かして正解だった。音で気付かれてたかもしんねぇし……


 手繰り寄せたジールを痛む上半身を僅かに起こし、左手で目の前に寄せた涼介はグリップを右手で掴み、ストックの後端……バットプレート床尾板を右肩に押し当てる。何度か構え直し、シックリ来るとパイプ状の折り畳みストックに頬を当ててリアサイトを覗き始めた。

 呼吸する度に身体が僅かだが揺れ、ジールも動く。リアサイト越しに見える獲物達は、今もエンジンを夢中で解体してるか、運転席でウトウトと舟を漕いでいた。

 それから少しすると、見張りがオープンカーの脇へと戻って来た。彼はイーリャから手を放し、紐で作った即席のスリングでダラーンと首から提げてオープンカーのドアに腰掛ける。

 敵が居ない事に余裕を覚えたのか、胸ポケットをごそごそと探って煙草を取り出した彼は口にくわえてライターで火を点した。


 末期の一服、味わえ糞バンディッツ。


 息を吸って止めると、揺れが嘘の様に止まった。リアサイト越しにボヤけて見える銃口上部にポツンと立つフロントサイトが彼の頭に重なる。

 セレクターを静かに押してセミオートに合わせた涼介は、フロントサイトがクッキリ見えるとトリガーを引いた。


 「なんだ!?」


 鼓膜が痛む程の大きな銃声がすると、運転席で眠りかけて居た男がビクッと飛び上がるかの様に起き上がる。周りを首が千切れんくらいの勢いで周りを見回し、何があったのか? 確認する彼の目に信じられないモノが飛び込んで来た。


 「どうした!?」


 エンジンに夢中だった2人が車に駆け寄り始める。そんな2人の目にリアシートを血と脳獎で染め、頭が半分無くなって倒れた仲間の死体が飛び込んだ。

 リアシートで死んでる仲間に視線が移り、運転手が何かを言おうとした瞬間、銃声が再び木霊する。


 「な!?」


 ステアリングに項垂れる様に倒れ、顔の無い運転手の血をモロに被った2人は唖然とする。だが、直ぐに状況を理解した片方が、バカマシンガンに手を掛けた瞬間、3発目の銃声がした。


 「動くな!!」


 もう1人も慌ててバカマシンガンを取ろうとしたが、隣に居た仲間の死と叫び声に驚き、手を放してしまう。

 そんな彼に向け、再び叫び声が浴びせられた。


 「銃から弾を抜いて、車の中に棄てろ!!」


 男は混乱し、状況を把握しようと急いだからか、直ぐに叫び声に従わなかった。

 そして、それはトリガーを引くに充分な理由となり、4発目の銃声が恐怖に呑まれた男を襲う。


 「アア"ア"ァァァ!!?」


 銃声が止むと地面に倒れた彼は悲鳴と共に鮮血を右肩と肘の間、上腕部分から迸らせる。

 男は喉が張り裂けんばかりに悲鳴を挙げ、苦悶に歪む形相で地面を転げ回って居た。


 車の陰に倒れたかぁ……


 だが地面に倒れ、叫喚する獲物の姿は涼介から見えなくなった。


 「失敗したなぁ……」


 たった今、上手に3人の敵を撃ち殺し、4人目を生け捕りにしようとした涼介は落胆の声が漏らすと、静かに立ち上がる。ずっと同じ姿勢で痛む間接、背中を始めとした体の痒みが身体中で疼く体に鞭打ち、脚を踏み出した。

 熱い日射しが突き刺さる外に出ると、周りを見回し他に敵が居ないか? それを確認して自分が殺したばかりの敵へと慎重に歩みを進める。

 オープンカーに近付く度、クーフィーヤ越しに感じる血と硝煙、アンモニア小便、死体の腐敗する酸っぱい刺激臭に車の排気ガス等が複雑に入り雑じった悪臭が強くなり、涼介は顔をしかめてしまった。

 ふと、気が付くと男の悲鳴は止んで居た。


 死んでる?


 涼介は撃った相手が死んだか? と、思った。

 しかし、生きようとする意思。死の恐怖から逃れたい渇望に満ちた荒い息遣いがオープンカーのエンジン音に掻き消されながらも、鼓膜に伝わって来る。

 それを聴くと、涼介の口許に笑みが浮かんだ。

 オープンカーの前に来た涼介は、地面に落ちたイーリャを見ると蹴った。イーリャは遠くへと滑る。

 その間も死体を油断する事無く見張り、何か有れば即座に撃てる様にしていた涼介は、排気ガスを吐き出すオープンカーのリアから回り込んで奥へ歩むとジールを構えた。


 「動くな!! 死にたくないな……」


 言葉が詰まったしまった。

 男の足下には千切れた右腕が落ちており、肩から僅かに伸びる残った上腕は服の袖ばかりか、地面すらも染める真っ赤な水溜まりが出来ていた。

 顔を見ると生気の無い土毛色で、苦痛と死の恐怖に充ち表情を浮かべている。

 そんなピクりとも動かないまま倒れている彼の元へ慎重に赴いた涼介はジールを脇に退かすと、ホルスターからリボルバーの撃鉄を起こしながら抜き、反対の手を首筋にやる。


 「チッ! 死んでやがる……ミスったな」


 涼介はリボルバーの撃鉄を寝かせてから戻し、男の死と苛立ち混じりに悪態を吐く。ついさっき迄、生きていた男は死んでいた。

 撃たれたのは、右上腕であるにも関わらず……


 心臓マッサージも無駄。こんなに血を流してりゃ、意味無い。

 腕だから大丈夫と思ったけど……駄目だな。


 足下の千切れた男の右腕を見ての通り、至近距離から放たれたジールの7.62㎜ライフル弾は、威力があり過ぎた。

 千切れた所の動脈と静脈は、心臓が動く度に血が胎内を循環せず、地面を濡らし続ける。

 最終的に男の中から血が無くなり、心臓も止まる。

 これこそが、腕を1発撃たれただけだと言うのに、男が死んだ理由であった。

 

 「フゥゥゥ……腰が痛い。かいぃぃ」


 腰を反らして叩き、屈伸やストレッチ等をして痛みを和らげた涼介は虫を払い落とす。そうして、ジッと堪え忍んだ痛みを和らげると死体を見詰める。

 7.62㎜NATOみたいに強力なライフル弾を頭に喰らい、顔が無い3つの死体。それに、片腕と地面を真っ赤にして肌が土気色となった死体に溜め息を吐いてしまう。


 初めて身を護る為に人を殺した時、気持ち悪くなってからゲーゲー吐いて、御免なさいを言いまくって、自分は生きてちゃ駄目なんだ。とか、悩んだなぁ……

 だけど、今じゃ人を殺しても、罪悪感より達成感と生きてるって感情が最高に気持ち良いし、スカッとする。

 グロい死体も平気。慣れって恐い。


 クーフィーヤで隠れる涼介は自虐的な笑みを浮かべて居た。しかし、そんな笑みは直ぐに消える。


 だけど、臭いのは慣れないな……


 漂う死が充ち溢れた悪臭に辟易する涼介はジールのセフティを掛け、マガジンを抜く。クローカー達を殺した後と同じようにマガジンを詰め替え、中途半端に残ったマガジンをベストに収めて次に備えた。

 そして、考える。


 さて、どうしよう……

 1人、生かして巣の場所を聞き出す筈が殺しちまったから解らず終い。

 多分、戻って来ない事を不審に思って人を遣る。否、間違い無く来る。貴重な車が無いんだから当然だな……

 歩きか車か……何れにしろ倍の数を相手にしなきゃなんねぇかも知れない。

 マジで、どうしよう?


 空腹と渇き、疲れ等が入り雑じってるからか、考えがは纏まらない。涼介はふと、目に付いたバンディッツの水筒を奪った。

 乾ききった身体を潤さんばかりにグビグビと勢い良く飲むと、大きく一息吐いて爽快感に満ちた声を挙げた。


 「ふぅ、生き返る」


 空になった水筒を投げ棄ててからは、死体の持ち物をハイエナの如く漁り始める。

 落ちているバカマシンガンからも弾を完全に抜き、ベストのパウチやズボンのポケットに突っ込んだ。無論、バカマシンガンも回収する。

 イーリャを背負うと、中身が詰まった水筒を拾い上げる。イーリャのスリングに水筒を引っ掛けると、涼介の興味はオープンカーに向いた。

 残骸のエンジンルームを照らすライトを手にオープンカーの向こう側へ行き、伏せる。

 横に寝そべると身にライトでオープンカーの下を照らし、調べた。


 爆弾は…………仕掛けられてないな。


 不審物が車体下にセットされてない事を確認して立ち上がると、助手席へ水筒と一緒にイーリャと3丁のバカマシンガンを投げ込んだ。

 涼介はふと思い付いた様に鞘からバヨネット銃剣を抜く。バヨネットで死体の纏う服をビリビリと切り裂き始めた。

 服の切れ端をポケットに詰めると、ビルの中へと戻る。

 少しすると、ポンチョとバックパックを背負った涼介が出て来た。涼介はオープンカーへ戻ると、助手席に自分のバックパックとジールを置いた。


 あ、そうだ。


 思い出した様に1人目の胸にあるフラググレネード破片手榴弾を取って足下の窪みに押し込み、ピンを抜いた。手で安全レバーを押さえたまま卵大の石を乗せ、慎重に離れるとホッと一息吐く。

 そして、運転席に乗り込むとゴーグルを嵌めてサイドブレーキを下ろし、シフトをPからDに合わせてアクセルを踏み、走り去るのであった。


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