第9夜

 最近、自分の部屋の隣から聞こえる音が、やけに気になる。

 前からそうだったのだが、夜中にゴトゴトと何かをしている音がするのだ。

 それも、深夜。

 いつもは気が付いても眠気が勝ってそのまままた眠ってしまってた。

 ううん、違う。

 ちゃんと寝れていたんだ。

 でも、ちょうど1週間くらい前に、気づいてしまった。


 物音で目が覚めるのは、決まって夜の3時17分だって。


 こんな偶然があるはずない。

 そう思ってしまったら最後、私は気になって気になって、その時間が来るまで眠れない日が増えていった。


 そして、今日も。


 ゴト…ゴトゴト…


 いったい、何の音なんだろう。

 正直なところ、隣に文句を言おうと何度も思った。

 でも、怖くてできなかった。


 隣に住んでいるのは、私よりも少し年上と思われる、男の人だったのだ。

 無口な人、と思ってるのは私の勝手な思い込みかもしれないが、少なくとも今まで何度か廊下ですれ違ったことはあるが、挨拶をしてもらったことはなかった。

 私の方から挨拶すればそれでよかったんだろうけど、それが何故だか、とても難しいことになってしまっていた。


 そう言えば。

 ふと思い出す。


 私は、隣の男性の顔を見たことが無かった。


 すれ違っているのに、全く見た記憶がない。

 私の記憶の中を探ってみると、そこには顔のディテールだけが欠けた、隣人の姿が浮かんだ。

 まぁ、すれ違う時、その男性はいつも下を向いていたし、私も軽く会釈する感じでうつむいていたから、そのせいだろう。

 とは思いつつも、まったく、雰囲気すら思い出せないことに、私は怖くなってきていた。


 この音だって、いったい何だっていうんだろう。


 そう思っていると、ぴたりと音がやんだ。

 3時23分。

 いつもと同じ時間に、音は止んだ。


 私は何事も無かった事に少し安心して、急激に襲ってきた眠気に勝てず、そのまま眠ってしまっていた。


 翌日。

 朝の7時過ぎに、チャイムが鳴った。私はそのチャイムで目が覚めた。

 少しずつ、昨晩の音を思い出しつつ、私の脳が動き出す。

 こんな朝早くから、いったい誰だろう。

 私はカメラ機能の付いたインターフォンのカメラに映る誰かを確認した。


 隣の男性だ…


 やはり俯いたままであり、顔は見えない。

 ヒヤリとするような、ビリリとするような、後頭部が麻痺するような、感覚。

 極度の恐怖。

 私は動けなかった。


 カメラに映る男性は、顔を上げないまま、右手をチャイムの上に置いた。


 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン


 私は、パニックになりかけてた。

 いや、半分以上、パニックだったろう。


 だが


 そうではなかった


 そうでは


 なかった



 次の瞬間、男が叫んだ。


「なんで、毎晩毎晩、深夜に壁を叩くんだよ!」


「俺になんの恨みがあるって言うんだよ!」



 え…?


 私は、意味がわからなかった。


 深夜に物音を立ててたのは、あなたでしょ?


 ゴト…


 インターフォンの付いた壁は


 ゴトゴト…


 隣の部屋との間にある


 ガリガリガリ…


 ああ…


 ガリガリ…ベリベリ…


 壁がめくれ、そこに女が、笑っていた…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る