第7夜

 時刻は、夜の10時を過ぎていた。

 駅から8分かけて1人暮らしをしているマンションに帰ってくると、そこには闇が広がっていた。

 比喩でもなんでもなく、本当にマンションの廊下が真っ暗だったのだ。

 エントランスの灯りだけが点いていて、それ以外が真っ暗だったのだ。

「やめてくれよ…」

 自然と顔が引きつる。

 そりゃそうだろ。俺は誰よりも暗がりが怖いんだよ。

 悪かったな、怖がりで。

 でもしょうがねぇだろ? 4歳くらいの頃からずっと実家の廊下で電気消されて、恐々歩いてる時にいきなり足首掴まれたりしてたんだから。

 100回は下らない回数だから、もう完全にトラウマなんだよ。

 鬼畜な姉を持ったことが俺の不運の始まりだったと、今ではもう諦めてるけど…。

 こんな状況は本当に嫌だ。


 俺は仕方なく、スマホを取り出してライト機能をONにした。

 これで自分の部屋まではなんとか行けそうだ。

 …あ…電池残量1%って…待ってやめて勘弁して…

 と思ったのも束の間、ライトのOFFと同時に、スマホの電源が落ちた。


 終わった。


 俺は2つの選択肢からどちらをとるか、決めねばならなかった。

 諦めてマンションに入って暗闇の中を部屋まで頑張るか。

 駅前まで戻ってカラオケボックスで明るくなるまで待つか。


 エントランスの電気がついてるんだから、部屋の電気も点かないなんていう最低な状態ではないと思うが、俺の部屋は5階にあって、階段からは一番遠い場所にあった。

 エレベーターに乗れば良いんだろうけど、俺はエレベーターにもトラウマがあって普段から一人では乗らないようにしていた。

 だってしょうがねぇだろ? 4歳くらいの頃からずっと実家のマンションにあるエレベーターで俺が乗るタイミングを見計らってエレベーターの中に首の取れた人形とか人の腕の模型とか美容師が使う人の頭部のマネキンとかを怖い感じにして置いておくような姉が俺をエレベーターに閉じ込めたりしてたんだぞ?

 そりゃトラウマにもなるよ…。

 そんなことを思い出しながら、なんで俺は今こんなことを思い出してるんだろうって思ってた。


 スマホが鳴った。


「っひぃっ…!」

 変な声が出た。心臓がバクバクいってる。

 さっき切れたはずのスマホが、いつの間にか点いてる…。

 しかも5%に戻ってる…。

「マジかよ…」

 俺は自分の目が信じられないまま、スマホが鳴った原因を特定した。

 メッセージが来てたのだ。

 俺は恐る恐るメッセージを開いた。

 それは、今まさに思い出していた、あの鬼畜な姉からだった。


 ちょっとしたことでビビってるんじゃないわよ!

 あんた、男でしょ!(。-∀-)


 まるで見てるみたいな文章。

 俺はなんだか腹が立って、速攻で打ち返した。


 ふざけんな!

 こうなったのも姉ちゃんのせいだろうが!


 ともかく、俺はライト機能が使える状態になったことを確認して、姉に対する腹立たしい気分のまま、文句を言いつつ廊下をライトで照らしながら歩き、気が付いたら部屋に着いていた。

「なんなんだよ、まったく」

 ぶつぶつ言いながらドアを開けて、玄関の電気を点ける。

 問題なく点いた。

 俺はそのまま玄関のドアをロックして、ワンルームの部屋に上がり、部屋の電気を点けた。


 また、スマホが鳴った。

 思った通り、姉からのメッセージだった。


 やるじゃん。ちょっと見直した。

 父さんと母さんの事、よろしくね。


 翌朝。

 母親から電話があった。

 姉が交通事故で他界したという連絡だった。

 ひき逃げだったらしく、今朝になって発見されたんだそうだ。

 交通事故の推定時刻は、昨晩の10時前後くらいだとのことだった。

 スマホのメッセージは残っておらず、姉からのメッセージは3か月ほど前に貰った内容で終わっていた。

 彼女居ない歴23年、おめでと~! とか言う内容で、腹が立ったから返信をしてなかった。

 まぁ姉ちゃんが居るんだから、それでいんじゃね? とか書かれてて。

「ふざけんなよ…」

 俺は、怖いという感情よりも、悲しいという感情の方が強いんだって事を、その時初めて知ったんだ。

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