幕間 マクアイ (壱)

「い…いやぁ…どのお話も、さすがにドキリとしますね。完全に聞き入ってました」

 そう言うと、ライターの女性は麦茶を口にした。

 私が話し始めてそれなりに時間が経つ。麦茶も少しぬるくなってしまっているだろう。私も同じように麦茶を一口飲む。思っていた通り、ぬるくなっていた。

「まぁ、私が今話したものは、どれも都市伝説や怪談、または、そうなるには日が浅すぎる噂話、そして誰かの作り話、というところですがね」

「そうなんですか? だとしても、こういった話が好きな読者はかなり居ますし、これからの季節にはピッタリなので、やっぱり取材させていただいてよかったです!」

 そう言って、女性は少し興奮した表情で何度もうなずいた。

 大げさだが、悪い気はしない。この女性は、なんという名だったか…。

 私は目の前のちゃぶ台に置かれた名刺に目を落とす。

 草壁菜穂…。ふむ。なかなか珍しい苗字だ。

「くさかべさん、ご出身は兵庫ですか?」

「あ、田舎がそうですね。でもどうして?」

 本当に不思議がっているのが分かる『ポカン』とした表情に、私は少し、笑ってしまった。

「いや、失礼。あまりに驚いた顔をされていたもので。えっと、何故分かったか、でしたか」

 少し照れながら、草壁女史は軽く頷いた。

「『くさかべ』という読みの苗字は色々とありますが、あなたの苗字のように『草』と『壁』という文字を並べる『くさかべ姓』を持つ人の半分程度が、兵庫県の神河町に集まっているんですよ」

 私が説明すると、草壁女史は『へぇ~!』と大げさに驚いた。

 この表情の豊かさ。この女性を魅力的にしている、最大のポイントだな、と私は一人、心の中で頷いた。

「まぁ、そういったことを知っておりましたので、それで聞いてみただけですよ。別にあなたの過去が見えたりとかそういった特別なことが出来る訳じゃありませんので。お気になさらずに」

「そうなんですね~。ちょっとびっくりしました!」

 そう言って、草壁女史は胸をなでおろす仕草でにこりと笑った。

「お茶がぬるくなってしまいましたね。入れなおして来ましょう」

 私はそう言って、草壁女史のコップを持って席を立とうとした。

「あ、おかまいなく! それに、ちょっとこの部屋に1人で居るのは…」

 草壁女史はそう言って、部屋を見渡した。

 部屋の四方にある壁には1枚ずつお札が貼ってあり、それ以外の場所には所狭しと様々な新聞の切り抜きがスナップされている。中には私が書いたメモや、書いてもらったイラストなんかもあった。

「大丈夫ですよ。そのためのお札じゃないですか」

 私がそう言っても、草壁女史は困った顔をするだけだった。

 やれやれ。

 私は肩をすくめて、携帯電話を取り出した。

「あ、ミヨかい? 僕だよ。すまないが、お客様が来ているんだが、私の部屋までお茶を持ってきてくれないか?」

 携帯電話の向こうで、分かった、と短く声が聞こえた。

「さて。では、続けてお話をしましょうか」

「あ、は、はい。お願いします! なんだか我儘を言ってしまってすみません」

「気になさらないでください。よくある事なので」

 私は笑顔でそう答え、そして、次の話を始めた…。

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