第30話:里巡り
「ふーん。じゃあ、お金もなくならないし、めぐみんもパーティーを抜けなくて済むってこと?
良かったじゃない、また一緒にいられて。
私も今の生活がそれなりに好きだから、続けられて嬉しいし。
あんた達のイチャイチャを見てるのも、別に嫌いじゃないしね。
…………ねえねえカズマ?
一応カズマとめぐみんは付き合ってるんだし、二人で一人、みたいな考え方で、お詫びに帰りにアルカンレティアに寄ってくれないかしら?」
これは、今回の出来事の全てをアクアとダクネスに伝え終えた時の、アクアの言葉だ。
……最近、アクアが妙に女神っぽい。
何故だろう?
妙なものでも食べたのだろうか?
それとも本格的に、あの駄女神が本物の女神にランクアップする時が来たのだろうか?
最後の、いつもと同じそれまでを台無しにするようなアクアっぽい台詞がなければ、これは夢ではないかとめぐみんに頰を抓ってもらうところだった。
しかし、それでその要求を断るというのはまた違う。
アクアの事だから、揚げ足をとるのならもっと自分の欲を満たすための大金とか、高い酒とかを要求されると思ってたのだが、それと比べたらなんてことはない。
あそこには温泉もあるからみんなの疲れを癒せるし、それぐらいのお願いなら今回は全然許容範囲だ。
それに、温泉という響きに反応した一昨日の俺が、いないわけでも無いし……。
べ、べべべべ別に、混浴が楽しみとか、そんなんじゃ無いからな!
めぐみんならもうそれくらいは許容してくれるんじゃないかとか、そんなこと考えてないから!
元日本人としての俺の魂が、そこで疲れを癒すべきだと叫んでただけだから!
「……ズマ……!カズマ!」
あまりに衝撃的だった出来事をぼーっと思い返していると、隣から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ん?どした?」
不意に呼ばれたため、そっけない返事になってしまう。
そんな中、俺を呼んだ方を向いてみると、そこにはむくれたように頰を膨らます一人の少女がいて。
「どした?じゃないですよ。聞いてるんですか?」
「ん?ああ、この剣はこの地に舞い降りた勇者がかつて女神から譲り受けたもので、死ぬ間際にここに突き立て、次の後継者が来るまで抜けないようにしておいた物なんだろ?」
どうやら説明を聞いている途中に考え事をしてしまったらしい俺は、全く話を聞いていなかったので自分で勝手に設定を作ってめぐみんに話してみる。
「違いますよ!やっぱり聞いてなかったじゃないですか!
……いや、それはそれでカッコいい設定なのですが……。
それでも、私の話を聞いてなかった理由にはなりませんよ!」
俺の適当な返事を受けためぐみんは、顔を赤くして俺に怒る。
まあ、そりゃ怒るわな。
でもそんな顔も可愛いよ、めぐみんさん。
「おお、すまんすまん。悪かったって、そんな怒んなよ。
次は聞いてやるから、また説明してくれ」
一度は気持ちが揺らいだものの、またすぐ俺に怒りを向けるめぐみんにそんな反応をしてみる。
するとめぐみんはそっぽを向いたまま。
「イヤです。もう私は何処かの誰かのせいで機嫌を損ねました」
拗ねちゃったか。
ヤバい、俺の彼女、超可愛い。
「マジか、誰だそいつは。ちょっと名前教えろ、めぐみんの機嫌を損ねさせる奴は俺がしばいてやる」
「サトウカズマという人物です」
「え、俺と同姓同名じゃねぇか。同郷か?」
「そろそろマジで怒りますよ?」
「すいませんでした」
そんな呑気な感想を3秒前まで持っていた俺は、急に雰囲気が変わっためぐみんを前に気がつけば素晴らしいDOGEZAを見せつけていた。
いや、だって声のトーンが今朝のマジギレの時と同じなんだもん。
すげえ怖いんだもん。
体が条件反射並みの速さで勝手に動いたんだもん。
俺、このトーンの声で命令されたら、これから一生逆らえないかもしれない。
「はぁ…。……なんだか最近、ため息ばかりついている気がします」
「……すいませんでした」
はい、そのため息は俺とめぐみんの両親のせい大量生産されたんですね?
謝るんでどうか俺にはあのトーンで怒らないでください。
ちびっちゃうかもしれない。
「本当に悪いと思ってますか?」
「はい、思ってます」
この質問されたやつは大体何かしらの要求されるんだよ。
うん、わかる。
「では、私の言うことを一つ聞いてください」
「……はい」
ほらきた。
しかし、めぐみんの事だからそこまで酷いことを俺にさせたりしないだろう。
……しない、よな?
でもめぐみん、たまに凄いSっ気発揮するんだよなぁ。
いや、大丈夫だ。
俺の心優しい彼女を信じよう。
信じれば、報われる……!
そう、神に、エリス様に、目の前の天使に願いを飛ばすと。
その目の前の天使は顔を赤くして、俺から目をそらして。
「今日1日、私が繋ぎたい時に時に手を繋いでください」
「え?」
………………。
「……なんですか?こんな事、女の子にもう一回言わせるつもりですか?」
かぁぁぁぁぁわいぃぃぃぃ!
何この子⁉︎
超萌えるんですけど⁉︎
ヤバい、抱きしめたい!
「ひゃっ⁉︎な、何してるんですかカズマ!」
「何って、あまりにめぐみんが可愛いもんだから抱きしめてるんだよ?」
「え⁉︎しょ、しょうがないですね……」
俺の急な行動を、驚きながらも許容してくれるめぐみん。
あぁ……癒される。
あったかいし、いい匂いする。
本当に、なんでなんだろうな?
皆同じシャンプー使ってるはずなのに。
まぁ、別に良いか!
ちゃんと許してもらえたし、抱きつくのもOKしてもらえたし。
しばらくこのまま堪能してよう、うん。
そう思ってめぐみんをさらに強く抱きしめると、横から気まずそうな声が。
「あ、あの……。
二人とも、私がいる事忘れてないよね?」
俺の紅魔の里の観光に、めぐみんと一緒に案内役を引き受けてくれたゆんゆんが俺たちに問いかけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まったく、あなたは空気を読むということを知らないのですか?
そんなだから、いつまでもパーティーメンバーができずにボッチなんですよ?
……あ、私はカモネギのネギ大盛りつゆだく定食でお願いします」
「ええっ⁉︎」
ここは、紅魔の里に一つだけある定食屋。
「そうだぞゆんゆん。
空気を読むってのは、良い友好関係を築く為にはとても大切なことだぞ?
……おっさん、俺はこの、季節の野菜を使った野菜炒め定食な」
「や、やっぱり私が悪いんですか⁉︎」
俺たち三人は、楽しく仲良く食事をしようとしていた。
「「うん、もちろん」」
「な、なんか納得いかないんだけど……。
え?あ、すいません。私は……えっと、この日替わり定食ってやつで」
そんな中、めぐみんは古い付き合いであるゆんゆんに、八つ当た……もとい、これから良い友好関係を築いていくためのアドバイスをしていた。
「それにしても……、ゆんゆんまで知っているとは思いませんでした。
友達とは互いに信じ合い、正直に付き合っていく事でさらに関係を深めていくものだと思っていたのですが、こんな事ではもう友達期間は終わりですね」
「ち、違うのめぐみん!別に私は、やりたくてやったわけじゃぁ……ねぇ待って、友達期間って何⁉︎もしかして、それが切れたら私たち友達じゃなくなるの⁉︎」
ゆんゆんが俺たちの意見に対して反感を持ち始めたのを察しためぐみんは、また別のネタでゆんゆんをイジりだす。
そして、今の話からも分かる通り、ゆんゆんも今回の出来事の首謀者側だったのだ。
俺たちに手紙が届く一週間ほど前にゆんゆんの元にも手紙が届いており、帰郷とともに今回の作戦を知らされたゆんゆん。
めぐみんの母、ゆいゆいから聞いた俺たち二人の状況を、隠れている残りの村人に伝えるという大役を担っていたらしい。
なんかちょっとムカついてきた。
よし、ここは手助けなどせずに、めぐみんがイジり終わるまでひたすら見守り続けてやろう。
「そうです、学生時代の恩であと三ヶ月は続けてあげようかと思いましたが、こんな事をされてはその期限も没収です」
「そ、そんなぁ……」
さ、サドみん!サドみんが誕生した……!
確かにあんな事に協力したゆんゆんをいじめたくなるのは分かるが、ボッチなこの子にこの仕打ちはキツ過ぎないか……?
もうこの子、今にも泣き出しそうな顔してるぞ?
手助けせずに見守り続けるとは言ったが、こっちまで泣きたくなってきたんだが。
……お、おい!やめろ!そんな目で俺を見るな!俺は何もしてやれない!
「……カズマ。なに他の女の泣き脅しに堕ちそうになってるんですか?浮気ですか?撃ちますよ?」
「ち、ちげーよ!ちょっと可哀想だなーって思っただけだよ!
俺はお前以外の女に惚れたりしねーよ!」
「えっ……そ、そうですか…分かりました。
それに……はい、今のは私もちょっと言い過ぎましたね」
めぐみんは俺の言葉に、顔を赤くして照れながらそんな事を言う。
うん、言ってる俺も恥ずかしかった。
勢いで言っちゃったけど、結構恥ずかしかった。
でも、漏れちゃったんだから仕方がない。
自然に口から出てきちゃったんだもん。
しょうがないよね!抗いようがないよね!
それもこれも、めぐみんが可愛すぎるのが悪い!
言葉に出していたら、バカなんですか?と冷ややかな目で言われそうな事を考えていると。
「めぐみんも、カズマさんも。どちらもお互いの言う事は、すぐに聞いちゃうんだね?」
そんな事を、ゆんゆんがクスクスと笑いながら俺たちに告げた。
「調子に乗らないでください。
なんですか、そんな態度をとって。
自分はあなた達よりも大人ですよとでも言いたいんですか?
言っておきますが、私はあなたが思ってる以上に大人ですからね?」
さっきまで泣かされそうだった事などつゆ知らず、そんな態度をとるゆんゆんに、めぐみんが言葉を返す。
「な、なによ。その胸で、私より大人だって言うの?」
「胸のことを言ってるのではありません!私はそんな外見だけの事で大人と言っているのではないのですよ!」
「そ、それだったらなおさらよ!学生時代、恋愛の『れ』の字も感じられなかったたようなめぐみんが、カズマさんとどれだけ行ったって言うのよ!」
……待ってくれ、この流れはマズイ。
ゆんゆん、お前、フラグ立てんなよ。
めぐみん、まさかお前、全て計算通りですとか言わないだろうな?
「それは……その、カズマに……女性が一度しか捧げられない物を捧げました」
「…………え?」
ほら、言ったじゃん。
「私の……初めて、です」
「!!!!!?????」
それを聞いたゆんゆんは、驚きからか、それとも羞恥からか。
顔を真っ赤にさせて、魚のように口をパクパクさせた後、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がり。
「わあああああああああ!」
泣き叫びながら店を出て行った。
「……どうすんだよ、あれ」
その事はまだアクアにもダクネスにも言ってないのに。
いや、別に言うつもりはないんだけど。
「あの子は口が硬いので大丈夫です。
心配しないでください」
「そ、そういう問題か?」
なんか違う気がするけど、もうめぐみんを信じよう。
うん、さっきも言ったけど、もうどうにでもなれ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼食を食べ終わった後、俺たちは特に目的地があるわけでもなく、ブラブラと紅魔の里の中を散歩していた。
現在、めぐみんの要求で絶賛恋人繋ぎ中。
「そういえば、先程私の部屋を出る時のことですが、あの『お義父さん、お義母さん』というのはなんですか?」
「ああ、あれか?あれは……昨日の夜、めぐみんと、その……アレを、ね?する前に、ゆいゆいさんが、『自分の事はもう実の母親のように思ってくれていいですよ』って言ってたもんだから」
めぐみんが、ふと思い出したように口から出した問いに、俺は一部照れながらも、ありのままを話す。
「なるほど、そういう事ですか。
はぁ……まったく、うちの母も結構せっかちなのですね。
もっと冷静な人だと思っていたのですが」
「まぁ、そうだな。俺のあの人の第一印象も、そんなにお茶目そうな感じには見えなかったかな」
長い黒髪に、紅魔族特有の紅い目。
その二つとは対照的な真っ白な肌と、それに見合ったあの美貌。
そして、あのスレンダーな体型。
その見た目は、まるでめぐみんの将来の姿を醸し出しているかのような姿で。
しかしそれでいて、大人特有の落ち着いた雰囲気を纏っていた。
そんな容貌から感じられた俺の第一印象は先程めぐみんが言っていた通り、冷静そうな人だな、と言うものだった。
しかし今回の出来事を経て、短い間だったがこれは確実だ、と言えることがある。
それは、やはり彼女も紅魔族だ、と言うこと。
里に住んでいるからとか、紅い瞳を持っているからとか、そんな当たり前のことではなく、お祭りごとを精一杯楽しみたいという、うちのめぐみんそっくりの性格をしていたからだ。
今回の出来事をお祭りごとというのには、俺としては少し気がひけるが、娘の恋人を迎え入れるという点では、彼女達からしたらそれはめでたい事で、どんな相手かを確認する場でもあり、お祭りごとと呼ぶにはふさわしい機会だったのかもしれない。
そう思うと、あの人たちを前より身近に感じ、少しは許してやろうとも思えた。
そんな事を考えていると、隣から俺の顔を覗いてくるめぐみん。
「……どうした?
なんでそんなニヤニヤしてんだよ?」
「……いえ、カズマの優しい表情を久しぶりに見た気がしましてね」
俺の質問に、めぐみんはそう答える。
「そうかよ……っておい、ちょっと待て。
俺っていつもどんな表情してんの?
めぐみんほど俺と一緒にいる人なんていないのに、そのめぐみんが俺の優しい表情を久しぶりに見るってなに?」
「いつもは……ですか?
えーと、何か悪い事をしようとしてる時のゲスい顔とか、筋トレをしているダクネスを見る時のエロいニヤけ顔とか、何かやらかして来たアクアを見る時の人を蔑むような表情とかですかね。
あと、少しでもめんどくさそうな事があると見せるダルそうな顔も最近は多いですね」
「……なぁ、俺、今ここで泣いてもいい?」
悪巧みして、エロい目線を送って、人を蔑むような目で見て、何事にもダルそうな顔をする。
俺は悪徳貴族かなんかですか?
他の一般市民や冒険者達よりは金は持ってるし、権力まで手に入れたら本当にそう思われてもおかしくないかもしれない。
……ヤバい、考えれば考えるほど目頭が熱くなって来た。
「うふふ、カズマは本当にからかい甲斐がありますね。
良いですよ、泣いたら私が抱きしめて慰めてあげます」
「……本当に泣いていい?」
「理由が下劣なものに変わった気がしたので今泣かれても慰めたりはしませんよ?」
……クッソ、なぜバレた!
俺の素晴らしい計画を一瞬で見抜き否定するめぐみんの言葉に、俺は地面に手をついてうなだれる。
「そ、そこまで落ち込まなくても……」
「これが落ち込まずにいられるか!
せっかくめぐみんに抱きしめて貰えると思ったのに……!」
「昨夜、あんな事までしたくせに今更ですよ?」
「え⁉︎あ、なんかすいません……」
今その話題を出すのは流石にずるいですよめぐみんさん。
俺、思い出してたら恥ずかしいのと一緒になんだか下半身が苦しくなって来たんですが?
ついでに、自分で言っておいて顔を赤くしないでください。
いつもなら可愛いの一言で済むかもしれないけど、今は気まずくなっちゃいそうなんですが。
そんなこんなで、それから暫くはお互い無言で里を歩いていた。
……や、やっぱり気まずい!
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