第29話:家族対談




 山々に囲まれた小さな村の隅っこ。

 小鳥がさえずり、大小様々な動物達が活動を始める朝。


 とある小さな家の中で、一人の少女が目を覚ます。


「……ん……ふわぁ……」


 部屋に一個だけついている小さな窓から光が差し込み、まだ少し眠気はあるものの意識が覚醒していく。


 その意識の覚醒と共に、少しずつ目を開くと、すぐ目の前にはもうすでに見慣れたあの人の寝顔。

 そしてそれは、起きている彼からは想像もつかないほど可愛らしい顔なのである。


 おそらく、私以上にこの表情を眺めている人はそれほど居ないだろう。

 居たとしても、それはこの人の家族とかであって、私のような感情を持ってはいなかったと思う。


 だから今は、この人のこの表情は私のもので。

 そしてこれからも、この人のこの表情は私のものだ。

 そう思うと、無性にも抱きつきたくなってしまう。


 彼は寝ているのだ。

 それに、抱きつくぐらい今まで何度もしている。

 いざバレても、今更何か言われることはないだろう。

 むしろ、抱き返してくるのではないだろうか?


 という事で、彼に抱きつく。

 すると、ピタッと肌の感触が伝わってきて、彼の温かみが感じられ……。


 ピタッと肌の感触……?


 い、いやいやいやいや、ちがいます。

 そんなはずはありません。

 あれです。きっと、カズマが今日来ている服がいつもと違う服だとか、そんなオチです。

 そうです、そうに決まってます。

 ええ、確か最近、カズマがニートTシャツとかいうものを買っていた気がします。

 おそらく、それを寝巻きにしているのでしょう。

 だからいつもと触れた感じが違って、勘違いしてしまったのです。

 そうですね、そのはずです。


 という事で、もう一度抱き……。


 つこうと思っても、一度そう思ってしまうとなかなか勇気がいりますね…。

 ちょ、ちょっとだけ確認して見ましょうか……?

 いや、別にどんな服を着てるか確認するだけです。

 チラッと見るだけです。

 カズマみたいにやましい気持ちがあるわけではありません、はい。


 ですから、少しだけ……。


 そう思いながら、布団をめくると……


「!!!!!?????」


 そこに広がるのは、私のパジャマのピンクでもなく、カズマがいつも着ているジャージの緑色でもなく、ましてや新しく買っていたニートTシャツの黒色でもなく。


 ただただ、二色の肌色が広がっているだけだった。


 ちょっ⁉︎

 な、なんですかこれは!

 これが朝チュンというやつなのですか⁉︎

 私たちはこんな格好で寝ていたのですか⁉︎


 た、確かに私たちは昨日、そういう事をしましたし、行為の後は疲れていて、余韻に浸っていたいとは思ってはいましたけれど、まさか裸のまま寝てしまうとは……。


 い、いや、ここはポジティブに考えるべきです。

 カズマより先に起きることができた。

 その点に感謝しましょう。

 もしカズマが先に起きていたら、私のこのナイスバディを見て興奮して、朝から『一回だけでいいからやろう』とか言い出していたかもしれません。

 あの変態なカズマの事ですから、それは十分あり得ます。

 はい、そういうことにしておきましょう。

 という事で、そうはならないようにまずは服を着なくては。


 そう思いながら部屋の中を見渡すと、よりによってパンツが一番遠くにあるという、何かのフラグとしか思えないような今の状況を理解する。


 こ、これは……、カズマを起こさないように、静かに歩かないといけませんね。


 そう思いながら物音を立てないように注意しながら歩いていると、先程のフラグはなんだったのか。

 とくにカズマが起きそうな様子もなく、無事にたどり着くことができる。


 そのことに安心して、パンツを手に取る。

 そしてそのパンツに、足を通そうとしたその瞬間……!


「『アンロック』ッ!」


 という声ともに、廊下へと繋がるドアが開かれた。

 そこから顔を覗かせる、我が母ゆいゆい。

 そしてその人物は、予想外の出来事に固まっている私に平然と。


「あらめぐみん、起きてたのね?おはよう」


「え……あ……、おはようございます」


 この人は、今のこの状況に、何も疑問を抱かないのだろうか?


「なら話が早くて助かるわ」


 話が早い……?

 どういう事だろう?


「話があるから、服を着てカズマさんを起こしたら、私を呼んでね?

 あと、まだみんなは寝てるからできるだけ静かにするのよ?」


 いや、別に疑問を持ってないわけではなかったようだ。

 これが、大人の余裕というやつなのだろうか?

 私たちに作戦会議の時間をくれるようだ。

 私も、将来はこんな余裕のある大人になりたいなぁ。


 度重なる予想外に変な感想を持ちながら私は、扉を閉め颯爽と離れていく母をゆっくりと見つめていた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 服を着て、カズマを起こし、事情を説明して、それなりに言い訳を考えた私は今、カズマともに私の部屋のど真ん中で正座をしながら、母と三人で対峙していた。

 なぜ私の部屋なのかというと、居間ではまだ皆が眠っているからだ。


「『サイレント』」


 何を聞かれるのかとドキドキしている私たちをよそに、いきなり部屋の真ん中で魔法を唱えるゆいゆい。


「あ、あの……。今のは?」


「消音魔法です。まだ朝は早いので、他の人に迷惑がかからないようにするためですよ」


 カズマのそんな質問に、ゆいゆいは淡々と答える。


「あ、あはは…。そう、ですよね。

 一応、用心はしないといけませんしね…。

 で、でも、そんな心配しなくても、別に騒いだりするつもりはありませんよ?」


「ええ、もちろん。私もそんなつもりはありませんよ。


 それを聞いたカズマの体が、一瞬ビクッと震える。

 おそらく私も、同じような反応をしていただろう。


「と、ところでお母さん。

 話というのは、一体……?」


 もしかしたら、あの事にはなんの関係もない話かもしれない。

 そんなはかない希望を抱きながら聞いてみると。


「ああ、それは……。

 カズマさん、それにめぐみん。

 昨夜は、お楽しみになれましたか?」


 その希望は一瞬にして打ち砕かれ、即死級の豪速球を放ってきた…!


 ま、まさか最初からそれを聞いてくるとは思わなかった。


「あ……、いえ……その……」


 ゆいゆいのそんな問いかけに、動揺しながらも声を発するカズマ。

 今この状況で、声を出せるだけすごいと思う。私は、体が動かすことも、声を発することもできない。


「別に、隠すことはないですよ?

 大体のことはもう、把握していますから」


 ……まあ、あんな格好をしているところを見られては当然だろう。

 紅魔族は、ただでさえ頭がいいのだから。


「それに私が聞きたいのは、そんな事ではありませんよ」


「「え?」」


 今この人は、『そんな事』と言ったのだろうか?

 娘の初めてをそんな事というような親が、この世界にいていいのだろうか?

 あと、その事についてどんな風に聞かれるのかと色々対策を立てた私たちのドキドキを返して欲しい。


「私がカズマさんに聞きたいのはその先の、責任の取り方、という点です」


「……と言うと?」


 ゆいゆいのそんな質問に、本当は答えが分かっているのだろうが、カズマは聞き返す。


「まず最初に、私はめぐみんとカズマさんが付き合う事に、反対はしていません。

 昨日のこともありますし、めぐみん自信が選んだその人に、とやかくいうつもりはありませんから」


「はぁ……」


「そしてそれが恋愛の範疇はんちゅうである限り、私は口出しするつもりはありません」


 うん、そこらへんを理解しているあたり、もし今回の出来事がなくて普通に私とカズマの交際を知った場合、すぐに突っかかってきそうな父とは違うなと思う。


「ですが、そういう事をしたのなら別です」


 そう言った、ゆいゆいの雰囲気が先ほどまでとは変わった気がした。


「カズマさん」


「はっ、はい!」


 静かで、それでいていつもより低い声でゆいゆいが呼びかける。


「娘の事を、これからもずっと、面倒見てくれますか?」


 それは、少し寂しそうな、それでいてしっかりとした強い思いが感じられるような、どっしりとのしかかってくるような声。


 その声を聞くと同時に、横にいるカズマの顔を見てみると。

 そこにあるのは、いつになく真面目な顔で。


「……はい、勿論です」


 そう、答えたのだった。


 ああああ!ヤバい、ヤバいです!

 なんか凄く胸がキュンキュンします!

 録音しといて、また何回か書き直したいぐらい今の言葉に感動したんですが!


 そんな事を思っていると。

 カズマの言葉を聞いてウンウンと納得していたゆいゆいが、先ほどまでとは打って変わって。


「それと……」


 小さな声で。


「うちの娘を受け入れてもらえたのでしたら、少しずつでいいので、うちの毎月の生活代を、サポートしていただけないでしょうか?」


 そんな、どこかの自称女神のように空気の読めないと事を、言ってみせたのであった。


「「え?」」


「うちの毎月の生活代を、サポートしていただけないでしょうか?」


「いえ、もう一度言えと言っているわけではなく……、理由をお伺いしても……?」


 ゆいゆいの急なお願いに、驚きながらもカズマは理由を問いただす。


「ああ、それはですね。うちのダメ亭主が、魔道具職人のくせにガラクタしか作らないで、全くお金が入らないんですよ。それでうちは、毎日生活が厳しくて…」


 その言葉と同時に、どこかからガタッと物音が聞こえた気がした。


「ですから、お金持ちのカズマさんに、もしうちの娘とそういう関係になるのなら、少し援助していただけないかなと思いまして」


 それを聞いたカズマの口から、『ああ…』という声が漏れる。

 私的には、全然そんな言葉では済まされないのだが。

 娘の彼氏に生活を支えてもらう親って一体なんだと、嘆きたくなってしまう。

 ていうか、そろそろお父さんも、せめて安定した生活ができるくらいのお金を稼いでから自分の趣味に走って欲しい。

 私が言えたことではないのだが。


 そんな私の親に、カズマは苦笑いしながら。


「あはは……、色々と大変なんですね。

 でもまぁ、それぐらいなら別に……」


 良いですよ、と続くのかと思ったのだが、そこでカズマの言葉は止まる。

 何を考えているのかと、私も頭を回してみると……。


 …………あっ!


「いや、待ってください。

 俺、あの貴族にお金を払ったら、そんなに貯金残らないんですよ」


 そうだ。

 今回私たちがここを訪れたのは、それが理由なのだ。


「あ、いえ、その点はご心配なく」


「「……え?」」


 いや、ご心配なくと言われても……。

 こちらにもこちらの生活があるのだから、そこは理解して欲しい。

 ていうか、もうこれ以上カズマに迷惑はかけたくない。

 もしそれでもまだ交渉を続けてあるようならば、その時はもう色々と思うところがあるので物理的に静かにさせてしまおうか?


 しかしそんな私の心配は、次に発せられるゆいゆいの言葉によって、杞憂に終わるのだった。


「その話は全部、嘘ですから」


 ピシリ


 そう音を立てるくらい急に、空気が固まった気がした。


「……もう一度伺っても?」


 そんな中、一番に声を発したのがカズマだった。

 聞き間違いかもしれないと耳を疑っている私たちとは違い、いつものようにのほほんと話し出すゆいゆい。


「その話は全部嘘ですから、もうお金の心配はしなくて良いですよ?」


 それを聞いた私は、もうそれ以上知るのが嫌になって、だんだんと遠ざかろうとする意識にそのまま身を委ねた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 俺は、一度気絶しためぐみんが目を覚ますのを待ち、今度はめぐみんの父、ひょいざぶろーも交えて四人で対談していた。


 目を覚ましためぐみんは、二人に対してそれはもうお怒りになり、今まで誰も見たことがない程の怖さを見せ、二人を(特にひょいざぶろーを)何も言えなくなるほどに静かにさせていた。


「では二人とも、一から十まで、すべて洗いざらい吐いてください」


 それは、いつもより低いめぐみんの声。

 そんな声を発するめぐみんの瞳は、かつてないほどに紅く輝いている。


 ……こ、怖ぇ。

 俺、将来尻に敷かれたりしないかなぁ?


「さ、最初はただ、めぐみんの彼氏がどういう人物かを知ろうとしただけだったんだ」


 めぐみんの真っ赤に光る目に怯えながら、ひょいざぶろーが話し出す。


「でも、話しているうちにだんだん盛り上がってしまい、ドッキリみたいな形にしようという事になり、里にいる作家志望の子に、大体のあらすじを書いてもらったんだ」


 それを聞いためぐみんは、『……あるえですか……後でしばきます』などと物騒なことを呟いた後、ひょいざぶろーに続きを話すように促す。


「それで、まずは娘を守れる強さが必要だという事になり、強いモンスターが揃っているアルカンレティアからこの里までの道を、歩いて来させようという事になった」


 ……まぁ、それは分かる。

 自分の娘を守れる力がないやつに、娘を渡したいとは誰も思わないだろう。


「次に経済力だ。という事で、事前に聞いておいたあらすじを元に、あの貴族のドッキリを仕立て上げ、調べる事にしたんだ。

 要求額が君たちの予算ギリギリなのは、うちの里に凄腕の占い師がいて、その人に占ってもらったからなんだが、最初にあの金額を聞いた時は正直疑ってしまったよ」


 するとめぐみんは、『ふざけるな』とでも言うかのように床をバンと叩き、ひょいざぶろーを睨む。


「ひっ……あ、あと、里全体が静かだったのは、このドッキリの事を族長に説明したら、族長もノってくれて、里全体でドッキリに協力してくれるという事になったんだ」


 そ、そろそろ可哀想だからやめてやれよ…

 ていうか、この里の人々は、なんでそんな事に真面目に取り組むのだろうか?

 そんな事を思っていると、今まで黙っていたゆいゆいが喋りだし……。


「そして、娘を守れる実力、経済力、最後に家で話した時の印象を経て、この人なら大丈夫だと思ったら、夜に二人を同じ部屋に入れ既成の事実を作り、うちに援助をしてもらおうと言う作戦だったんですよ」


 うん、どれも娘の交際相手には必要なものだけどね?

 それを知るための方法、もうちょっと常識的な感じにしてほしかったな。

 ちょっと二人とも一発ずつ殴りたい。


 そしてそれを聞いためぐみんは、呆れたように『はぁ……』と深々ため息を吐き。


「……それでもう、本当に全部ですか?」


「ええ、これで全部よ」


 それを聞き終えためぐみんは、こちらを向いて。


「カズマ……、うちの家族が、本当に迷惑を掛けました。すいませんでした」


 いつもならどんな謝罪でも、すぐに頭を上げろと言うのだが、今回はさすがに謝らないと気が済まないだろう。


 俺はそんなめぐみんの頭を、できるだけ優しく撫でてやり、改めてこの紅魔族夫婦の方を向く。


「ゆいゆいさん、ひょいざぶろーさん。

 この家にはこめっこもいますし、これからはそちらに、毎月の援助は出します。

 ですから、もう今後そういうことはやめてくださいね。周りはもちろん、一番迷惑がかかるのはめぐみんなんですから。そこら辺のこと、ちゃんと理解してあげてください」


「「え…、あ、はい。ありがとうございます。すいませんでした」」


 ん?何を怖がってるんだ?

 俺、そんなに怖い顔してるのか?


 いやぁ、自分では抑えてるつもりなんだけど、たまにしちゃうんだよなぁ。


「ほら、そろそろめぐみんも顔上げろって。アクアとダクネスにも謝りに行くんだろ?

 俺も、一緒に行ってやるからさ」


「……はい、ありがとうございます」


 そう行って俺は、めぐみんの手を引きドアに手を掛ける。

 俺に手を引かれるめぐみんは、未だに二人を睨んでいる。

 ……いやひょいざぶろーさん、あんた幾ら何でも怯えすぎだろう。

 ここは俺だけでも、最後は笑顔で締めようか。


「では、お義父さん、お義母さん。

 これからも、よろしくお願いしますね?」


「「……は、はい」」


 あれ?もっと怯えちゃった?

 なぜだろう?

 自分にできる精一杯の笑顔をしたつもりなんだが……。

 まぁ良いか、そのうち治るだろう!


 そんな事を思いながら俺は、手を掛けていたドアノブを回し居間へと向かった。






 



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