終わりに

愛を凍らせて

 隣で眠るノスフェラトゥを見下ろしながら、レオは短く息を吐く。


 薄手の毛布からかすかに覗くしなやかな筋肉。相変わらず色は石膏を思わせるほどに白く、それでいてつるつるして見える。


 膝を抱えたまま、レオはじっとその寝姿を眺めていた。


 飽きるか否かと問われれば、答えは後者だ。この男は面白い。

 なにがどう面白いかと問われれば、これまた説明するのにひどく苦労するためここでは敢えて割愛させていただくこととする。


 幾億の夜を共にし、こうして同じ顔を眺めている。


 ほんの少しだけ周囲の状況が変わり、今までのような暮らしもできなくなりつつある。空には見たこともないような巨大な乗り物が飛んでいるし、移動手段もついに馬ではなくなった。時代の波はいつでも我々を翻弄し、全てを上書きしてゆく。


 呑気に眠っているこの男も、その上書きされゆく世界に随分苦労しているようだ。

 これからも、もっとたくさんの波に襲われて、そのたびに何度も何度も苦労を重ねてゆくのだろう。


 ――共に。


 レオは最終的に辿り着いたその答えを、素直に受け入れておくことにした。

 身体の老いを知らないふたりが、心まで変化しないわけじゃない。


 だからこそ、思う。


 これからの二人のために、今持ち合わせている愛をほんの少し凍らせておきたい。あとから取り出して、眺めて、腹の中にしまい込めるように。


 今の愛が、おそらく過去最高。だから、最高の状態をちゃんと思い出せるように。


 レオはそっとコルラードの髪を撫でてやり、それからふっと笑った。


 記憶も何もかも凍らせて。

 永遠に、この愛を凍らせて。

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遊戯 ―trastullo― 依田一馬 @night_flight

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