第三章 紊乱 Disordinarsi. (4) 報復のための

***


 玄関の戸を開けると、まだ陽があるというのにコルラードが起き出していた。歩き疲れているレオの表情を見るなり、突然がばりとその身体を抱きしめた。

 驚きのあまり目を白黒させていると、頭上から微かに震える声が降り注ぐ。


「よかった。急にいなくなるから、心配した……」


 そこまで言われてしまうと逆に恥ずかしいものがある。思わずレオの頬はかあっと紅潮してしまった。

 ぽつりとコルラードが囁く。


「悪かった。ちょっと言い過ぎた」

「なんでお前が謝る必要がある」


 彼の言うことは決して間違いではないのだ。それが分からないほど、レオは莫迦じゃない。正論だからこそ、レオは何も言えなかった。ただそれだけなのだ。


 むしろ悪いのは、この自分だということもすべて承知の上だ。それでも、まだ正直に謝ることも感謝の言葉を告げることもできないでいる。彼を疑うことで己を保身している。

 こんなに醜い自分が心底嫌でたまらなかった。


「……苦しい。いい加減離せ」


 あまりにきつく抱きしめられていたので、とうとうレオが根を上げた。


 その指摘に、はっとしてコルラードは腕の力を緩める。ゆっくりとレオが顔を上げると、心配そうに顔を歪めるコルラードの表情がそこにあった。


 優しくするのも、悲しそうな顔をするのも、これも、報復のための演技なのだろうか。


 ならば尚更、つっぱねてしまいたい。脇下の短銃を抜いて、喉元に突きつけてやりたかった。今なら上手くいくかもしれない。所詮彼にとっては、これも『お遊戯』でしかないのだろう。

 そうだと言ってほしかった。言ってしまえば、あとは楽になる。醜い自分に徹することが出来る。だから、とレオは身体の横で強く拳を握った。


 さあ、言えよ。コルラード・インフォンティーノ。いつもみたいに『お遊戯』って言え。


 その時、コルラードの表情が消えた。レオ、と掠れた声が容赦なく降り注ぐ。


「君に見せたいものがある。ついてきてくれるかい?」


 それはあまりに意外な言葉だった。

 さすがのレオもこれには驚き、目を丸くしている。一体どういう話の流れでこうなったのかが理解できない。


「と、いうか」


 そこでコルラードはようやく表情を崩し、いつもの苦笑したような困った表情を浮かべた。


「俺ひとりで見に行ける自信がないんだ。絶対君に損はさせないから」


 しかしながら、そういうコルラードの様子はいつも通りではなかったのだ。レオは戸惑いながらも、それに了承することにした。この違和感の正体はいったいなんだろうな、と考えていると、コルラードがそっとレオの手を握った。


 そこでもうひとつ、異変に気が付いた。


 見たことのない指輪が、彼の右人差し指に嵌められているのだ。鈍色の光を放つそれには随分凝った彫金が施されていた。今まではこんなもの、ただの一度も嵌めていなかったと思うのだが。


 はて、と首を傾げるレオに対し、コルラードは敢えて何も言おうとはしなかった。

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