第9話潜伏

 冬虫夏草な肉体は、ただひたすら動かない。

 ギリー・スーツは自前の草も混じっているし、その辺の草を浸食後、木属性の魔法で取り寄せ、成長促進魔法で増やす。

 周辺の木にも同じようにカモフラージュを施し、影武者となるように、厚みも出した。

 木々も浸食していく。木はとても強く抵抗して来るので、完全浸食には時間が掛かる。

 肉体の顔に泥のパックを塗り、肌の艶消しと体臭を誤魔化す。

 荷物は木のうろに隠しておく。

 後は精霊や悪魔に注意しておこうか。モンスターは根っこで追い払えるだろう。


 潜伏して二日目。

 問題はまだ無い。

 猿を撃退したくらいか。


 潜伏して五日目。

 蜘蛛やスライムを撃退。

 捜索隊とは別のエルフが近くまで来たが、やり過ごした。


 潜伏して一週間が経過。

 グリーン・ドラゴンが真上を飛行している。

 怖い。威圧感がヤバいなぁ。


 潜伏して十日。

 捜索隊がやって来て、俺がいる近辺を調べている。

 しかし、その途中で狼二匹と戦闘が始まった。

 エルフ達は冷静に、弓矢と魔法で仕留めていく。


 潜伏して十二日。

 木に登ったりするも、ニアミス。地面を掘り返すが何も出ない。

 どうやら捜索隊は、靴の片方を見つけただけのようだ。

 それからドラゴンと会話したが、めぼしい情報は無かった模様。

 捜索隊は食い下がって、テリトリー外を承知の上で、普段と違う場所が無いか聞くと、ドラゴンは軽く飛び回ってみたらしい。お願いの対価は香辛料のようだ。

 で、この辺りに違和感があるとの事なので、捜索隊がやって来た。

 道中も頻繁にモンスターが襲って来たりした上、捜索が思った以上に長引いてしまい、魔物避けの結界に使う魔石が尽きたまま、捜索は続けられたのだ。

 同胞の亡骸を見つける執念なのか、遺族の意向なのかまでは分からない。


 翌日の朝方、捜索隊は引き上げていった。

 遺体は残念ながら、モンスターに食われたとでもいうのだろう。遺品は片方の靴のみだが、何もないよりはマシ。

 兄は同胞を死なせたので、集落を追放処分になるそうだ。ちなみに来ていないのは、牢屋に入れられているっぽい。

 何でも、ムダに威力が高い魔法を使い、その反動で崖崩れが起きたので、その責任追及が終わっていないのだと。

 意図していなかったとはいえ、地形を変えるという事は、エルフの流儀的にもよろしくなく、同胞を死なせた事と合わせると、エルフの集落を追放されるのも致し方無いのだそうな。

 いやー、断片的とは言えど勝手にあれこれと、エルフの一人が喋ってくれるから助かります。

 ほとんど繋げただけだが、推測が捗ったのなんの。

 追放はまだ甘い部類で、奴隷商人に売られても文句を言えないし、集落共有の奴隷にされ、死にたくなるくらいの労働を強いられる。

 死罪でないのは、死人では利用も出来ないから。

 エルフ怖いなぁ。

 もっとも、追放されると、一人で生きるしかない。人間の奴隷として捕まる可能性が高く、無傷で引き渡されるか、抵抗虚しく見も心もボロボロになるか、という違いでしかない。

 しかも、可哀想な事に、情報はリークされているので、奴隷商人はいつでも追放されたエルフを捕まえられるのだ。

 凄く、腹黒いです。


 小説のエルフ像と似ている部分はあるが、やはり現実の方が小説よりも奇なり。

 おそらく、このエルフ達が住む集落だけでなく、エルフの全体そのものが、大自然のためなら同族すら売り渡す、という考え方なのだろう。

 でなければ、妹を見殺しにしたという精神的苦痛を癒させないまま、追放処分にするとか重すぎる。

 罰と罪と苦痛、恨み辛み、親の失望に将来性の絶望。何もかもが天秤にすら掛けられず、情状酌量の余地や弁明すら用意されない。

 ちょっと厳し過ぎないかなぁ。一度の失敗や失態で、お先真っ暗にも程があるぜ。

 うーむ、エルフ怖い。

 そんな連中の肉体を、冬虫夏草しているとは。バレたらヤバいな。


 木の浸食には二週間ほど掛かった。草花の浸食には、魔力操作も手伝って、さほど時間は掛からない。

 さて、武器を整えよう。いつまでも木の棒では、少し心許ない。

 砂鉄の鉄塊を、金属属性の魔法陣の上に置き、刃物のような形状に変形させる。

 出来上がったのは、小さくて歪なノコギリ。カトラリーのナイフが近いか。

 浸食した木の枝を、数本切り落とす。

 表皮や葉を削ぎ、それらが細かくなるまで刻むべく、風属性の魔法陣に乗せ、結界の魔法陣を併用し、連続で起動させる。で、刻んだモノを消化液で溶かす。殺菌消毒と繊維を柔らかくするのが目的だ。

 枝を削り、形を整える際に出るおが屑も、消化液に浸しておく。

 出来た木の繊維を、平たく延ばして乾燥させると、紙のようになる。品質は悪いが、無いよりはマシだろう。メモ帳代わりに使ったり、重ねていけば厚みも出てくる。

 厚紙は強度が紙よりも上だし、加工次第では段ボールにもなる。紙は幅広い用途で使えるのだ。

 粗悪品でも、それは加工する手間が増えただけで、本質的には変わらない。


 しかし、紙が出来るまでは時間が掛かる。とは言え、それは副産物に過ぎない。本命であるのは武器だ。枝を加工して、木刀や木製バットを、数本作り出す。

 砂鉄の塊を、金属属性の魔法陣を用いて、細長く変形させ、長さや大きさが不揃いな、釘を量産する。

 そう、釘バットを作るのだ。これで撲殺という選択肢が増えた。


 釘バットは結構な殺傷力を持つ。バットだけなら面による打撃だが、側面に打った釘という、点の要素によって、打撃エネルギーがより一点に加わりやすくなる。必然として、クリティカルが出やすくなると言えよう。

 更には、釘の部分が食い込むと、そのまま遠心力によって、肉を抉るように引き裂く。クリティカルじゃなくても、大ダメージは免れない。

 点と面の相乗効果に、遠心力が乗った打撃力。凶悪な組み合わせであり、鬼に金棒とは良く言ったものだ。


 別の木から枝を強奪し、板のように加工して、ウェポン・ラックを組み立てる。

 このウェポン・ラックは幅が広く、盾代わりにも使えるし、振り回せばそのまま鈍器にもなる。

 本来は重くて引き摺ってしまうのだが、根っこを地面から生やして、根っこごとラックを自走させている為、運搬は非常に楽になっていた。

 そのまま引き摺っていくと、跡が残る。車輪でもそう。だが、根っこが生えた跡を、揉み消すのは容易い。


 本当なら鍛治の真似事をやってみたかったが、燃え移ると焼け死んでしまうし、煙が出てしまう。また、モンスターを引き寄せやすくなるし、警戒が疎かになる。

 バットを作る間にも、三回ほど蜘蛛や猿が近付いて来た。

 紙の加工も時間が掛かるので、ほぼ着きっきりとなる。

 大きな結界を張れば、やはり誰かがいると思われるだろう。


 ザコのモンスターに見つかるのは仕方ない。

 だが、ドラゴン等の上位種、または猿や狼のボスに、見つかるのだけは避けたい。

 勿論、エルフにも関わりたくない。

 俺はただ、気ままな暮らしを送りたいだけだ。

 しがらみや思惑、陰謀の渦中は、遠巻きに眺めておきたい。

 戦争等にも加わりたくない。が、事の顛末だけは知りたい。

 大抵の場合、自由気ままに生きるにしても、チカラが必要となる。他人からあれこれ言われたくなければ、それこそ武力で黙らせるしかない。

 しかしながら、俺は雑草だ。

 武力に頼らずとも、そこそこ生きていける。植物が中心となる話題なんて、花粉症や食料の自給率くらいだ。

 ダンジョン物語だろうが、勇者と魔王の物語だろうが、植物が大々的に活躍する事の方が、少数派となっている。

 せいぜいが小麦がどうの、米がどうの、ポーションがどうのである。

 脇役の中の脇役だから、出番は少ないが、生存率がとても高い。だって、出番が終われば役割も終わる以上、死ぬ事もないのだから。

 世界が未曾有の危機にひんしたとしても、植物に出来る事は光合成で酸素を吐き出し、二酸化炭素を吸収するくらい。

 もしくは、食料を提供する程度。しかも強制的に。

 テメェらに食わせる為に、実らせた訳ではないというのに、勝手に収穫していく。

 つくづく、人間は身勝手だと思わされたもんだ。


 だからこそ、俺は気ままに生きてやる。

 存在をなるべく隠蔽して、他者との交流を控える。

 この二つを守るだけで、フラグの建設は著しく滞る。

 存在の隠蔽に必要なのは、目立たない事と出歩かない事だ。もっと言うと、ほぼ動かない雑草ライフに戻ればいい。森から出る必要も無くなるし、そこで生涯を終えれば隠蔽も完璧となる。


 まぁ、偶然とは言え、冬虫夏草をしている内に、欲が再び芽生えたのも事実。

 エルフに擬態して、町へと向かう事も出来るだろうし、チカラを着けてドラゴンを倒し、この森を巡る覇権争いへ参加してもいい。

 やり方次第では、それこそ魔王にも成れるだろう。


 まぁ、与太話はどうでもいい。実際問題として、どう動くかはいまだ未定だが、情報収集にチカラを入れたいところだ。

 情報源としては、エルフが妥当だろう。

 狩猟や採取にやって来る際に、会話を盗み聞きしたり、自作のアイテムをわざと拾わせて、その反応を見てもいい。

 情報は鮮度が命というものの、それは重要度が高いモノに限る。または、その情報に価値を見出だした場合だ。

 例えば剣を拾ったのが兵士か商人かで、剣の価値は変わる。兵士なら手入れして使ったりするだろうが、商人なら剣の造りを見て、転売する値段を決める。鋳型の剣でも性能が保証されるなら、鍛治職人に量産を頼んだりもするだろう。

 見る人によって、情報や価値の生死が決まるのだ。

 そこから推測が立てられるし、裏付けも取りやすくなる。


 よし、植物の観察が終わったらそうしよう。

 潜伏中に編み出した、オーラを飛ばして周辺を探り、植物独特のオーラを感知すると、テリトリーはまだ先のようだ。

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