第31話〜第35話 ま行

第31話 まちのなかに  またにてぃ



ある夕方 公園までの散歩道 前から女の人が歩いてきて

彼女は お腹の大きな 妊婦さんのようだ 

とっても幸せそうな 彼女の表情に ぼくも なんだか 幸せを感じた 

そして 妊婦さんと すれ違った


「あれ?」


ここはエンタルプログラムの世界 妊婦さんなんて  いるはずがない


その夜 エナに聞いてみた


「妊婦姿の アバターなんて あるのかい?」


「そんなの ないわよ。」


「でも さっき 妊婦さんに あったんだ」


「それは あなた 幸運ね 何かいいことが あるわよ」


エナの話によると 妊婦姿のアバターは 何か良いことが起こる 

前兆として 偶然生まれる  虚像因子であり  幸運のアバターなのだそうだ


「ほんとうに いいことなんて あるのかなぁ?」


と疑うと エナは ぼくの頬に近づいて


「チュッ ほらね いいこと  あったでしょ」


とおやすみのキスをした



真夜中のこと 物音で目がさめた

ベッドの枕元に あの妊婦の 女の人が立っていた


<驚かせて ごめんなさい>


と妊婦が言った 

いや 話しているのは彼女ではない


<わたしは もうすぐ 産まれなくては いけないの>


そう お腹の赤ん坊が 話しているのだ


「君は 誰だい?」


と聞いてみた


<もうすぐ あなたに 会うはずよ>


「何の用だい?」


<ヴァナビーはともだち?>


「うん とっても 大好きな いいやつさ」


<彼がいなくても あなたたちは ずっと ともだちよ>


「彼は どこかに 行っちゃうのかい」 


<いいえ ずっといっしょにいる ことになるの>


「なら 平気さ」


<彼を 拒まないで 彼を 受け入れて>


そう言うと 彼女は消えていった



つづく




第32話 みかくにん みちなる みもと


「エナ ヴァナビーの家は どこにあるか 調べてくれないか」


夢の中の妊婦の  言うことが気になり 調べてみることにした


「ヴァナビーって?」


「エナ 忘れたのかい? いっしょにチクオンを 作ったじゃないか」


エナは不思議そうな  顔押していた


また 食べ過ぎか何かで プログラムの処理が  滞っているようだ

ぼくは エナのコンピュータで 住人データを調べた


「エナ ヴァナビーのデータが 入っていないよ」


仕方なく ぼくは ヴァナビーを探しに出た 

きっと また 公園で 歌っているに違いない


公園に到着し ヴァナビーを待った


しばらくして ヴァナビーが 現れた


「やぁ ヴァナビー 君のデータが エナのコンピュータに 

入っていないんだ  君のIDを借りれるかい ぼくがやっておくよ」


ヴァナビーは ポケットから IDカードを出して ぼくにわたした


「ところで ヴァナビー 君はどこかへ 行くのかい?」


と聞くと ヴァナビーは首を  横にふった


「どこへも 行かないよ」


「そうかい データ入力は すぐ済むから ここで待ってて」


ぼくは ヴァナビーにそう言って すぐに家に帰った 


家に着くと エナに ヴァナビーの IDカードをわたした


「エナ 彼のデータの入力をお願い まったく君は 

住人の データ入力を忘れるなんて」


エナは コンピュータに ヴァナビーのデータを 入力しはじめた


「ねえ これ おかしいわよ」


「ぼくが やるよ 君は少し 調子がおかしいようだ

休んでるといいよ」


ぼくは コンピュータに  ヴァナビーのIDを入力した

出てきたデータは ぼくのデータだった


「おかしいなぁ」


カードの番号を確認してみて 驚いた


123581321345589


たしかに このフィボナッチ数列の 番号は ぼくのものだった


「エナ 何か 手違いが あるようだよ しょうがないなー」


ぼくは ヴァナビーにIDを返しに

公園に行ったが 

ヴァナビーは 待っていなかった



おしまい




第33話 む



気がつくと 真っ暗な中にいた そこが 部屋なのか 

外なのかもわからないが 風もないし 物音ひとつない

ぼくは 目を開けているのか 閉じているのか  それさえも わからない


ここは 現実の世界なのか エンタル世界か  


真っ暗な中で ぼくは 歩いた 歩いても 歩いても 

障害物は何もない しまいには 足が地面に ついているのかも

宙に浮いているような 気分にさえなった

服を着ている感覚も  なくなってきた


ここは夢の中なのか きっと夢を見ているのだろう

夢ならきっと そのうち  覚めるはずさ 五感はすべて 閉ざされた

頼れるものは ぼくの意識だけだ


だが この意識は ぼくのものなのか 誰かの意識の中にあるものか

ぼくの存在すら 証明するものは 何もない


ただ 真っ暗な 真空の中で 漂っている 1個の物体に なってしまった

しかし これが肉体に宿っている ものか  それも もうわからない


ぼくは とうとう 





になってしまったのだろう



おしまい




第34話 めいそう  めいきゅう



ヴァナビーが 夢の中に出てきて ぼくにたずねた


「君は いったい 誰なんだい」


ぼくは ヴァナビーに言った


「それは こっちが聞きたいよ ヴァナビー 君は何者なんだい

君のIDはぼくの番号と 同じなんだよ どうしてだい」


「君は いったい 誰なんだい」


もう1度 ヴァナビーは ぼくに聞いた


「ヴァナビー 君は 加藤なのかい? 

ぼくに会いたくて ここに来たのかい? それなら そう言ってくれ」


「ぼくは いったい 誰なんだい」


今度は そう言った


「加藤なのかい?」


彼は答えなかった


「明日 ライブをやるよ 先生  来てくれるかい?」


ヴァナビーは言った


「公園で 歌うのかい?」


ヴァナビーは 返事もせずに 消えてしまった



つづく




第35話 もうひとり もうひとり



夢の中の ヴァナビーの 言うことが気になり

ぼくは 午後から 公園へ行った


ヴァナビーが 公園で待っていた

ぼくがベンチに座ると 彼はギターを持って  歌いはじめた

どこかで聞いたことのある曲

ヴァナビーは ナチュラルな  ギターの音で 優しくメロディーを奏でた


すると それを聞きつけて 公園にゾロゾロと人が集まってきた

聞いている者は うっとりと ヴァナビーの歌に聞き入っていた


曲が終わると ヴァナビーは アンプのつまみを回した

アンプはギターの轟音を発し スピーカーからは ヴァナビーの

切り裂くような声が放たれた


ヴァナビーはいいたいことの 全てを歌っている 


そのとき 観客たちが乱入し アンプの電源を抜いて 

ヴァナビーを  取り押さえにかかった

ヴァナビーは アコーステックギターに持ち替えて 歌い続けた

ギターを取り上げられても 歌うことをやめなかった


彼のいいたいことにも  耳を傾けず うるさいというだけで 

奴らはヴァナビーの歌を やめさせた


ぼくは その光景を・・・

思い出した


ぼくは ステージにあがって 転がっていた  エレキギターを持ち

歌を歌った ヴァナビーといっしょに 切り裂くような声で 

歌いたいことの 全てを歌った


観客たちは ぼくたち2人の歌に 圧倒され  じっと静かに聞いていた

辛かった幼き日のこと 苦しかった昔のこと  

不安な未来のこと すべてを吐き出した


気がつくと ヴァナビーは消え ぼくは ひとりで歌っていた


観客の中に エナがいた


「おかえりなさい」


エナはそう言って ぼくを抱きしめた



おしまい

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