フライドポテト

 今回は中世の食文化に触れない。


 じゃがいもがヨーロッパにもたらされたのは16世紀だ。フランスで食材として普及したのは18世紀。だからリアル中世だとフライドポテトはあり得ない。


 でも、中世ヨーロッパ風異世界ならフィクションだし、ファンタジーだし、いいんじゃね。


 そう、じゃがいも料理をするのはいい。前回述べたように揚げものをやるのもいい。不思議でならないのは、どうして比較的簡単なポテチではなくて、美味しく作るのが難しいフライドポテトなのか、という点だ。


 フライドポテトは慣れていないとなかなか上手く出来ない。表面はカリっと、中はほくほくに仕上げなければならない。揚げ過ぎたらぼそぼそになるし、温度が低ければ油がきれずベチャベチャになってしまう。


 その点、ポテチは比較的簡単だ。出来るだけ薄くスライスしたじゃがいもを、焦げないよう油温に注意しながら、ほぼ完全に水分が抜けるまで揚げればいい。


 ポテチは袋入りの既製品を買うもの、というイメージが強いのだろうか。ありふれたスナック菓子だから飯テロにもならないのだろうか。


 それにしても、なぜに異世界でフライドポテトなのか。中世ヨーロッパ風の世界であっても、じゃがいもが存在し、揚げものもあるなら、フライドポテトだって主人公が作るまえからあって不思議はないと考えたくなる。となると、リアリティとか説得力を犠牲にしてまでもフライドポテトを登場させる理由があるのだろうか……


 たしかに、フィッシュアンドチップスのチップスはフライドポテトのことだし、アメリカンなハンバーガーのお約束でもある。フレンチフライとかフレンチポテトと言うくらい、現代フランスでも好まれているものだ。ステーキ、鶏のロースト、ムール貝の白ワイン蒸しなどには必ず添えられる。でも、日本ではそれほど大人気というわけでもないような気がするのだが、ラノベの読者層はフライドポテトが大好きなのだろうか。


 ところで、フライドポテトの味つけをどうするのか? 塩を振るだけ? それともトマトケチャップとマスタードを添える?


 一般にマスタードと呼ばれているのは、アブラナ科の植物マスタードの種子を粉末にしてヴィネガーで溶きのばしたもの。中世以来あまり形態に変化のないソースの一種だ。中世にはヴィネガーではなくヴェルジュ(未熟ぶどう果汁)を使うのが主流だった。現代でもこのタイプのマスタードの瓶詰めは売られている。


 トマトケチャップ、これはなかなか難しい。そもそもトマトも南アメリカ大陸から16世紀ごろにヨーロッパにもたらされたものだ。そのトマトとヴィネガー、砂糖を主材料にしたケチャップが普及したのは20世紀になってから。けっこうモダンなソースなのだ。それ以前だと刻んだマッシュルームを塩漬けにしたものがケチャップと呼ばれていた。


 異世界ファンタジーでトマトがあるという設定なら、主人公はケチャップを作りたくなるかも知れないのだが、相当に困難だと思う。ケチャップに向いた品種のトマトを使わないと上手くいかない。うろ覚え、雰囲気でなんとなく素人が作れるようなものではないのだ。


 トマト自体はじゃがいもよりも早く栽培が広まった。16世紀末に出版されたオリヴィエ・ド・セール著『農業経営論』という本で言及されている。もっとも、「あまり美味しくない」と書かれているが……


 フランスでは19世紀になると食材としてのトマトが大流行し、料理書にはあたりまえのようにトマトソースのレシピが載るようになる。


 じゃがいも、トマトと同様に16世紀ごろアメリカ大陸からヨーロッパにもたらされたものに、いんげん豆がある。さやいんげんも豆のほうも現代フランス料理ではとてもよく使われる食材だが、その程度の歴史しかない。中世フランスで豆といえば、えんどう豆、そら豆、レンズ豆が代表的だった。とりわけ好まれたのはえんどう豆。中世はもっぱら半乾燥状態の熟した豆が好まれたようだが、17世紀になると若どりの未熟な豆––グリンピース、フランス語だとpetits poisプチポワ––のレシピが多くなる。


 いんげん豆もグリンピースもラノベで見かけることはないので、ここでは無駄知識ということになろうか。


 無駄知識ついでに、フランスでじゃがいもが普及するとそれに押されて栽培がめっきり減ってしまった野菜がある。パースニップという。日本語では白にんじんとかアメリカボウフウと呼ばれる根菜だ。こんなもの、ほとんどの読者は知らないだろうからラノベに登場することもまずない筈だ。美味しいんだけどね。

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