カラアゲ

 カラアゲは英語だとfried chickenフライドチキンだが、唐揚げと書くにしろ、空揚げと書くにしろ、ひと口大に切った鶏肉を醤油とにんにく、生姜などで下味を付け、小麦粉をまぶして油で揚げたもの、というのが一般的な理解だろう。片栗粉をまぶしたものは竜田揚げと呼ばれる。対してフライドチキンのほうはファストフードチェーンの商品に代表される、スパイス各種入りの小麦粉をまぶして揚げたもの、か。


 中世ヨーロッパ風の異世界で料理するとなると、もちろん後者は簡単に実現できるだろう。前者については、醤油をどうするかが問題か。大豆(に似た豆)を魔法で醗酵、醸造するという作品もあったが、そこまで徹底しないなら、ガルム(魚醤)を使うか…


 もっとも、ガルムはローマ時代のもので、ローマ帝国とともに滅びてしまったわけだから、リアル中世ヨーロッパにはなかった。一方、17世紀以降になるがイギリスにはketchupケチャップと呼ばれる塩蔵した魚の調味料はあったし、ウスターソースの原料には塩漬けのアンチョビが使われていた。


 調味料としての醤油のポイントは、塩味、うま味、香りだろう。うま味については、大豆から作られる醤油はグルタミン酸、魚醤はイノシン酸によるものだ。揚げものは料理としては大雑把な部類に入るから、うま味の性質が多少違うくらいは気にならないかも知れない。問題は香り。発酵食品の香りは原材料と微生物に依るわけで、こればっかりはどうにもならない。


 大豆はいまでこそ世界のいろいろな地域で栽培されているが、20世紀になるまではもっぱら東アジア限定の作物だった。


 リアルのヨーロッパ世界に日本の醤油がもたらされたのは17世紀のこと。もちろん長崎からオランダへ渡ったわけだ。


 ラノベの異世界でも、どこか遠方に日本と似た食文化を持つ国があり、主人公が活動している地域と交流はあまりないが、皆無というわけでもない、だから醤油や味噌が手に入る、という設定にしてしまうのもアリだろう。


 ただ、現代でこそフランスの高級レストランの厨房にはあたりまえのように醤油が常備されていたり、スーパーマーケットで普通に棚に並んでいるが、そうなったのはほんの十年前かそこらのことだ。つまり、醤油がフランスにもたらされてから一定の市民権を得るまで300年はかかったわけだ。


 つまりは、モブを含めたキャラ達がひと口食べただけで即座に醤油味に夢中になる可能性は低いことになる。


 にんにくは、近現代フランス料理、イギリス料理ではあまり使われないが、スペインやイタリアでは普通に使うし、中世からあった。生姜は中世の料理では必須食材といってもいいくらいのもので、乾燥させた生姜の粉末が香辛料商で売られていた。『ル・メナジエ・ド・パリ』には「生姜の粉500グラム9ソル……シナモン250グラム5ソル」(ソルは通貨単位)とある。


 油で揚げること自体は、リアル中世でもまったく問題ない。ただ、深い鍋にたっぷりの油を熱して、というのはちょっと難しいだろう。このあたり、揚げものが奈良時代からあった日本とはいささか事情が違う。


「揚げる」に相当する語は英語だとfry、フランス語はfrireフリールだが、フライパンのことをfrying pan、 poêle à frireポワル ア フリール (後者は通常、たんにpoêleとだけいう)と呼ぶことからもわかるように、「鍋に油を入れて熱し、食材を投入して加熱調理する」のがもともとだ。その際に油の量が多いか少ないかを区別する言葉はない。揚げるのもソテーするのも同じ語で表現されていたのだ。目玉焼きを英語で fried eggフライドエッグ と呼ぶことからもわかるだおう。


 だからといって、リアル中世ヨーロッパに揚げものがなかったかというとそんなことはない。ベニェ(イギリスだとフリッター。フィッシュアンドチップスのフィッシュの方がそれ)という溶いた小麦粉の衣をつけた揚げものは中世からあった。『ル・メナジエ・ド・パリ』には「牛骨髄のベニェ」とカワカマスという淡水魚の卵のベニェのレシピが載っている。


 揚げ油はレシピによって植物油だったりラードだったりする。実際問題としてラードの方が多かったように思うが、それはラードの使用頻度が圧倒的に高かったからだ。炒める、ソテーするというような場合はほぼ確実にラードかバターを使う。


 たっぷりのバターで揚げるのはコスト的にいかがなものかとは思うが、中世料理でないにしても、仔牛肉のヴィーナー・シュニッツェル、ミラノ風カツレツはバターを使うことが多い。薄く叩いた仔牛肉にパン粉衣をつけて、多めのバター(またはラード)で「揚げ焼き」したものだ。


 さて、適当な大きさに切り分けた鶏肉(あるいはそれっぽいモンスターの肉)に下味をつけてから小麦粉をまぶし、たっぷりではないにせよラードなり植物油を熱した鍋で揚げる。異世界カラアゲの完成だ。


 ところでリアル世界とりわけアメリカ合衆国では、20世紀になるまで、フライドチキンが労働者階級の食べ物とされていた事実がある。もっとはっきり言うと、18〜19世紀にフライドチキンは黒人奴隷たちの料理と見なされていたのだ。ヨーロッパ中世とは隔りがあるとはいえ、こういう歴史を知るといささか微妙な気持ちになる読者もいるだろう。


 また、高級フランス料理の伝統では、鶏は胸肉だけを可食部として扱うことも少なくない。鶏モモ肉の大好きな現代日本人にはちょっと理解しがたいことかも知れぬが、逆に、クラシカルなフランス料理の文脈だと「鶏モモ肉が好きだなんて、野蛮だ」と言われかねないのだ。もっとも、前回も書いたように、何を美味しいと感じるかは「食の好み」の問題だ。互いに美味しいと思うものが違うというだけのことだ。そこに優劣はない。


 こういう問題は棚上げするにしても、気になることはまだある。中世料理において、肉類は最終的にローストしようが煮込みにしようが、フライパンに油を敷いて焼こうが、必ず最初に下茹でをする。基本的にはこの段階できっちり火を通しておくのだ。是非はともかく、そういう習慣だった。生の鶏肉に下味を付けて粉をまぶして揚げる、その調理手順そのものを「非常識」とすることは充分にあり得る。


 リアル中世において鶏はそこそこ高級な食材だった。とりわけ去勢して肥育した雄鶏(シャポン)はごちそうだった。それは現代でも変わらない。『ル・メナジエ・ド・パリ』に記されているシャポンの価格は一羽20ソル。雛鳥、若鶏(プッサン)の約20倍の値段だ。


 ラノベの異世界なら、飼育された鶏よりもむしろ、鳥型のモンスターのほうが面白いか。あるいは蛙やわに、魚の類か。リアル中世でも野生の白鳥や孔雀、こうのとりは王侯貴族の食材だった。


 ラノベの異世界の場合、どういう世界観を作り込むかにもよるが、カラアゲというのは物語の小道具としていささか難しい料理だと思う。現代日本でもどちらかといえば庶民的な料理だ。フグの唐揚げのような例外はあっても、おしなべて高級料理にはなりにくいように思う。中世風異世界だと酒場で出すのがせいぜいか。そうなると、庶民の料理と位置付けることになるが、固いパンと粗末なスープばかりの異世界食文化とどう折り合いをつけるか。


 リアル中世庶民の食の実像を捉えるのはなかなか難しい。16世紀にイタリアの外交官がパリを訪れた際の報告書が残されているが、それによると食材はかなり豊富で、「ないものはない」と言いたくなるほどだったらしい。ただ、当時の料理書はいずれも王侯貴族や大ブルジョワの正餐(ようするに着席してのパーティー料理)を前提とした内容だから、そこに書かれている料理とまったく同じものを庶民も食べていたとは考えにくい。


 最後に、リアル中世〜近世の高級料理の場合、鳥類なら一羽まるごと調理するのが基本だから、作るとしてもかなり大変だし、現代日本人がイメージするカラアゲとは随分違うものになるだろう。中国料理に、一羽まるごと熱い油をかけながらゆっくり火を通すのはあるが……

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