回顧02-01 鬼の面と天邪鬼




 広場に組まれた焚き木が生み出す炎が、先ほどよりも激しく揺れ動いて見えた。吹き抜けていく秋風は今も穏やかで──アラタが揺さぶった私の中の何かが、そんな錯覚を感じさせているに違いない。


 炎は、焔へと変わる。時折、ばちばちと弾け飛ぶ音を上げながら。


 私の目の前で、揺らめく赤色が自己主張を続けている間にも、見る見るうちに人の賑わいが増していく。烏丸町は、思いのほか広い。広大な田園風景に散り散りになった人たちが、今こうして一堂に水主神社へと集っているのだろう。


 意思の無い揺らめきが、不規則的に踊り続ける。その焔に目に見えない意志でも感じるのか、ぞろぞろと集まり続ける人たち。まるで誘蛾灯のようだ、と言ったら例えが悪いだろうか。けれど、決して遠くない例えのようにも感じる。


 そんな光景をぼんやりと眺めていると、人集りの中に知った顔をいくつか見つけた。知った顔──と言ってもクラスメイトたちだったりするのだから、我ながら薄情な表現だと思う。

 私はクラスメイトたちと会話を交わす事もなく、剣舞を観賞するために良さげな場所を探し始める。例年通りならば、この焚き木を取り囲むように剣舞は執り行われるはずだし、例年通りではないなんて事は、伝統に縛られたこの烏丸町では考えにくい。

「あれ梨沙じゃない?」とか、「おーい、屶鋼さーん」とか、聞き覚えのある声を私の耳が勝手に拾ってくるけれど、まったく聞こえないふりをしてやり過ごした。

 その中の誰かと目が合ってしまった場合、それでも無視し続けられるほどに孤高な私ではない。情けない愛想笑いを浮かべてやり過ごす、意気地の無い自分の姿が目に浮かぶようだった。


 とにかく面倒を避け、伏し目がちに辺りを見渡しながら歩く。しかしこれが失敗で、今度は例の名前も知らないおじさんが声を掛けてきた。大層残念な事に、既に聞こえないふりの出来る距離ではなく、しかも目まで合ってしまっている。視界の狭さが、おじさんの縄張りに気付くのを遅らせてしまったようだ。


「梨沙ちゃん、ついておいで。こっちに役員さん用の特等席があるから。屶鋼さんのお孫さんを端っこに追いやっちゃ、おじさんは末代までの名折れになっちまうよ」


 煩わしさを覚える私の心境を知ってか知らずか、陽気な声に陽気な仕草で、私を手招くおじさん。顔を赤らめているのは焚き木の熱のせいではなく、きっとお酒が入っているのだろう。


「あの、すみません私そうゆうの、苦手なんで──」


 私はおじさんの厚意に心底うんざりしながら、それでも控え目な口調で遠慮の意思を告げた。

 こういった他人から受ける厚意全般が、私は強烈に苦手だ。そこに明確な理由など見当たらないけれど、クラスメイトたちも、この町での特別扱いも、ついでに酔っぱらいも──全て順不同で同じくらいに、どれもこれも苦手でまっぴらだった。


「ほら、子供が一丁前に遠慮しない」


 そう言って私の右腕を掴もうとしたおじさんの手を、反射的に勢いよく振り払う私。

 そもそも、あなたたちが敬っているのは祖父であって私ではないですよね──そんな台詞が心の中でだけ放たれ、やはり自分の意気地の無さを思い知る。

 困惑の表情を垣間見せたおじさんだったけれど、私と同じように次の言葉は飲み込んでくれたらしい。ゆらりと背を向け、よたよたとした動きで立ち去るおじさんの姿に、私は消化不良の気持ち悪さを覚えた。

「可愛くないガキだな」──せめてそんな言葉を吐いてくれれば、少しはマシなのに。


 薄闇の中に溜め息が漏れる。その主成分は、主に苛立ちだ。


 ああ、子供なのだ私は。人の厚意や関心を、素直に受け入れる事の出来ない困った子供。

 四面楚歌というと多分に大袈裟だけれど、せめて孤立無援になりたいと思う。強さではなく弱さから、何もかもから遠ざかっていたいと願う。

 どうしてこうなってしまったのか、何が私をそうさせるのか──孤高を決め込むには若過ぎるし、滑稽でさえあるだろう。いつだって人と距離を置きたがる私は、まばらに配置された石灯籠と何も変わらない。


 紺碧の空を仰いで虚空を睨む。焚き木から立ち昇る白い煙が、黄金色の月を目指して遠ざかっていく。そんなふうに、私もどこかへ消えてしまいたい──湧き上がる想いは自嘲の笑みとなって、私の表情を醜く歪めていた。


 私は大袈裟に首を振って、陰鬱な物思いを追い払う。それと同時に、剣舞の鑑賞場所をあれこれ吟味するのも止めた。その場に腰を下ろして、物見を決め込む事にしたのだ。そうしてみると、幸いにも見通しは悪くなかった。


 携帯で時刻を確認すれば、飾り気のないデジタルの表示が丁度零時を示したところだった。日付が変わった事を意識する間も無く、どん、どどん、と野太い太鼓の音が響き始める。

 空気を震わす振動が、小気味よく、けれども荘厳に、私の体躯をノックした。腹部に感じるその振動に、揺り籠に揺られているかのような心地良さを覚える。




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