脱出作戦

 ドアの向こうで物音が聞こえたところで、俺はその気配に気づいた。

 何やら服を脱いでいるシルエットが見える。おそらく……というか、絶対ルナだ。ルナ以外に考えられない。

 俺が入ってるってことに気づいていないのか? それともわかってて入ろうとしてるのか?

 どちらにせよ、絶対に風呂の中に入れるわけにはいかない。


 俺は急いで立ち上がると、滑るようにドア前まで移動し、鍵をかける。鍵は金貨をはめ込んで開けるか、内側からでしか開け閉めすることはできない。


 とりあえずこれで時間稼ぎはできるはずだ。悪戯で入ろうとしているわけじゃないのなら、おれがいることにも気づくはず。

 俺はひとまずホッと安堵の表情を浮かべると、その後のルナの様子を監視した、


「あれ、鍵が……」


 外から聞こえる声、どうやら鍵がかかっていることに気づいたようだ。

 頼むからこのまま引き返してほしい。

 

「私、鍵なんか閉めましたっけ」


 が、俺の期待は堂々と裏切られた。

 ルナは自分が鍵をかけ閉めたのだと思ったらしい、どう考えてもありえないと思うが、彼女は俺の予想の斜め下を通るのがやたら好きなようだ。


「いや! 俺入ってるから!!」


 俺が風呂に入っていないとルナが思っている以上、もう声に出しても大丈夫。俺は、近所迷惑にならない程度、最低基準を満たした大声で叫ぶ。だが、既に金貨を取りに行ったルナにその声は届かなかったようだ。


 このままだと、ドアが開いてキャー! ラッキースケベーっとなり、俺の心身全てが天に召されることも時間の問題。

 俺は女性恐怖症を患っているため、他の男性諸君よりもダメージがデカイのだ。気を失って死ぬ自信だってある。


 ――つまり、命をかけてでも阻止せねばならない。


 だがどうする?

 俺は全裸だし、窓から外に逃げ出すこともできない。変質者扱いされて牢屋行きなんてごめんだし、もしそんなことになったらキュリアたちに合わせる顔がない。

 

 力づくでドアを開けれないように押さえていてもいいが、それだとルナが諦めるまで時間がかかる。

 鍵がかけてあるのも自分がしたと思い込んでるくらいだ、ドアが開かなくても壊れたとしか思わない気がする。


「どうしたら……」


 そんなとき、庭にいる狼の一匹が不思議そうに俺の方を見つめていた。

 家にいる狼なら、ほとんど完璧に俺のいうことを理解できる。るんるんには言ってないが、そんな二匹のことを俺は勝手にモフとチビと呼んでいる。名前も見た目通りで、毛がモフモフしてる方がモフ、小ちゃい方がチビだ。


 まあ、それは今はいいとして……、大事なのはあれだ。今目の前にいるモフを利用して、どうルナを追っ払えるかが重要なんだ。


「まあ、考えることは1つしかないけど」


 俺は小声で「モフっ」と呼びながら手招きする。するとモフは面倒臭そうに欠伸をしながら俺の近くまでやってきた。

 頼むからもう少しやる気をだしてくれ……とは言わないが、ほぼ飼い主と変わらない人の目の前でいきなり欠伸するなよな……。


「モフ、モフに頼むことは1つ。玄関を開けて、ルナがくるまで鳴きまくってくれ」


 俺がそう伝えると、モフは玄関の方まで迷いなく走っていく。俺が家に入るときに鍵かけるの忘れてたからな、鍵は開いてるはずだ。

 因みに、モフが鳴いたら近所迷惑になるが、もうそんなこと気にしてられない。

 近所より自分の命が大切だ。そうだろう?


 10秒ほど経つと、玄関のドアが開く音がし、モフが何度も吠えている声が聞こえてきた。

 そういえばドアを開ける芸なんて教えてなかった筈なんだけど、どうやって開けたんだろ。まあ、今は結果オーライだし、気にしてないけどさ。


「な、何かあったんですか!? ど、どうしよう……」


 遠くからルナの声も一緒に聞こえてくる。何やらだいぶ焦っているようだ。

 モフが何かやらかしたのかは知らないが、俺にとっては好都合。この隙にさっさと風呂場から出て、脱出すれば任務完了だ。


 考えている間にも行動に移す。

 俺は身体を大雑把にタオルで拭いたあと、部屋着に手を通し、転がるようにして脱衣所から脱出した。

 

「計画通り……」


 ドヤ顔を決めながら最後にそう一言。

 モフにはあとで褒美をあげなければ。そう思う俺だったが、俺が脱衣所から出てきてもモフの鳴き声は止まらない。


「脚がドアに……よし、これで大丈夫」


「脚がドアに挟まってたのか」


 急いでモフのところに駆けつけたところ、既にルナがモフを救助し終えているところだった。


 モフには悪いことをした……、いつもより褒美二倍で許してくれるだろうか。

 モフが許してもるんるんが許してくれそうにないけど、どうにかしてやり過ごさないとな。


 俺は、モフを救助してくれたルナにお礼を言うため、ルナの方へ顔を向ける。

 だが、やたらと露出が多いルナの姿を見て、絶句した。

 いや、露出が多いとかそんなもんじゃない。そんななまったるいもんじゃない。

 普通家を歩き回るんならタオルを体に巻くくらいするはずなのに、何処を見ても布切れ一枚も見当たらない。


 ――全裸だ。


 俺の拒絶反応がメーターの振り幅をぶっち切った瞬間だった。


 本来の純粋な男子な場合は、恥ずかしさと罪悪感で目を隠すところなのだが、俺の場合は違う。

 ルナの悲鳴とビンタが飛んでくるまえに、既に俺の意識は吹っ飛んでいた。


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