2人きり

 一体何分走り続けただろうか。

 俺の家とオーガスの家は意外と近所ではない、歩くと30分はかかるような距離だ。

 おまけに、俺の家の前は坂になっているため、余計にスタミナが削られる。

 やっとの思いで自分の家まで辿り着いた俺は、息を切らしながら玄関前まで移動していった。


 が、すぐ側まで移動した次の瞬間、玄関のドアが勢いよく開き、俺は体勢を崩し後ろに倒れる。


「ミズキさん!? キューちゃん、るんちゃん…!?」


 ドアを勢いよく開けた犯人はルナだった。

 足元で尻餅をついている俺につまずき、ルナも体勢を崩す。

 ゆっくりと覆いかぶさってくるルナを、下から見上げる。ルナに対しては、女でも慣れてきたつもりだったが、このときの俺の脚は一向に動こうとしなかった。


「うわぁ!?」


「きゃあ!」


 悲鳴が重なり、俺はルナの下敷きになる。

 俺は、女が苦手だ。今までのトラウマから、触れることは勿論、話すことすら難しかった。


 そんな俺の上に、ルナが体全体を俺に任せた形で、倒れている。


 心臓が激しく動く。


 いくらルナであっても、俺のトラウマは完全に消えたわけではない。徐々に息も苦しくなってくる。

 あれは、幼いころ、姉貴からプロレスごっこを強要されたときの……。


「……み、ミズキ、さん?」


 耳元でルナの声が聞こえた。

 少し頭を動かすと、すぐ側にルナの顔があった。ルナも動揺しているのか、顔が赤い。色白な肌をしているぶん、余計に目立っている。


 正直、今にも意識が飛びそうだ。恐怖心と羞恥心が上手く噛み合って、俺の頭は既にオーバーヒートしている。

 でも、相手はルナだ。女でも……ルナなら、俺でも触れられると思ってたんだ。


 ここで逃げちゃ、一生恐怖症を克服するなんてできない。

 

 俺は意識を振り絞り、ルナの肩に手を置いた。

 そして、ルナを持ち上げる形で上半身を起こす。


「キューちゃんたちならオーガスの店だ。ちょっとトラブルがあって、怪我しちまってさ……」


 落ち着いたつもりだったが、若干声が上ずってしまった。

 途端に恥ずかしくなり、俺はルナを軽く突き飛ばす。


「あー! もう限界だ! もういいだろ、ちょっとは成長した!」


「えと、あっと……ごめんなさい。私も、動揺しちゃってて……」


 そう言うルナの方は、俺よりも落ち着きを取り戻せていないようだ。もじもじと身体を動かしながら少し後ろに後退する。

 

 少しの間沈黙が続いたあと、2人揃って深呼吸し、2、3回繰り返したところでやっと落ち着きを取り戻した。


「俺の認識が甘かったせいで、キュリアたちが襲われた。幸い、大事には至らなかったけど、次からは3人だけで外出させるのはやめようと思う」


「……じ、実は、私もその現場に駆けつけてたんです。でも、危ないから入るなと押し戻されてしまって……、本当に役立たず……ですよね」


 ルナの目から涙が溢れる。

 何度も何度も袖で拭うが、涙は勢いを増すだけだった。


 涙は拭っている最中に、ルナの手から4枚の紙がゆっくりと落ちる。


 その紙には、俺とキュリア、るんるん、リコルノの似顔絵が描かれてあった。

 上手く特長を捉えていて、上手いとは言えないがわかりやすい絵だった。


「これ、ルナが描いたんだよな?」


「は、はい……。帰っても誰も居なかったので、今から探そうかと思ってたんです」


 このまま外に出ていたら、次の日になっても探し続けていただろう。涙でわかりにくいが、その目は本気だった。

 夜に女性1人で出歩くのは危険と言うが、この街は灯りが少なく、薄暗い場所も多い。

 日本よりももっと危険が潜んでいる街だ、ルナ1人で出歩くなどとてもじゃないが危険すぎる。


「……ミズキさん?」


「いや、……ありがとな」


 でも、そんなことルナの方が知っているだろう。それだけ必死だったんだと思う。

 俺は玄関のドアを開けると、くいくいと手招きした。


「あんまり長くいると風邪ひくぞ」


「そう……ですね」


 ルナは返事をすると、ゆっくりと立ち上がり、そのまま家の中へと入った。

 このときのルナの表情は、さっきまでと比べて少し明るかったと思う。

 

 ルナを家に入れた後、俺も家の中に入ると、特に会話をすることもなく、俺は真っ直ぐ風呂場へと向かった。

 もう風呂入って、自分の部屋に行って寝る。

 今日はかなり疲れたし、もう早く寝たい。


 風呂入って疲れ癒して、早く寝て疲れ癒して、次の日万全な状態でキュリアたちを迎えに行く。

 初めて会った日以来だろうか、ルナと2人きりの家にいるということはあまり考えないようにしていた。

 あのときの思い出はあまり思い出したくないし。


「もうこのまま風呂場で寝ちゃいたいくらいだっての……」


 口元までお湯につけると、ぶくぶくと泡を起こす。

 暫くの間こんなことをしていたせいか、隣の脱衣所で見慣れたシルエットが見えているのに俺は気づかなかった。

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