似た境遇に立つ者


「おいおい、帰ってきたかと思えばどうなってんだこりゃ」


 なんとかオーガスの店前までやってきたところ、オーガスがタイミングよく外へ出てきた。

 そしてすぐ、街中でおこった爆発と関係があることに気づいたのだろう。急に表情が険しくなった。


「こいつぁ……、災難だったな」


 そして、手慣れた手つきで俺からキュリアを抱きかかえると、店の中へと入っていった。

 数秒後にオーガスから手招きされたので俺たちも店の中へと入る。


 キュリアは店の中の奥の部屋にいた。

 簡素なベッドの上に寝かせてあり、傷の深いところだけ手当をしているようだった。

 軽い傷はとくに処置されてなく、そのまま放置されている。


「上位種の中でも、龍族の治癒力は群を抜いている。これだけしとけば跡が残ることもないはずだ」


「そうか……、よかったぁ……」


 まだキュリアは目を覚ましていないが、とりあえず無事だということに、俺はつい安堵してしまう。

 もしかしたら今までの日常が壊れ去ってしまうかもしれない、それさえも覚悟していた。だがその心配ももうなくなったのだ。

 が、オーガスからきつい視線を向けられ、俺の背中に再び緊張が走る。


「上位種の身の危険について甘く考えすぎだってことも、全部自分で反省している……。それは俺にもわかる」


 俺を正面から見つめるオーガスの目は怒っている。が、俺の全てを否定している……というわけでもなかった。

 同じテイマーとして、同じような経験をしたことがあったのだろうか。オーガスの目は、今の俺と同じ目をしている気がした。


「でもこれは既に起こっちまったことだ。だから1発。これはケジメだ」


 オーガスはそう言うと、俺が反応する前に腕を大きく振りかぶった。

 俺も、逃げようとはしなかった。俺自身も、この一撃を受けないと自分自身許すことができなかったからかもしれない。


 空気が震えるほどの振動そして、宙に浮く感覚。

 あまりの衝撃に意識を失いかけたが、ぐっと堪える。勢いに身を任せたまま吹っ飛び、最終的にはめり込むかという勢いで壁に張り付いた。

 そして、ズルズルと音をたてながらゆっくりと地面に落ちていく。


「ゔっ……」


「テメェのことだ。何となく感づいているだろうが、俺にも昔同じような経験をしたことがある」


 オーガスは、普段口にしない煙草に火をつけた。以前は吸っていたようだが、魔物達に害を与えてはいけないという理由で煙草との縁は切ったと言っていたが……。

 驚いたるんるんたちが近づこうとするが、俺はそれを片手で制止した。


「ある上位種……人魚の娘と出会った時期が俺にもあった。その時の俺はまだ未熟で、テイマーになる気もなかったし、上位種と深く関わる気だってなかった」


 オーガスは、煙草を口から外し、大きく息を吐く。

 懐かしい思い出を思い返しているようにも見えたが、それは違う。オーガスのこの目は、何かを後悔している目だ。

 息を吐き尽くしたオーガスは、ゆっくりと息を吸い、もう一度口を開く。


「ある日だな、俺はその娘に告白された。俺たちは付き合うことになった……。が、それが大きな間違いだった」


「どう……して……?」


「俺が何も知らなかったからだ。上位種のことを、何もな。彼女の身にいつも危険が迫っているだなんて一度も考えたことがなかった」


 オーガスは、キュリア、るんるん、リコルノの順に目線を向け、珍しくニコリと微笑んだ。

 オーガスの、キュリアを見た瞬間に処置を始めた、それは人魚だった彼女に対する罪滅ぼしも入っていたのだろうか。


「俺は、見殺しにしちまったんだよ。生涯を共に過ごそうと決めた妻をな。……人魚に対する知識さえあれば、死ぬことなんてなかったはずなのに、俺は彼女を見殺しにした」


 オーガスは最後にそう言うと、煙草を灰皿に擦り付け、灰皿ごと捨てた。

 そして、何も言わないがまま、奥から布団を三枚出してくる。泊まっていけということだろう。

 もう外は暗い、キュリアの状態からも無理して帰るのも気がひける。

 いつもなら即帰るところだが、今回はオーガスに甘えることにした。


 ただ、おそらくルナは1人で家に帰っている。

 キュリアたちの状態からも、少し不安だ。もしものことがあったとき……ルナ1人で対応できるとは思えない。


 今はオーガスもついてるし、俺が出て行っても心配はいらないだろう。

 俺は、3人を置いて1人だけ家に帰ることにした。


「テメェは、俺と同じ道を行くんじゃねぇぞ」


 店から出る途中、小声だが、オーガスの声が聞こえてくる。

 俺は「うん」と一言返事をし、そのままオーガスの店をあとにした。

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