安心して


「にぃ! ただいまぁ!」


「おう! おかえり!」


 元気そうに玄関のドアを開けるキュリアと、それを出迎える俺。

 本当は朝早く起きて出迎えるつもりだったのだが、俺が起きたときには時既に遅し。空は昼間かというくらい明るかった。

 一応るんるんと脳内会話したところ、もう家を出てるようだったので、結局俺は家で待つことにした。


 そういえば、昨日いつ寝たのかもあまり覚えていない。朝起きたときには自分の部屋にいたけど……部屋に戻った記憶もないような気が。


「ミズキさん? あまり思い出さない方が身のためですよ」


 俺が腕を組んで悩んでいると、横から顔を出すようにルナが覗き込んできた。


「なんだか、いつものルナじゃねぇぞ……。めっちゃ顔が恐いんだが、あと近いんだが!」


「き、気のせいです!」


 いつもの慌てた動揺ぶりとは少し違う、不機嫌気味な動揺の仕方だ。俺が何かしたのだろうか? 何も思い出せない。

 まあ、ルナが念を押して言ってくるほどだ。ろくなことではないのだろう。


「とりあえずそこどいてくんねぇと家の中入れねぇんだけど?」


「あ、悪い」


 ずっと玄関のドアの前で突っ立っていたためか、目の前でるんるんが俺を真下から睨んでいた。

 睨んでいるはいるが、先程から頭の中に「やっと家の中に入れる〜!」「今日の晩飯なんだろな〜!」と無意識に飛んできてるあたり、不機嫌なわけではないようだ。


 るんるんは俺を押しのけると、駆け込むようにして家の中へと入っていった。

 俺は、そんなるんるんをぼーっと見つめているリコルノに目線を向ける。


「ミズキ、帰ってこないから心配だった」


 不意に、リコルノが口を開く。

 ルナの様子を見るために先に帰ると言ったはずなんだが……、オーガスの店に戻ってくると思っていたのだろうか。

 そう思うととても申し訳ない。


「心配しなくても、リコを置いたまま逃げたりしねーよ。今回はその……、疲れて帰る気力がなかっただけというか……」


「大人の事情ってやつだ」


 オーガスが割って入り、ニヤリといやらしい笑みを俺に向ける。

 というか、大人の事情とか何もないんだが。俺が女が苦手なことはオーガスも知ってる癖に、嫌がらせにも程がある。


 すると、ふとオーガスは空を見上げて、思い出したように俺に目線を向けた。


「とりあえず、嬢ちゃんたちは無事連れてきたし、俺はそろそろ店に戻るぜ。そろそろ開店時間だ」


「どうせ客なんかこねーだろ……、ありがとな」


 最後の一言にムカついたのか、オーガスは俺の頭に1発拳骨をかましたあと、やけに足音をたてながら店の方へと戻って行った。

 キュリアとリコルノは、そんなオーガスのあとを笑顔で見送る。


「ねえ、にぃはきゅーたちのこと好き?」


 手を振り終えたキュリアが、何を思ったのか不意に俺にそう尋ねる。

 人に裏切られ続けてた……、キュリアはそう言っていた。

 キュリアの目頭が熱くなっている。俺がかえす言葉は勿論1つ、俺はキュリアと目線が合うように屈み、微笑んだ。


「勿論、好きに決まってるだろ」


 その瞬間、キュリアはまっすぐ俺の胸に飛び込んできた。

 そのまま顔を左右に振って、頰を擦り付ける。表情は見えないが、徐々に服が濡れていってるのが感触でわかった。

 俺はそっとキュリアを抱き抱えて家の中へ入る。リコルノとルナも同じタイミングで家の中へと入った。


 キュリアは俺の腕の中で泣いている。

 今回の事件で人に対する恐怖や不安が高ぶっていたのかもしれない。いくら強くても、誰にだってその感情はある。

 俺は黙ってキュリアの頭を撫で続けた。


 そして数秒に穏やかな寝息が聞こえ始める。


「……寝ちゃいましたね」


「みたいだな」


 抱かれたキュリアを覗くルナが、微笑みながらキュリアの頰をつつく。

 何度も言うが、強くたって子供、その上この中では一番最年少だ。ストレスに加え、泣き疲れたのだろう。

 キュリアの安心した表情は、俺とルナを自然と笑顔にさせた。

 

「そういえば、女性が苦手なのってどこまで克服できたんですか?」


「子供以外だと、ルナ以外話せねーけど」


 急にルナは頬を赤く染める。

 さっきまで一緒にキュリアを眺めていたのに、一瞬で俺から距離をとった。

 そして「そ、そうですか……」の一言。


 もともと異性に対する加護を持ってることから覚悟はしてたけど、これは誰が見てもわかる反応……。

 ここまであからさまに態度に出してくると、見てるこっちまで恥ずかしくなってくる。


「……る、ルナ以外とも話せるようにしねーとな」


「ふぇ、あ、そうです……ね……」


 ルナの動揺が俺にまで浸透したのか、俺まで緊張してきたじゃねーか。あまりよろしくないね、こういう雰囲気。


 てかなんで少し残念そうな顔してるの……。


 若干下を向いて気を落としているルナを見るとそう思わざるをえなかった。

 一体ルナは俺の克服する手伝いをしたいのか、それともしたくないのかどっちなんだ……。


 俺は混乱する頭を落ち着かせるために、一度自分の部屋まで移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る