第9章 その1 DLCの番外編!?


(ここは……?)


私は淡い虹色の雲に包まれたような不思議な場所にいた。足元はふわふわとしていておぼつかず、前方に見える雲の壁は、遠くにあるのか目の前にあるのか分からない。


―……けて……―


 どこからか聞こえてきた声に、私はハッとなる。


(何、今の……。女の子の声?)


―……助けて……―


 今度ははっきりと聞こえてきた。


(あれ? この声って……)


 聞き覚えがある。


(くっくボイス……奥沢紅玖だよね? ソフィア役の)


 と言うことは……。


私は天を見上げる。予想過たず、はるか上空の光の中から、私に向かって両手を伸ばすソフィアの姿がそこにあった。


「ソフィア!!」


 私も彼女に手を伸ばす。その手にわずかでも触れることが出来れば、彼女と入れ替わり、元の世界に戻ることが出来ると直感した。


―助けて……!―


「ソフィア、もっと降りて来て! こっちに手を伸ばして!」


―助けて……!―


「ソフィア!」


 私も天に向かって必死で手延ばす。


(あ……)


ふと、頭の片隅に彼らの姿がよぎった。何の力も持たないままこの世界に来てしまった私に、優しくしてくれた『銀オラ』のみんなの姿が。


(これで、みんなとはお別れ……)


―……助けて……!―


「っ!?」


 見ればソフィアの姿は上空へと再び吸い込まれ、私との距離は見る間に開いてゆく。


「待って!!」


 私は懸命にソフィアに手を伸ばす。


「行かないで! 戻って来てソフィア! ソフィア!!」


―……み……けて……―


「この世界のヒロインは、あなたじゃないと務まらないの! お願いだから戻って来てソフィア! ソフィア!!」




§§§




「っ!?」


 勢いよく私は身を起こす。


(あ……)


 もはや見慣れてしまった、『銀オラ』主人公の部屋。私はそのベッドで目を覚ました。


(夢……)


 私は大きく息をつく。だが、あれがただの夢とも思えない。私は自分の手に目を落とす。


(あの時、もしも指先だけでもソフィアと触れられていれば……)


 彼女と入れ替わり、私が目覚めるのは元の世界だったかもしれない。


―助けて……!―


 ソフィアが私に向けて、幾度も繰り返していた言葉を思い出す。


(助けてほしいのは、こっちだわ……)


 私は両手で顔を覆う。


(私がプレイしていたのは5章まで。6章以降の情報は全くの白紙。未知の世界、つまり……)


 もう一度大きく息をついた。


(次の戦闘からは『預言』も出来ないんだから……)




§§§




「おはようござ……」


 ダイニングの扉を開き、その光景を目にした瞬間、私は石化した。


「やぁ、待っていたよ子猫ちゃん。素敵な朝だね!」


「一日の始まりに言葉を交わす相手が君で嬉しいな。出来れば、君が一日の終わりに言葉を交わすのもオレでありたい」


「……何やってんの、キブェ、ライリー」


 私を扉の前で出迎えてくれたのは、黒スーツで真紅の薔薇を手にし、キメキメポーズをとるキブェとライリーだった。辺りを見回せば、他のメンバーも皆同様の姿をしている。端的に言えば、ホストクラブのような有様だ。


「……ミラン」


「おや、そんな情熱的な瞳をボクに向けてくれるなんて、光栄の至り」


「いや、そういうのいいから。この惨状は、何?」


「惨状とは酷い言いぐさですね。キミの『もえ』をなんとかすべく頑張ったと言うのに」


「……で?」


「皆でこんな服を着て、キミを女王様のようにもてなせば、『もえ』になってくれると考えたのですが、いかがでしょう?」


(世界観おかしいだろうっ!!)


 私は心の中で思いっきりツッコむ。


「こんな服着てる人、この世界で他にいないよね? このホスト……黒スーツのデザインはどうやって思いついたの?」


「どうやってと言われましても……」


 ミランが首をひねる。


「なんかこう、天から電波が?」


(これ絶対、課金制のダウンロードコンテンツだろ! 物語一通り終えた人間が楽しむ、おまけシナリオと言うか、Ifの世界を描いた追加シナリオだろ!)


 ファンタジー世界に突如顕現したホストクラブもどき。本編シナリオにこんな展開があるとは思えない。


「おかしいですねぇ。これはきっとあなたの心に響くと予測していたのですが」


「うん……。その予測はあながち間違いじゃないけど」


「と言いますと?」


「番外編としてこういうシナリオを用意されるのは、確かに喜ぶ人も多いの。私も嫌いじゃない。物語がシリアスであればあるほど、コミカルで平和な話も見てみたい気持ちもあるし。でも、本編に予告もなくいきなりねじ込まれると、世界観壊されて少々引くと言うか……」


「番外編? 本編?」


「あー、いや、うん……何といえばいいのやら……えーと……」


 以前ミサと、他の乙女ゲーのこの手の展開について、語り合ったことを思い出す。


「『イケメンがかっこいい姿で、イケボで甘エロい台詞さえ言ってれば、女ユーザーはなんでもいいんだろう』的な、制作会社の意図や媚が伝わってくると、気持ちが萎えちゃう、みたいな……。それが楽しいって人もいるんだろうけど、私にはちょっと合わないって言うか……」


「はぁ……」


「要するに……」


 金の髪がやたらと黒スーツに映えるエルメンリッヒが、こちらへと歩いてきた。


「一方的な思い込みによる奉仕が、必ずしもお前の心を震わせるわけではないと?」


 そう言いながら、エルメンリッヒは金髪をまとめていたリボンをシュッと引く。ポニーテールに結われていた髪が、ふわりと黒スーツの肩に降りかかった。


(くぉ……!)


 不意を突かれ、心臓が跳ね上がる。


(エルメンリッヒの涼やかなアイスブルーの瞳、見慣れない金髪ポニテからのパラリ、それらが黒スーツに異常なまでにハマってる……!! 何これ、スパダリ!? スパダリなの!?)


 萎えると言っておきながら、自分の心臓がバクバクと高鳴るのを抑えきれない。


「睦実?」


「ひゃっ!?」


「どうかしたか、顔が赤いようだが……」


(あ、あばばばば……!)


 つかつかと近づいてくるエルメンリッヒから距離を置くべく、私も同じペースで後ずさりする。


(のわっ!?)


 廊下との境目の段差、ボトムシルに足を引っかけ、私はバランスを崩した。


「危ない!」


 中性的な声と共に、横から伸びて来た手が私を支えてくれる。次の瞬間、私の目の前にはシェマルの麗しい顔があった。


「お怪我はありませんか?」


「シェマル……」


 普段ベールのように彼の顔にふりかかっている前髪は完全に後方へ撫でつけられ、オールバックとなっている。その為、露わになったシェマルの顔からは普段の儚さが薄れ、凛とした魅力を放っていた。また、いつもは背に流れる長い髪も今日はサイドで緩くひとまとめにされている。


(なんだか、シェマルが男らしい? それに、私を支えている腕も思っていたより安定感があって、力強くて……)


 一度落ち着きかけた心臓が、またも激しいビートを打ち始める。


「睦実?」


「だだだ大丈夫です! ありがとうございます!」


 心臓の音を聞かれる前に、私はシェマルを押しのけ立ち上がる。


「なぁ、もうこれ脱いでいいか?」


 うんざりした声を発し、席から立ったのはベルケルだ。


「どこもかしこも突っ張ってて、腕もまともに動かせやしねぇ。息苦しくってしょうがねぇや……」


 そう言って、ベルケルがぐっと腰を反る。その瞬間、悲鳴のような音を立ててドレスシャツの胸元が裂け、ボタンがはじけ飛んだ。


(お……っ!)


「ぅおっと。……ハァ、ほらな」


「雄っぱいが!!」


「あ?」


(しまった!)


 まさかの不意打ち生雄っぱいポロリに、考えるより先に声が出てしまった。


(いや、だって、こんなジ●リのワンシーンみたいなの、本当に起こると思わないじゃん! しかも目の前で……!!)


「睦実、お前何言ってんだ。男におっぱいなんぞあるか、ボケ」


「い、いや、そうじゃなくて……」


「あんまキモいこと言ってっと、小突くぞ」


(あぁああ、キモくてすみません! でもベルケルに小突かれるのは、全然OKです! というか、本当に胸筋でシャツって裂けるんだ、すげぇええ!!)


「…………」


 ふと気づくと、ミランが何か言いたげな表情でこちらを見ていた。


「何?」


「いや、先程キミは、こんな扮装には意味がないようなことを言っておられましたが……」


 測定していた機械をぐるりと回し、私の『萌え度』を示す針を指差す。


「結構な数値、出てますよ?」


(あぅっ!)


「わぁ、本当だ!」


 目をくるくると動かして、ライリーが計器を覗き込む。


「なんでなんで? オレが口説いた時は全然だったのに?」


(なんでって言われても……)


「ライリー、ほれ。ベルケルを見てみな」


 キブェがライリーを促す。


「睦実ちゃんは、胸を露わにすると喜ぶんじゃないかな?」


「ちょ……!?」


「あっ、そっか! じゃあ、こういうこと?」


 ライリーがてらいもなく、胸元のボタンに手をかけはずそうとする。


「これを、はずして……」


「だぁーっ!! ちっがぁう!!」


 ほおっておくと本当にライリーは胸元をはだけそうだったので、私は慌てて止めた。


「そうじゃない! そうじゃないの! キブェもおかしなことを言わないで!」


「え~? 名案だと思ったのに」


「だから……!」


「二人とも、先程の睦実の言葉を聞いてはいなかったのか」


 エルメンリッヒが前に出た。


「行為に意図や計算が感じられると、彼女の心を震わせることは出来ない。そうだな、睦実」


「は、はい、そうです……」


 間違ってはいないが、冷静に分析されると恥ずかしいし、いたたまれなくなる。心のどの部分が気持ちいいかを、寄ってたかって探られているようなものだ。


「ふむ……。彼女のエネルギーが魔法に変換できることは分かったものの、なかなかに難しいですね」


 ミランが顎に手を添え、天井を仰ぐ。


「一日も早く、『もえ』をコントロールし、意図した時に発動させられるようにしなくてはならないのですが」


(無茶を言うな……!)


 『今だ、ときめけ!』と言われて、ときめくものではない。


「彼女のために我々が出来ることと言えば、あとは……」


「もう……」


 私は輪から一歩下がる。


「放っておいて!」


 驚く彼らをダイニングに残し、私はそこから退避した。


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