第8章その4 5度目の襲撃



 5度目のメトゥスの襲撃は、その一週間後に起こった。


(どうしよう……)


 先日、ベルケルからきつく「戦場に出るな」と言われたところだ。のこのこ出て行けば、また怒られるかもしれない。


(アイテムはあるから、全く役に立てないことはないと思うんだけど……)


 ベルケルの言った通り、今度の敵がどんな手を使うかをここで皆に伝え、私は大人しく拠点で待つべきなのだろうか。


「睦実!」


 ミランの声に顔を上げる。目の前に、金属製の手袋のようなものが差し出された。


「これは?」


「試作品のガントレットです。あなたの力を魔力に変える装置の。これをつけて今日は戦場へ出てください。試運転も兼ねて、実戦データを取りたいので」


「えっ……」


「おい、ミラン!」


 目ざとく見つけ、ベルケルがこちらへ大股で歩いてきた。


「こいつを戦場に連れて行くのは、俺は反対だと言っただろうが!」


「ひぃ、すみません!」


「いえ、彼女は連れて行きます」


 ミランは見事な体躯を誇るベルケルを前に、その細い体で立ち向かう。


「データを取る必要があります。それが、この世界の未来に繋がるかもしれません」


「絶対か?」


「分かりません」


「分からねぇのにそいつを連れて行くな!」


「分からないから連れて行くのです。分からないからこそ、実験を重ねてより多くのデータを取る必要があるのです」


「そいつに何かあったらどうする! 責任取れんのか!?」


「……分かりません」


「おい!」


「ですが」


 ミランは私を振り返った。


「ボクの研究を手伝ってください」


「……っ」


 何の保証もない、ミランの一方的なお願い。それは傍目には、酷く愚かな行為かもしれなかったけれど。


「…………」


 私はガントレットを手にはめる。


「睦実! てめぇ!」


「ご、ごめん、ベルケル……っ、でも……っ」


 私はミランを見る。ミランが嬉しそうに目を細めた。


「心配いりませんよ。ボクが守ります」


(ミラン……)


「ただし、人の手による物に絶対は存在しませんので、万が一しくじった時はご容赦ください」


(もう……)


 彼らしい言葉に思わず笑ってしまう。


「それに、そのガントレットは現時点で予測されるメトゥスの攻撃に対し、ほぼ無効化できるだけの防御力と衝撃吸収力を持っています」


「え? これが?」


「危険だと感じた時は、こうして体の前にかざし、その腕で自分の身を庇ってください」


「う……うん……」


「チッ……」


 ベルケルが忌々しげに舌打ちする。


「知らねぇぞ、俺ぁ」


 去ってゆく広い背中に、胸の奥が少し痛む。


(ごめん、ベルケル……、でも……)


 もし、この私の馬鹿馬鹿しい力が魔力に変換され、封魂を行えるようになれば。


(この世界を滅ぼさずに済むの……)


 私はぐっとお腹の底に力を込め、戦場へ向かう皆の後を追った。




§§§




(これは……)


 報告された場所に辿り着いた時、すでにメトゥスが数体蠢いていた。


「なんだ、このメトゥスは。いつもと色が違わぬか?」


 エルメンリッヒが私を振り返る。私は頷いて口を開いた。


「えぇ、メトゥスが赤くなっている時は魔法攻撃を完全に跳ね返し、こちらのダメージになるの。逆に青くなった時は、物理的攻撃を完全に跳ね返し、やっぱりこちらのダメージになるわ」


「つまり、赤い時には、ベルケル、ミラン、キブェ、ライリー、そして私の攻撃が通るが、青い時はシェマルの攻撃しか通らなくなるということか」


「そう。あ、魔法アイテムなら物理攻撃の人も使えるけど」


「なぁるほど。青になった時は要注意ってことだな!」


「では、赤くなっている今が機だ。一気に畳みかけるぞ!」


「おうっ!」


「では皆さま、私はしばし待機させていただきます」


(さて、私はどうすれば……)


「睦実」


 気が付けば、すぐ側にミランが立っていた。


「キミはボクについて来てください」


「えっ? あの、ついて……」


 言葉も終わらぬうちに、ミランのパワードスーツに包まれた腕が、私の腰を抱えた。そのまますぐにミランは高くジャンプする。


(ぎゃあああああ!!!)


 生身で逆フリーフォールに乗せられた感じだ。凄まじい勢いで地面が遠くなり、一瞬の浮遊感と同時に今度は重力に導かれ落下を始める。


(こわいこわいこわい!!!! いやぁああああ!!)


 半分気を失いかけの私を気にすることなく、ミランはメトゥスに連続して攻撃を加えていく。


「睦実、『もえ』はどうですか?」


(は!? どうもこうも!!)


 おそらく現存するどのアトラクションでも味わえない、最大級のスリルをくらわされ声すら出せない。


「おっと……! 青色に変わり始めましたか……」


 ミランが空中で身を捻り、少し離れた地面へと降り立つ。膝が震えて立てない私を抱えたまま、彼は私の腕を取り、ガントレットに表示されている数字を見た。


「魔法攻撃の通るタイミングで、このガントレットの性能を試したかったのですが……パワーは0ですね」


 ミランが残念そうにため息をつく。


「『意外性』が『もえ』を導くと思ったので、普段ボクのやらない、かなりアクティブな行動を取ってみたのですが」


(違う! 根本的に間違ってる!!)


 生まれてこの方味わったことのないとんでもない恐怖を体験した。失神していないのが奇跡なくらいだ。


「あ……、い、今なら、アイ、アイテムが……」


 私は歯の根の合わない口を無理やり動かし、バッグにわななく手を伸ばす。その時、私たちのいる場所が陰った。


「っ!?」


 目の前には青色のメトゥスが迫っていた。触手がうなりを上げ、私たちのすぐ側の地面を叩く。


(きゃ……!)


 地面は抉れ、轍のような跡を作った。


「ひ……、火の珠……あっ!」


 指先が震え、魔法アイテムを取り落とす。慌てて次のを取ろうとしたが、やはり上手く行かない。


「敵から距離を取ります。跳びますよ」


「ちょ……ちょっと待って、バッグ開いたまま……っ!」


 お構いなしに、ミランは私を抱えたまま高くジャンプした。


「あっ!」


 わたしのバッグから幾つかの珠がばらばらと落ちてゆく。そのうちの一つがメトゥスの頭上ではじけた。


(しまった……!)


「今のは?」


「こ、攻撃力2倍効果の……!!」


「!?」


 グブシュルルル……ッ!


 風を切る音を立て、メトゥスの触手が私たちの方へと突き出された。


「きゃああっ!」


「くっ!」


 空中で身を捻り、ミランが私を庇う。その瞬間、密着したミランの体から衝撃が伝わって来た。


「ミラン!」


「……しくじりました」


 ミランのフェイスガードが砕け、片目が覗いている。


「まさか、ポリカーボネード製のバイザーを一撃で叩き割られるとは」


 つぅ、と血が額から一筋流れる。


「まぁいいでしょう。実験に犠牲はつきものです」


 割れ目から覗く目が、不敵に細められた。


(え? かっこいい……!)


 そう思った瞬間だった。


『エネルギー充填完了』


(は?)


 私のガントレットから音声が聞こえてきた。


「……来ましたね!」


 何が起こったか理解できない。ミランはガントレットを装着した私の腕を取ると蓋を開き、そこにあった小型のキーボードらしきものを素早く叩く。


 そして……。


「見せてください、キミの力を!」


 ガントレットを装着した私の指先をメトゥスに向けた。


「っ!?」


 轟音を立て、ガントレットから光が放出される。それはメトゥスに当たると一瞬で灰に変えてしまった。




§§§




「凄まじい威力だったな、睦実……」


 メトゥス討伐を終え、全員が集まって来る。


「驚きました。貴女にそんな力が備わっていたなんて……」


「ひゃっひゃっひゃ! ベルケルぅ、これでもう睦実ちゃんに『戦場に出るな』とか言えなくなったんじゃねぇの?」


「だよね~」


「っせぇな! 確かにあれがすごかったのは認める。だが、一発しか撃てなかっただろうが!」


(う……)


「まだ試作品ですからね、そこは勘弁していただきたい」


 ミランがフェイスガードを押し上げながら、満足げに笑った。


「ともあれ、彼女の力が魔法に変換できることは今回証明出来ましたからね。ボク的には大満足です」


 ミランが私を見る。眼鏡をつけていない彼の顔は、いつもより精悍に見えた。


「次は封魂が出来るよう、研究してみましょう」


(ミラン……)


 心の奥がぽっと温かくなる。ガントレットのエネルギー量表示枠がちかちかと瞬き、光るバーが僅かに伸びた。


「ねぇねぇ、ミラン。結局さぁ、睦実の謎の力って何なの?」


 無邪気に問いかけるライリーに、私の全身の血が引く。


(ミラン! 言わないで! 『萌え』とか言わないで! あれをみんなに説明するの嫌!!)


「そうですねぇ~……」


 ミランは顎に手を当てしばし首をひねっていたが、やがてポンと手を叩いた。


「彼女は我々が心身いずれかにダメージを受ける姿に興奮する傾向があるようですね。その気持ちの高まりがエネルギーを生んでいると見られます」


 その場が静まり返った。


(ちょ……!!)


 皆一様に、表情を固めたまま私を見ている。


「ちが……っ、違うから~っ!!」




 その後、何とか私は皆の誤解を解くことが出来た。


 だが、『萌え』についての説明で、私の精神は極限まですり減ることとなった。

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