第6章その3 女子タイム



 数分後、私の顔はホカホカのタオルで蒸されていた。


「息、苦しくないわね?」


「大丈夫……」


「そろそろ、コッチも大丈夫デスね~」


 お湯に浸かっていた手を持ち上げられ、タオルで優しく水分をふき取られる。爪の先にサリサリと小さな刺激を感じ、やすりをかけられているのが分かった。


「はい、ちょっと眩しいわよ」


 顔のタオルが取り除かれた。続けて雪梅は香りのいいクリームを私の顔に塗り始める。


「いい匂い……花の香り?」


「ん? 使ってるのこれだけど?」


 雪梅がクリームの容器を見せてくれる。確かこの部屋のドレッサーに入っていたものだ。


「前に街に出た時に、みんなで一緒に買ったやつじゃない。私のはもうなくなりかけてるんだけど、睦実、まだたくさん残ってるのね? 使ってなかったの?」


「え? あ、うん……」


 使ってないというか、使い方が分からなかったというか。ソフィアのを勝手に使うのは悪い気がしたというか、使い方が分からなかったというか。


「ワタシももう、チョットしかナイです。なので後で街に出て、買イたいデス」


「いいわね。私も補給しようっと」


(うわぁ、女の子だなぁ……)


「さて、じっとしててよ」


 雪梅の手にあるのはカミソリだ。


「え? それを顔に当てるの? ちょっと怖いんだけど……」


「大丈夫、多分、じっとしていてくれれば……」


「多分って!」


「あン! 睦実、手を動かスのダメです。爪、オイル、塗ってるデスよ?」


「えぇ~……、そんなこと言われても……」


「心を無にして、大人しくしてなさい。それが身の為よ?」


(雪梅、怖いよ!)


 ほどなくして、雪梅による顔の産毛剃りと、ディヴィカによる爪の手当ては終了した。


「は~……、終わった……」


 ソファから起き上がろうとした私を、雪梅は軽く突き飛ばし、再び座らされてしまう。


「まだよ」


「まだなの? 今度は何?」


「唇、荒れてる。パックして整えなきゃ。あと、メイクも」


「えぇえ~……」


「ネイルも綺麗にしマスよ~。髪の毛先も少し痛んでマスね」


「そこまでしなくていいよ。どうせ何しても、土台は変わらないんだし。私なんかおしゃれしても似合わないし、誰も喜ばない」


「あのさ、睦実」


 雪梅が腰に手を当てて、私を軽く睨んだ。


「似合う、似合わないじゃない。誰かが喜ぶとか関係ない。自分が気持ちよくなるためにおしゃれするの」


「え? 別に気持ちよくは……」


「そう? 散らかった部屋と、片付いた部屋、どっちが気持ちいい?」


「そりゃ、片付いた部屋の方が……」


「そういうこと!」


(どういうことよ!?)


「それにデスね……」


 ディヴィカが桜色のネイルを私の爪に塗りながら微笑む。


「変身、楽しいデス。自分、色んな姿出来るコト、ビックリします!」


「そうそう! あの私がこんな姿にもなれちゃうんだ、ってのが面白いのよね!」


「へぇ~……」


 変身願望ってやつだろうか? コスプレイヤーみたいな感覚なのだろうか。


「よし、オリーブオイル入りのリップクリームをたっぷり塗って、マッサージマッサージ、と」


「リップスティック、コレがいいデス! 爪の色と合わせマショ!」


「あ、いいかも。じゃあ、アイシャドウは、これかな?」


「いいデス~、素晴らシイです~」


(はは……)


 完全にまな板の上のマグロ状態で、私は彼女らのなすがままに任せることにした。


 30分も経過しただろうか。


「でーきたっ!」


 雪梅のはずんだ声で、私は解放されたことを悟った。


「ドウゾ、鏡の前、行くヨ。とても素敵ヨ」


「う、うん……」


(いや、いくら化粧したって、土台は私だし。……どんな面白ピエロが見られることやら……)


 嘆息しながら鏡の前に行き、恐る恐る目を上げて自分の姿を見て、私は驚いた。


(え……)


 さすがに「これが私!?」という劇的な変化が起きていたわけじゃない。あくまでもベースは私だ。でも、どこか違っていた。


(なんだろう、どこが違うのかな? 基本は同じなんだけど……)


 背筋が伸びて姿勢が良くなっている。それに、顔立ちがはっきりしたように思える。肌も全体的に、透明感が得られた感じだ。髪も毛先までつやつやしている。


「ほら、元の睦実に元通り!」


「色々大変デ、お手入れする暇ナイの、仕方ないケドね」


(元って……)


 自身をここまで丁寧にケアしたこと、生まれてこの方一度もない。


(きっと、ソフィアはこんな風に自分を手入れしていたのね)


開きっぱなしになっているドレッサーの引き出しを見る。今日、私に使われたものは、全てあの引き出しに入っていた。


 ソフィアが日常的に使っていたものなのだ。


「さてと、睦実の準備は完了! 今から街に出れば、ちょうどランチタイムに間に合……待ちなさい、睦実!」


 雪梅は私の両肩を掴む。


「どうして、その服で行くの? 今日は休日よ?」


「服、って……」


「ありえないでしょ? 街に制服で遊びに行くなんて」


私が今身に付けているのは、元の世界の学校の制服だ。ルーメン学園のものじゃない。


(この服でルーメン学園に入っても何も言われなかったのに。私服じゃないってことは、伝わるんだ……)


 私の姿がソフィアと混同されていることと同じ仕組みなのだろうか。


(て言うか! ゲームキャラって季節感ガン無視の一着の服で通すのが、常識じゃないの!? 差分があるのが普通なの!?)


「でも、私、私服グラ……じゃなくて、着られるのこれしかないし……」


「そんなはずないでしょう? あのクローゼットに、私たちと一緒に買ったものがあるはずだもの」


「げっ、あれは……」


 美少女ソフィアにぴったりとあつらえられた、細身の服ばかりだ。しかもフリフリでヒラヒラでおリボンの……。


「き……着られないの。ちょっと、私の趣味じゃないって言うか……」


「自分で選んだのに?」


「ぐっ……。サイズが……合わなくて……」


「太ったってこと?」


(ズバリ言いやがった! スレンダー美少女は容赦ないな!!)


「そんナ風には見えマセんケドね~」


(お前らの目には私の姿がどんなふうに映ってんだよ! 明らかに違うだろうが! モデル体型のソフィアとBMI23が同じに見えるってヤバいだろ!)


「まぁ、それならそれで、街に出て服を買えばいい話よね」


 雪梅はあっさりと話を進めた。


「ワタシたちが、睦実にピッタリの服、選びマスね~」


「ふふふっ、睦実専用エステティシャンの次は、睦実専用スタイリストね!」


「楽しくナッテきマシた~」


(あぁああぁ、もうっ! 好きにして!!)



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