第4章その2 ネタバレ


(あれ?)


 夕飯時のダイニング。キブェの姿はテーブルの定位置になかった。


「どうしたの、キョロキョロして」


「あ、ライリー。うん、キブェがまだ来てないな、と思って」


「あぁ、キブェか……。多分、気まずいんじゃないかな」


「気まずい? どうして?」


「どうして、って。今日、見ただろ? あいつが獣の姿に変身するの」


「うん」


「何も感じなかった?」


「え? かっこいい、とか?」


「…………」


 ダイニングが静まり返る。皆一様に困惑した表情で、私を見ていた。


「へ? あの、私おかしなこと言った?」


「文献や、噂では見聞きしたことがありましたけどねぇ」


 ミランが眼鏡の位置を治す。


「実際に人が獣の姿に変化するのを見たのは、今日が初めてだったのですよ。ボクだけでなく、ここにいる全員がね」


(あ、そっか!)


 私は『銀オラ』の情報を発売前から追いかけていて、キブェが獣人に変身するキャラだとあらかじめ知っていた。そして第2章の戦闘開始直後、キブェが初めて皆の前で獣人変化を行うイベントが起こり、それ以降、戦闘時の彼のコマンドに『獣人変化』が加わることも。


(でも、ここにいるみんなにとっては初めて知る事実で、結構衝撃的な出来事だったんだ……)


「あなたはあまり驚かないのですね、睦実」


 シェマルが優美な仕草で首をかしげる。


「もしかすると、これまで獣人変化をする人間を見たことがあるのですか?」


「二次元では割と普通に。でも、三次元では……」


「はい?」


「あ、いえ」


 誤魔化すように私は水のグラスを手に取り、一口飲んだ。


「キブェの部族には、稀に獣人変化をする者が生まれると、私は聞いたことがあります」


「! マジかよ、シェマル!」


「本当に!?」


「えぇ」


 ベルケルとライリーに頷き返し、シェマルは言葉を続ける。


「彼らは、神より超常の力を与えられた者として、仲間内でとても大切に扱われるそうです。ただし……」


「ただし? 何ですか?」


 言葉の先を求めるミランの視線を、シェマルは受け止める。


「豹だけは悪魔の使いとして忌み嫌われているそうです」


(豹……! 悪魔の使い……!)


「ふむ。だからキブェはそれを恥じ、我々の前に姿を見せないわけか」


「恐らくは……」


(知らなかった……)


そんな設定まだ、ゲームの中で語られていない。


(豹がキブェの部族にとっては悪魔の使いで、キブェが自分の姿にコンプレックスを持っていたなんて……)


 そこで私は、はたと気づく。


 知らなかった設定を今、聞かされたということは……。


(うぉおおおっ、ネタバレされたぁああ~っ!!!)


 私はがっくりと肩を落とす。


「睦実?」


少なくとも本編、5章の段階ではそんな話出てこない


(てことは、キブェ攻略ルートで判明するやつじゃないの、これ? キブェはミサの嫁だから、攻略は後回しにする予定でノータッチだったよ! それを……)


 私は膝の上でぐっと拳を固める。


(あっさりネタばらししやがって、シェマルのあほぉおおお!!!)


「睦実……」


 女性のものと見まごうきれいな指先が、私の肩に触れる。


「やはりあなたもショックでしたか。私は余計なことを話すべきではなかったのかもしれません」


(全くだよ!!)


 即座に立ち上がり、その細いあごに頭突きをぶちかましたいのを、すんでのところで堪える。


「でも……」


 私はネタバレを受けたショックで震える声を、何とか絞り出す。


「どんな姿でも、キブェはキブェだから……」


「睦実……」


「なるほど」


 ミランが顎に手をやり、ふむふむと頷く。


「人の外見に囚われず、本質を見ようとするその姿勢。キミが『封魂の乙女』に選ばれたのは、その辺りに理由があるのかもしれませんねぇ」


(多分、違う)


「では、睦実」


 いつの間に用意していたのだろうか。エルメンリッヒがトレイを持って私の前に立った。例によって、クロワッサンを使ったおしゃれサンドが乗せられている。


「これをキブェに届けてやってくれまいか」


「え? 私が、ですか?」


「うむ。あの者も、今は皆と顔を合わせづらいだろうからな」


「で、でも、どうして私が……」


「キブェのあの姿に全く怯まなかったお前こそが、この役目に相応しいと思う」


「睦実」


 エルメンリッヒの言葉を引き継ぐように、シェマルが私の名を呼んだ。


「先日、あなたが部屋で塞ぎこんでいた時には、私が持って行きましたよね?」


「え、えぇ……」


「では、次はあなたの番じゃないでしょうか?」


(そんなルール知らないですけど、ネタバレ魔人さん!?)


「あなたの番ですね?」


「……はい」


 心の中でいくら抵抗しようと、コミュ障気味の人間には抗う術もない。私はエルメンリッヒの手からトレイを受け取ると、キブェの部屋へと向かった。


(それにしても、相変わらず女子力高いな、エルメンリッヒ……)


 トレイの上のクロワッサンサンドを見下ろしながら、私は思った。



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