第4章その1 獣人変化

「敵は怯んでいる! 攻撃の手を緩めるな!」


 エルメンリッヒの言葉に、導魂士たちの間から「おう!」と勇ましい声が上がった。


 私たちは再び平原でメトゥスと対峙していた。

 私はと言えば、初めに『銀オラ』第2章プレイ時の記憶に基づいた『予言』を行い、それをみんなに伝えてからは後ろに突っ立っているだけなのだけど。


「オラァアアッ!! ……クッソ、はずしたか!」


「もうっ、ベルケル! やるならちゃんと決めてよ! 照準が合わせづらいだろ!」


「あぁ!? てめぇが後ろで銃持ってウロチョロしてっから、いつ撃たれるかと思うと集中出来ねぇんだよ!」


「え? お望みなら撃ってあげるけど? 目の前で図体でかいのがウロチョロしてるの、ほんと目障りだったし」


「やんのか、ドチビ!」


「なんだよ、ゴリラ!」


「おやめなさい、ベルケル、ライリー! ミラン、回復をするので少し下がっていただけますか?」


「ボクのスーツにはそんなもの必要ありませんが?」


「勿論、スーツの修理はご自分でなさってください。私が治すのはあなたの傷だけです」


「エルメンリッヒ、俺が隙を作る! 頼んだぜ!」


「キブェ、承知した。お前の援護、無駄にはせん!」


(はぅ……)


戦う彼らの様子を見ながら、私はそっと吐息を漏らした。


(イケボメンズたちがきゃっきゃと戯れる様は、眼福ですのぅ……。

いやいや、そうじゃなくて!)


 私はロッドをぎゅっと握りしめる。


 前回の戦闘は、時間差で出現するメトゥスが小型である点、2体のメトゥスがそれぞれ別の街を目指して移動する点など、『銀オラ』第1章の戦闘に酷似していた。


(今回も、ゲーム内と同じ展開になるとすれば……)


第2章では、初めから同じ大きさのものが2体出現した。そして今、私たちの目の前のメトゥスも2体。もっとも、そのうち1体については既に絶命し、塵となって崩れ落ちているけれど。


(残りもあと少しで倒れそう。だけど……)


 第2章の戦闘では、開始後5ターン目に新たに空間が割れ、3体目のメトゥスが出現する仕組みになっていた。

 つまり、ある程度まで皆のレベルを上げてから戦闘に挑み、5ターン以内に初めの2体を倒せば、そこまで手こずる戦闘じゃないのだけれど。


(少し気がかりなのは、戦闘が始まってからかなり時間が経っている気がすること。でも、ターンの概念のない状態じゃ、3体目のメトゥスの出てくるタイミングが掴めない)


 前の戦闘以来、導魂士のみんなは日々鍛錬を重ねていた。戦闘の様子を見ている限り、前回よりスムーズに1体目を倒せているように見える。だが……


(レベルが上がってるかどうかなんて、見た目じゃ分からないって!! お願い、パラメーターチェックさせて! △ボタンはどこ!? ステータス見せて! ターン数も視界の上のこの辺に表示して、お願い!)


 そんなことを考えていた私の耳に、不吉な唸り声が聞こえて来た。


 グブシュルル……


「っ!?」


 湿った声と共に届いた、生臭いにおい。


(いる、すぐ後ろに……!)


 どうやら私は間抜けにも、3体目出現ポイントのすぐ前に立っていたようだ。


(ど、どうしよう、みんなに気付いてもらわなきゃ……)


 そう思うのに、声が出ない、体が動かない。


―メトゥスの触手は、固さがこのロッドとほぼ同じ。10倍ほどの太さを持ち、それが鞭のようにしなって叩き付けられるのですよ?―


 嫌なタイミングで、シェマルの言葉が耳の奥に蘇った。


(これが夢でなければ、メトゥスの攻撃をまともに食らった場合、私は……)


「……ぁ……」


 かろうじて絞り出した声に、一番近くにいたキブェが反応した。


「!? 睦実ちゃん!!」


 キブェはすぐさまブーメランを振りかぶり、三体目のメトゥスに向かって投げつける。風を切る音がすぐ耳元を掠め、背後で鈍い破砕音がした。


「睦実ちゃん、こっち! 早く!」


 キブェが切羽詰まった顔で私に激しく手招きをする。

 私はそれに引き寄せられるようにして一歩足を踏み出し、


 転んだ。


(……あれっ?)


 膝から下がマヒしたように、くにゃくにゃとなっている。


「睦実 どうした!」


「何やってやがる、走れ!!」


 2体目のメトゥスにとどめを刺したエルメンリッヒとベルケルが、振り向きざまに叫ぶ。


(分かってる、走ろうとしてるよ。そっちに行こうとしてるんだけど……)


 腰から下が溶けてしまったように力が入らない。


(もしかしてこれが、腰が抜けたってやつなのかな)


 グブシュルルル……ッ!


 背後から聞こえる湿り気のある唸り声には怒りが含まれている。

 びたりびたりと触手が地を叩く音が聞こえた。


―メトゥスの触手は、固さがこのロッドとほぼ同じ……―


(あ、さっきから耳の奥で繰り返すこれって、もしかして……走馬燈?)


 知れず顔が引き攣った笑みを作った時だった。


「うぉおおおおおおっ!!!」


 猛然とこちらへ駆けて来るキブェの姿。


(えっ?)


 目の錯覚か、その身が金色の光に包まれる。


(違う、あれは……!)


 金色の光に見えたのはブチ模様を持つ輝く獣毛。それが体を覆ってゆくごとにキブェの体形が変化する。頭部は丸みを帯び、眦は鋭く吊り上がる。大きく裂けた口元からは鋭い牙が覗いた。


(獣人変化!!)


 一瞬の後、キブェは豹の特徴を備えた獣人の姿となっていた。

 二足歩行でありながら、その動きは野生そのものの敏捷さを見せる。地を蹴りつけたかと思うと、彼の体は宙を駆け上り、メトゥスの頭上へと着地した。


「なんだ、あれは……!」


 駆けつけた導魂士の面々が、驚愕に目を見開く。


「キブェ、だよな?」


「……う、うん」


 言葉を失い、メトゥスとその上で鋭い爪を閃かせる獣人を見上げる一同。

 打ち付ける触手を見事な身のこなしで避けながら、爪で、牙で攻撃を加える獰猛な豹頭の男に、いつもの飄々としたキブェの面影はなかった。


「え、援護を……っ!」


 私はへたり込んだまま、声を絞り出す。


「このメトゥスを早く倒して! でなきゃ、また5ターン後……、すぐに援軍が現れるんで!」


「……っ! うむ!」


 一足早く気を取り直したエルメンリッヒが、剣を構える。


「皆、キブェに続け! 速やかに倒すぞ!」


「は、はい!」


「おうっ!」


(キブェ……)


 華麗なステップでメトゥスの頭上を駆ける雄々しい彼の姿から、私は目を離すことがなかった。


(やべぇ、生で見る獣人めっちゃかっこいい……!)



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